予防医学
2020/10/27
1964年に新潮社より「生と死の妙薬」として刊行され、1987年新装版「沈黙の春」として刊行された。その本を今読んでいるが、古さを感じるどころか現代の社会は未だ化学薬品漬けのままだとおもった。今回のウイルス禍での医療の現状に疑問を感じるのはウイルスに対しての対応が絶滅を目指して科学で立ち向かう人間の姿勢は何処か間違っているのではとコレラやペストに打ち勝ってきた過去の医療体制をもっと学ぶべきではと本を読みながらおもった。ウイルス対策として使用される消毒液のアルコールはウイルス以外の微生物や昆虫、動物、植物、もちろん人間そして自然環境に悪影響を与えないのかと心配になってきた。ワクチンにしても製造を急ぎすぎての医療事故などが心配だ。治療薬にしても殆どが化学物質で作られたものではウイルス禍を押さえ込めても人体に悪影響を及ぼしては何にもならないのではと、メディアが伝えるウイルス感染のニュースもワクチンや治療薬の負の部分の報道が少なく感じてしまう、ワクチンができればウイルスが撲滅出来る訳でもないのだから、それよりも、丁寧にウイルスの感染リスクを減らせる事例を上げて予防医学の充実を考え、これから先、ウイルスと共存して行く社会に備えるべきではおもった。
町中叙景
2020/10/26
湖岸ポタリングの帰り久しぶりに町中へ入った。京阪石坂線の島の関の踏切を渡ると県庁前通りだ。正面に県庁が見え、手前、右手には新しく建てられたNHK大津放送局が開局前だが存在感を顕にしている、以前は滋賀会館が建っていた場所にNHK大津放送局が建設されたがホールもなく文化施設の情報は聞いていない、以前在った滋賀会館はホールもあり、過つては滋賀県唯一の洋画封切館でベン・ハーを見た思い出が懐かしく脳裏に浮かんできた。廃館されるまでの短期間ではあったが滋賀会館シネマホールで良質な映画を楽しめた場所は文化施設も無い只の放送局になってしまい、映像文化が遠ざかるばかりで寂しくなるばかりだと新しくできた大津放送局のりっぱな建物を見て空しくなった。そして商店街では戦国ワンダーランドの宣伝垂れ幕が異様に目立つが僕には戦国ワンダーランドなるものの存在を確認したことがないと今日も自転車を降りて菱屋町商店街で戦国ワンダーランドを探すも見当たらなかった。
不健康でもいい?
2020/10/25
「不健康でもいい」は朝日新聞10月10日朝刊のオピニオン&フォーラムで健康の事で語った記事を今日再読した。「不健康でもいい」と唱える医師大脇幸志郎さん(36)は「健康になれ」人生も社会も窮屈にさせるとして課題を幾つも語られた。好きなモノを我慢して病気を気にするよりも我慢せずストレスを貯めずに生きる方が良いのではと僕も同感した。喫煙の事に関しても話が及んでいた、喫煙者は喫煙場所が少なくなるばかりではストレスが貯まるばかりで気の毒に思うこの頃だ。これから先、健康至上主義が是となるような社会になればお酒も規制対象になるのではと少し心配になった。大脇先生は記事の中で、記者の問に答えて「はい、規制が過剰かどうかを判断する目安の一つに、効果があります。健康にいいと勧められていても、効果がはっきりしないものもあります。そして記事ではナチス時代のドイツの健康管理にも触れて・・国民が健康になれば国が強くなるという思想からでした。と記事の中にあり印象に残った。今、読んでいる「沈黙の春」の中で語られる過去、地球上に散布されたDDTやその他の科学物質(原発事故による放射能)による健康被害は地球全域に及んでいる現状を考えるとホモ・サピエンスは遠に健康を害しているのではとおもうと今更、身近な嗜好品が体に悪いからといって気にすることを控えたいとおもうこの頃だ。
小説の中から聞こえる懐かしい音
2020/10/24
今日もパソコンでオヒョウの漢字に挑戦するも僕のパソコン知識では引き出す事はできなかった。藤原新也の小説「オヒョウ」では懐し音が聞こえて来て驚いた。主人公、太古が向かうオークニーへはプロペラ機のエンジン音、そして案内人マークの愛車モーリスマイナーの918CCのエンジン音、そして最終章では焼玉エンジンのポンポン船までもが本の紙の中からエンジン音が聞こえてくるように感じ、行ったことのないイギリスのオークニーにいるような気分になるのは、懐かしいノスタルジーな音がそうさせたのだとおもった。現代社会では、モノからの音が聞こえて来ないのは何故と考えた。ジェット機、新幹線、車、蒸気機関車らの迫力ある音などの擬音を言葉にしなくなった現代は電子音?ゲームらの音にかき消されてしまった。絵の具の色を全部混ぜるとグレーになる様に町中の音も混ざりあい電子音化されノイズに、そして感じなくなり、頭脳が勝手に無音化してしまったのではとおもった。今夜、夕食で燗酒を飲んだ時、徳利から、とくとくと酒の音が聞こえた。音は耳を澄ませば彼方此方で聞いてくれることを待っているのではとテレビを消すと僕の乗っていた飛行機パイパースーパーカブPA18のライカミング135馬力のエンジン音が何処からとなく聞こえてきた。
オヒョウ
2020/10/23
魚ヘンに平と書いた字が僕のパソコンでは出てこない、おひょう、は魚で藤原新也の小説の題名だ。先日、知人が貸してくれた、物語はゲームの世界にしか生きがいを見つけられない青年、太古が精神科医のカウンセリングを受け、ゲームのバーチャルの世界から本当の旅を進められてイギリスのオークニー諸島へ向かい、幼い時に亡くした父の暮らした島で自然の厳しさや人と人の交友を通じて父性を感受してゆく物語は自分の人生を少し振り返りながら父の事を思い出した。小説の中に出てくる車や船は人間と同じように魂を持っているような代物だが、現代の様にコンピューターが積み込まれ、部品の一つでも不備があれば作動しない不便な乗り物でなく多少壊れていても人と協力して動く、懐かしいローテク時代の便利さを改めて見直したいと思いながら読んだ。小説の「老人と海」を思い出すような最終章では、生き神様のような魚「おひょう」が、太古と案内人マーク(釣り名人)の前に姿を表すあたりは自然に対する畏敬を忘れたデジタル時代の人間への警告ではないのか、とおもった。そして父性に関しては今まで考えもしなかったが父と子、特に男子と父の葛藤は複雑怪奇ではと本の表紙を見た。

















