中島省三の湖畔通信

渡り鳥

2020/11/05

毎日の湖岸ポタリングでは何時もデジカメを携えているがワイドレンズを付けたデジカメが多く、渡り鳥の大群を撮ろうとしても遥か湖上の彼方では撮ることができずに諦めた。例え望遠レンズを装着していても僕のレンズでは無理な距離だ。午後の湖岸ポタリングではズームレンズを付けたデジカメを持って出かけた。打出浜から見ると幸い水鳥は比較的、近い距離の湖上で大群がいるのを確認、そして遠くにはミシガン号が見えた、上手く水鳥の大群がいる場所を通過してくれれば、水鳥が飛び立つところを撮れるとおもい待った。空を見上げると雲の美術館の作品展示が始まった、高層雲や巻積雲が次から次へと空を走っている眺めは些細なことなど関係ないと言っているように思えた。雲の写真を撮り終え湖上を見るとミシガン号は幸い水鳥の大群の側を通ってくれそうだ。カメラを構え暫し待った。船が近づくと慌てた水鳥が飛び始めると群れ全体が飛び立ち、想像している光景がファインダーに映った。ムービーを撮っているような感覚になったが、残念ながらスチール写真だ。今日は自分が考えた写真が撮れ満足な日となった。幸い家から湖岸へは自転車で10分とかからない距離で琵琶湖の写真が撮れる幸せは例えようがない喜びだ。今日も楽しかったと感謝しながら自転車を走らせ湖岸を離れた。

日本はアメリカ?

2020/11/04

テレビから流れてくるアメリカ大統領選挙の報道の様子は我が国がアメリカの一州の様になったのではとおもうほどだ。もっと我が国の政治問題の不条理を伝えるべきではないのかとおもいながらテレビを消した。アメリカと聞くだけで最近は辟易とする、ものごころがついた頃からアメリカの凄さと豊かさを刷り込まれ育った後遺症が未だ続いているとおもうと、空しくなるばかりだ。地球温暖化をおおいに進めた消費大国もアメリカだ。原子爆弾を世界で最初に使用して我が国の民間人を戦争とはいえ殺戮したのもアメリカだ。そしてDDTを世界に撒き散らしたのもアメリカだ。今もアメリカは世界一の消費資本主義大国で地球温暖化に一番供与している国もアメリカだ。そんな国の大統領などに興味を持ちたくないのが本心だ。少年時代はアメリカの生活水準の凄さに驚いた、一家に一台の車、そして電化された生活などは憧れの的だった、懐かしい時代も記憶の彼方へ消え去った。世界中がアメリカの様な生活様式になった現代のままでは持続ある生活など出来るはずがない、先般、政治の世界から引退した、ウルグアイの元大統領ムヒカさんが言うように地球上の全てのヒトがアメリカの様な暮らしをすればホモ・サピエンスは絶滅へと向かうしかないとおもった。

少年百科箱日記

2020/11/03

少年百科箱日記(土曜美術出版)は詩人森哲弥さんの新刊本が今日、贈られてきた。森哲弥さんは滋賀県在住のHC賞を受賞された詩人で詩集も多く出版されている、森さんファンでもあり知人だ、きっかけは詩人のOさんの取材を受けてから詩人の方と知り会う機会ができたからだ。届いた本、少年百科箱日記のページを開くと直ぐに森さんの世界へ誘われた。表紙の帯には、年を忘れた少年の日々・・・詩人Nさんの言葉が添えてあった。一番目は百科事典の不思議さが見事な言葉?誌で語られていた。二番目は僕の大好きな飛行機?でも森さんの誌では悲行機だ。読むと飛行機の哲学?を感じてなるほどと考えた。誌の中で・・天空の摂理に人知をそわせて 重い物体は身を震わせて宙を行く・・イカロスの背中と翼をくっつけていた蝋は陽光に溶けて今も天空に充満している そして ヒトが作った飛行物体すべてのなかに音もなく潜んでいる・・・僕は此の詩を読み終えた時、僕が飛行機を操縦する時は何故、離陸すると直ぐに着陸したくなるのか、今日、此の詩を読んで分かった。それは翼が陽光で溶けるのを心配していたからではと少年百科箱日記の悲行機の詩を読んで納得して少し自分に笑った。そして森さんは凄いなとおもった。

派手な色合い・・・

2020/11/02

今日は雨、湖岸ポタリングはお休みで琵琶湖へ向かわずにパソコンを開き画像を選んだ。モニターで昨日撮った湖畔の紅葉を見ながら、買い替えたテレビ画面の明るさと人工的すぎる色合いを比較した。テレビは4Kではなく普通の液晶テレビだからではとおもった、でも店頭展示で4Kテレビらのデモストレーションを見ても艶やか過ぎるカラー映像を見ていると現実の光景との違いに白々しさを感じた事を思い出した。パソコンのモニターに映る紅葉はテレビ程ではないと、少し納得するもフイルムで育った、僕は違和感を憶え、いっその事、モノクロ映像の方が良いのではと考えた。スマホではインスタ映えする写真だけが注目される時代、そして映画もフイルム時代と比べると現実離れしたデジタル映像が多くなりテレビを大スクリーンで見ているようで緊張感もなくなった。僕は去年、京都みなみ会館で見たモノクロ映画「サタン・タンゴ」はハンガリーの監督タル・ベーラの7時間18分のモノクロ映画は、自然の厳しさや町の衰退と人間の生きる厳しさを描いた、大作は今も余韻が心に張り付いたままだ。インスタ映えする派手な色合いのテレビにクレームを言うつもりはないが、バーチャル空間が現実と区別ができなくなっては自然に対する畏敬がなくなり環境破壊が進むばかりではと艶やか過ぎるテレビ画面に目をやった。

ホモ・サピエンスの休日?

2020/11/01

琵琶湖岸は休日ともなると子供連れのホモ・サピエンスの姿を多く見かける11月最初の休日だ。地球上の生物で休日を設けているのはホモ・サピエンスだけではとおもいながら浜大津から膳所まで続く湖岸公園をポタリングした。何時もなら大きな琵琶湖を感じながら走るのだが、今日は生き物にカメラの目が行った。6×6のスクエアサイズの構図で切り撮る写真の楽しさを久しぶりにおもいだした。風景の中に子供が入るだけで映画のワンシーンにも思え楽しく被写体を探し湖岸を巡れば僕のワンダーランドになったと公園を眺めた。そしてホモ・サピエンスは何故休日が必要なのかと考えた?・・ホモ・サピエンス以外の生物は社会的なしばりがないから何時も自由に行動できるから休日など考える必要もないのかと、そしてホモ・サピエンスだけが時間を信じているからだと腕のチープカシオを見ると11時を指している、昼食の12時には帰宅しようと自転車を西に向ける僕はホモ・サピエンスで、時間に縛られていると実感した。

真四角写真も楽しいと再認識した今日の湖岸ポタリングでした。

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