レンブラントは・・・
2021/03/25
春雨じゃ・・今日の雨は傘をささなくても良いくらいの雨が降っている中を散歩に出かけた。疎水の桜も満開ではと写真を撮った。三井寺の境内も満開が近いとライトアップの開催期間の後半は葉桜になっているのではと心配なった。円満院門前の山桜も八分咲きで清楚な花は雨に濡れ美しさを増していた。午後は浜大津アレックスシネマへ出かけ、久しぶりのドキュメンタリー映画「レンブラントは誰の手に」(オランダ映画・監督ウケ・ホーヘンダイク)を見た。観客は僕一人だった。映画は静かに始まった。レンブラントの肖像画が大きなスクリーンに映し出され、美術館で見るより迫力を感じた。新しく発見されたレンブラントの肖像画の鑑定を巡り研究者、コレクターと画商との葛藤はフィクション映画ではと勘違いするほどドラマを感じた。そしてロスチャイルド家が手放す大きな肖像画を巡ってオランダとフランスがレンブラント絵画の争奪戦の駆け引きなど美術館の裏側で起きている物語も興味を持って見られた。そして何よりもレンブラントの絵画の魅力を美術館でなく映画館で美術館へ行った気分になった。そして大きな館内を独り占めして贅沢な時間を過ごせ大満足だった。そして湖岸へでると、雨が上がる琵琶湖の素晴らしい光景まで見られ最高の日となった。
彼方此方の桜
2021/03/24
今日も晴天でお花見日和となった。久しぶりにカメラにフイルムを入れてご近所の桜を撮りに出かけた。カメラを首に掛けると重さを感じた、中判カメラのマミヤ7は改めて大きいと、首から外し自転車の前籠にいれ、近くの長等公園に出かけた。公園には、お花見をする人の姿がちらほらと見えるぐらいで静かな佇まいだ。時折、公園の遊具で遊ぶ近くの保育園児の声がするくらいだ。まだソメイヨシノは満開ではないが長等山の麓とあって背景の木々の暗さが桜花を浮き上がらせ神秘的に見えた。三井寺や疎水の桜は全盛期が過ぎたのか少し元気なく見えるが、長等公園の桜は数十年前に桜木を植えたして、整備した事もあり花は元気そうに見えた。今日は花よりも青空を行く羊雲に目を奪われてしまい、デジカメを空に向けシャッターを押すことが多かった。でもフイルムカメラのシャッターを押すことは無かった。フイルムカメラは構図を决め、露出、シャッタースピードのダイヤルをセット、そして距離を合わせて、息を止めてシャッターを切る一連の操作は慣れているものの久しぶりに力が入った、午前中に中判カメラの撮影を終えた。たった10枚写真を撮るのに一時間も要した。その間デジカメのシャッターは50枚は切った。午後もフイルムカメラを携えて湖岸ポタリングで膳所公園に向った。カメラはルビテル66のチープなロシア製二眼レフを持ち出した。子供の頃に使った玩具カメラに近いとファインダーを覗き込んだ。ピントグラスに映る光景は何だか頼りなく見えるが、良く見ると実景に近いと思いながら膳所公園の中で唯一お城を感じさせる白塀と石垣と桜を撮った。そして湖畔通信用にデジカメでも同じ風景を撮った。12枚写真を撮ってフイルムは終わった。今日は少し疲れを感じるのはフイルム写真を撮ったからではと思いながらペダルを漕ぐと充実感が体を巡った。
早すぎる開花
2021/03/23
今年の桜の開花は早く、三井寺のソメイヨシノ、打出浜のオオシマザクラも満開に向けてフルスロットルで、間もなく満開になる様子だ。去年はコロナ自粛で疎水、三井寺のライトアップは中止されたこともあり、今年のライトアップを楽しみしている人も多くいるはずだ。でもライトアップが始まるのは今週の土曜日からでは期間の後半は葉桜になるのではと境内の三部咲きの桜を見た。緊急事態宣言解除されお花見に出かける人も多くなるからコロナの感染も心配だ。ご近所の桜の名所も日増しに多くの人が訪れているが京都の様にオーバーツーリズムにならないから安心して。お花見を楽しんでほしいとおもった。
長等公園の桜
2021/03/22
長等公園と言えば過つては大津の桜の名所として君臨していた時代も在った。今日は桜の様子を見ようと久しぶりに長等公園に出かけた。此の公園の思い出は祖母に連れられて行った幼少の頃、戦時中で食用に狸が飼われていた。その狸は仲間と喧嘩したのか顔に傷があり赤くただれていた事を今でも思い出す。公園は何時も湿った空気が漂い明るい場所ではなかったが、小学生の課外授業では良く出かけた。同級生が崖から落ちてケガをした事もあったから暗いイメージのままだ。公園の広場には大きな檻がありニホンザルが飼われていたこともあった。その後は鳥が飼われていた、記憶もある、大きな檻の傍らには回転する遊具も有ったとも記憶しているが余り好きになれる場所ではなかった。でも、お花見のシーズンが始まると商店街から公園までの間にはボンボリが飾られ、夜にはボンボリが灯り、公園まで人の流れを誘い、夜桜見物は賑わった。ゴザやムシロを敷いて車座になり多くの人が宴会をしながらお花見を楽しんだ、余韻が今も公園の彼方此方に残っているのではとデジカメで公園の桜を撮った。長等山の山桜は昔から有名で、和歌にも詠まれている、平忠渡の歌と言われる、平家物語の中の、さざなみや しがのみやこは あれにしお むかしながらの やまざくらかな は長等山の山桜を詠った歌だと言われていて、山頂付近の見晴台には句碑があるが今日は行かなかった。公園には山桜は少なく殆どがソメイヨシノで樹齢も高く最盛期が過ぎたのか、咲き始めのためか少し元気なく見えるが、今も桜の名所であると、改めて公園の素晴らしさを知った。
長等公園の高台近くには近松寺がある、その前から琵琶湖を見ると湖岸にはハコが衝立の様に琵琶湖の眺めを邪魔していた。
春雨じゃ・・・
2021/03/21
春雨じゃ濡れて行こう・・のセリフは月形半平太が芸者が差し出す番傘を止めて語る、映画のシーンを思い出した。そして大友龍太郎の顔が懐かしく浮かんだ、もちろん東映の全盛時代の映画だ。そんなセリフや時代劇の俳優の名前は、今では知る人も少いのではとビニール傘をさして散歩に出かけた。雨脚が強く濡れて行くどころでない状況だ。疎水に架かる鹿関橋から見る桜も雨にめげずに花を咲かせていた。一晩でこんなに咲くのかと少し驚きながら、温暖化の進んだ事を実感すると少し怖さを憶えた。何時もなら入学式の頃に満開になり、入学児童に花を添える光景が、今年は見られないと桜花を見た。三井寺の観音堂展望台の桜は満開になるのも近いとビニール傘越しに写真を撮った。モニターで確認すると肉眼で見るより春雨の優しさが感じられた。ライトアップが始まる27日には満開になってしまうのでは、楽しむ期間が短くなるのではとおもった。自然界は温度や湿度らの条件で動き、人間の取り決めた季節感や時間など関係ないと時は流れて行く、そんな中で取り残されてしまうのはホモ・サピエンスの社会だけとおもうと寂しくなってきた。また雨が強くなった。水滴の付いたビニール傘越しに見る光景は写真家ソール。ライターの写真を思い起こさせてくれた。

















