中島省三の湖畔通信

世界でもっとも貧しい大統領

2020/10/22

新聞に小さな記事で南米のウルグアイ東方共和国の元大統領ホセ・ムヒカさんが政治家を辞めた事を伝えていた。世界でもっとも貧しい大統領として有名だ。僕が知ったのはムヒカ大統領が2012年ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで国連の「持続可能な国際会議」での演説の素晴らしさをニュースで聞いてムヒカさんに興味を持った。笑顔が印象的で一度みれば顔を忘れることがない好印象が記憶に残った。リオでの演説は本にもなっており、読むと素直に消費資本主義社会の矛盾を感じ持続可能な生活をするにはムヒカさんの言動を参考にしなければホモ・サピエンスの社会は滅びるのではとおもった。素晴らしい政治家が政治の舞台から消えるのかと寂しさを感じた。僕はムヒカさんの政治家としての言葉には「私は自身の信念を持って政治運営します。たとえ正しいことであろうと、間違いであろうと。批判したければ、すればいい。それが自由ということだから。私の人生はつねに批判を受け続けてきました。」と本に記してある、政治家とは堂々と批判に応え嘘をつかずに正直に答えることではとないのかと思いながら我が国の政治家の信念のなさに呆れるばかりだ。

雲に誘われて・・・

2020/10/21

湖岸ポタリングは午前中に終えた。今日の湖畔通信用の写真もキープできた。でも写真はイマイチだった。午後はブランチ大津京のモンベルへ向った。そして店内を眺めるも先日、フリースを買ったので欲しいものもなく年会費を払い店を後にした。帰宅後、ゆっくりと時間をすごし、夕方近くに空を見ると、雲が招いているようにおもえ自転車を出して湖岸へ向った。浜大津港で、空を見上げると素晴らしい雲の作品が僕を向かえてくれた。上空の気流は早く壮大な雲の作品が変化しながら東へと移って行くさまに暫し見とれ写真を撮るのも忘れ佇んだ。そしてデジカメで雲の写真を立て続けに撮った。そして深呼吸して空を見ると写真で撮るより遥かにスケールの大きな雲の作品が東へ流れているのを感じた。言葉はいらないと雲を見続けた。何時も良い写真を撮ろうとおもっても撮れないことは分かっている、良い風景に出会うのは何時も雲に招待された時だけだと思いながら暮れなずむ時の中を自転車のペダルを漕いだ。

空き家が増える

2020/10/20

空き家問題は他所の問題かとおもっていたら、僕の住む町内でも空き家が増えていると実感している、と言うのは、我が家の周辺だけでも三軒もある、そして大門坂では民家が壊された後は有料駐車場へと変化した。地方都市は何処も同じ光景が見られ少子化の影響ではと考えた。身近な所に本屋、八百屋、魚屋,畳屋、鍛冶屋、旅籠、ふとん屋、蝋燭屋、カメラ屋、文具屋、駄菓子屋、眼鏡屋、時計屋らが全て半径300メートル内に揃っていた、しかも商店街でもない町中に存在したことが脳裏に浮かんできた。人口が減っているわけでもない、毎日、通学する小学生は以前よりも増えている、高層の集合住宅が増え続けているからだ。旧町内は超高齢化社会になった、もちろん僕も後期高齢者、災害が起きれば自助しかないと、自分だけでも精一杯では不安が募る中、体力だけはキープしなければとおもった。

湖岸で見かけるアオサギはセルフスタンディングしていると感心しながらデジカメのシャッターを押した。

身近な問題

2020/10/19

涼しくなってくるとペットポトルの水を飲む機会が減ったと冷蔵庫を開けながらおもった。プラスチックのゴミ問題を意識しているのに夏場はペットポトルの水を飲むのが習わしになってしまったと少し反省した。10月に入ってからは水道水を飲むことの方が多くなった。今日は寒くなったのでフリースをだした、随分と持っているなと衣類ケースのフリースを見て着ないものを処分しなければと、ゴミに出す前にリサイクルを考えた、回収しているメーカーはパタゴニアだけと聞いているが、モンベルは回収しているのかと今度、店に寄った折に訪ねようとおもった。酒類もワインの瓶は燃えないゴミで、世界中での消費量は凄い量になるのではとビン類の行方も心配になってきた。でも日本酒の一升瓶は今もリサイクルされているから僕もできるだけ冬場はワインから日本酒の燗酒にしようと、もちろん一升瓶を買わなければとおもった。そして小川酒店へ向った、さて一升瓶を買うと同じ味の酒を一週間も・・と迷って、また四合瓶を選んでしまった。環境問題は我慢することから始める事が大切と次回は一升瓶を買うべしと心に決めて店を後にした。


久しぶりの夕景を堪能した、デジカメは環境に優しいのかと・・でもライフサイクルが短いから優しくないのではと考えた。

堅田教会へ

2020/10/18

今日は堅田教会へ、信徒でもない僕が日曜礼拝に・・・竹内牧師に写真展は土曜日に終わっているが写真が飾られた教会で日曜礼拝の終わった後で琵琶湖の話を少ししてくれないかと頼まれたからだ。礼拝の終わる時間より少し早く着き、牧師の説教を少し聞いた。聖書の中での黙示録の話しに少し興味を感じた。礼拝が終わると僕は30分ほど琵琶湖を撮るようになった経緯を簡単に語った。そして教会に来ると何時もドイツ人、マルティン・ニーメラー牧師の話を思い出してくる、(ナチスが共産主義を攻撃しはじめたとき、私は声をあげなかった。私は共産主義者でなかったから。次に社会民主主義者が投獄されたとき、私はやはり抗議しなかった。社会民主主義者ではなかったから。労働組合員が攻撃されたときも私は沈黙していた。そして彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげる人は一人もいなかった)2011年の東日本大震災後、此の教会で原子力学者の小出裕章さんが講演の最後にニーメラーの話をされたのが印象に残っているからだ。今、我が国では政治の酷さにも老朽原発のことにも無関心な空気が覆うっている現状では、暗黒の時代が待っているだけと教会の十字架を見ておもった。

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