美術館に行けなくても
2020/11/10
美術館には足を運ぶ機会が少なくなったのはコロナ禍の所為だ。そして県立の美術館は休館中だ。今日も湖岸ポタリングで休館中の文化館を見上げると屋根の上の大きな作り物のトンボだけが存在感を示しているが新しい博物館が計画段階に入ったとニュースで知った、やがてトンボも地上に降ろされて展示品になるのではと頭上のトンボを見ると少し寂しそうに見えるから不思議だ。打出浜湖岸から何時も見ている琵琶湖も秋から冬へと移り変わる時は気流の流れも早く上空の雲の形も変化して見飽きることがない琵琶湖の風景は美術館には展示できない、広い琵琶湖の空間をデジカメで切り取ると素晴らしい風景写真が撮れるが、やはり湖岸に佇んで生の風景の中に身を置いて感じる琵琶湖が最高ではと思った。時間が少し流れるだけで変化する大空間を独り占めして、風景を楽しめる環境は、美術館に行けなくても地球規模の風景を楽しめる幸せを感じた。
異端の鳥
2020/11/09
午前中は長閑な晩秋の琵琶湖をデジカメで撮ったりして楽しんだ。そんな気分がぶっ飛んでしまう映画を見てしまった。其の映画異端の鳥(チェコ・スロバキア・ウクライナ合作監督ヴァーツラフ・マルホウル)169分モノクロ映画を見たからだ。映画は少年が追われて逃げるシーンから始まった。ホローコーストから逃れて田舎で暮らしている少年に過酷な運命が襲いかかる物語は次から次へと降りかかる災難に合いながらも生き延び最後は父と再会する映画の内容は凄くて簡単には語れないが僕はホモ・サピエンスも動物であると再認識させられながら・・・人間の性や残忍性、生命力を綺麗事ではない部分を見せながら進む表現の凄さに圧倒された映画ではと思った。映画はポーランドの作家イエジー・コシンスキーの小説を元に作られたと最後の画面に出た。作家自身もホローコーストでに被害を受けた人だ。そして俳優のアップにはホモ・サピエンスも動物だと言える本物の人間が映し出されていた。自然の風景は何処までも美しく見えるモノクロ映像と残虐で狡猾な人間が生きる様は凄惨で醜さの中で時折、見せる優しさが他の動物とは違いホモ・サピエンスと言われるのではとおもった。少し胸に刺さった映画は当分、忘れることはない今年、見た映画の最高傑作ではと僕はおもった。
秋色の湖岸を行く
2020/11/08
今年は大きな台風も来なかったので木々の損傷もなく一段と美しい紅葉が楽しめるのではとおもった。湖岸ポタリングで毎日、訪れる湖岸の紅葉は進み、今日、見ると既に有終の美を感じさせてくれた。浜大津から粟津晴嵐までの湖岸公園は琵琶湖総合開発関係で埋め立てられた人工湖岸で形成された細長い公園だ。今日は休日で多くの人が行く秋を楽しんでいるが琵琶湖を埋め立てて作られた人工湖岸とは知る人も少いのではとおもいながら自転車で湖岸を走った。湖岸の石垣の石も外国から輸入された石と聞いている、植えられている植物や木々も琵琶湖に生息していたものではなさそうだ。膳所由美浜のサンシャインビーチのリュウキュウツキミソウも後で植えられたものだ。僕は気の毒に思うのはオオバナミズキンバイの黄色の花は外来指定植物として徹底的に駆除され美しい花を咲かすチャンスも与えられないのは不条理ではとおもっている、そしてとても人工湖岸には似合う花ではとおもうからだ。僕も環境問題を意識しているが、開発によって完成した湖岸の遊歩道を自転車で毎日、走っているのだから開発を非難するのも矛盾しているのではと思う時もあるが、やはりこれ以上琵琶湖の環境を悪化させる開発は止めるべきだとおもった。におの浜、打出浜の桜紅葉、欅、楓の紅葉が秋の有終の美を見せてくれている中、湖岸を走る自転車のタイヤが少し波を感じたのは元は琵琶湖だったからではと、おもいながらペダルを漕いだ。
ビオトープ
2020/11/07
昨日、坂本のKクリニックへ検診に出かけたが混雑していたので待ち時間を利用して近くにある木の岡ビオトープを探検?した。現在ビオトープと呼ばれている処は以前地元民や写真愛好家の間で、お化けビルとして名を馳せたが元は大坂万博を当てにして作られる予定のホテルだったが完成を見ずにお化けホテルになった、そして1992年に爆破解体されてた、その後跡地を滋賀県が買い取り整備され一時公園になった後、今の木の岡ビオトープとなったと聞いている、2003年の県の調査では鳥約60種、昆虫410種、植物340種らの生物が生息している事をパソコンで知った。ビオトープをグウグルで調べると、生物生息空間とあった。僕が訪れた時は誰の姿も見えず、長年放置された様にも感じるが、自然が二十年の時間をかけて復活した事は理解できた。以前は踏み跡もなくスニーカでは入りづらかったが今回は踏み跡もある探索道といえる小道を進んで湖岸へ向かうと途中の木の枝には登山道の様に赤いテープが彼方此方に在った。方向が分かりづらくなる人もいるからとおもった。木々が生い茂りジャングルの様になった森?を歩く楽しさも少し味わった、空から見れば小さな空間だが歩くと少し迷いそうになるから驚いた。木々の隙間から見る琵琶湖は久しぶりに北湖へきたのではと嬉しくなった。琵琶湖の大津西側で一番自然が残っている場所ではと感心しながら眺めた。クリニックには少し遅れて着いが楽しい待ち時間の利用になったと自分に納得した。
三枚目モノクロ写真は1970年頃のお化けビル。
雲に圧倒される日
2020/11/06
今日は大空に繰り広げられる雲の芸術に圧倒される日となった。天気予報では今日は曇り空との予報だったので空への意識は低かった。午前中は坂本で私用を済ませ、周辺をぶらりと散歩しながらスナップ写真を撮った。午後、三井寺の茶房でコーヒーを飲み終えて、境内を歩き金堂へ向かうと上空には色んな形の巻雲や巻積雲が次々と東へと走っている、そして西の空を見ると羊雲が牧羊犬に追われた羊の大群が迫ってくる様にも見え、金堂の近くで、再び空を見上げると羊雲は既に金堂の上に迫っている急いでデジカメを出し構図を決めながら数十枚撮った。まるで空の海を羊の大群が泳いでいるように見えた。安心して空の羊の大群を見ていられるのは雲の羊だからと、降ってくる筈のない羊雲を見て楽しくなった。羊の大群はと西南の空を見ると其の数の雄大さに圧倒された。そして直ぐに湖岸へ向かい雄大な羊雲と琵琶湖を一緒に撮りたくなった。帰宅して自転車をだして湖岸向った。浜大津湖岸から見る羊雲の光景も素晴らしく琵琶湖と雲のコラボを楽しんだ。僕は写真で雲を語れるが、この状況を言葉で語れたら写真など撮らずに本当に雲と対話できるのではとおもいながらデジカメのシャッターを押した。帰路、疎水に架かる鹿関橋から夕日に染まる羊雲まで見られ嬉しくなった。今日は雲に魅せられた一日となった。

















