名月に誘われて
2020/10/02
今日、丸屋町の和菓子屋へ寄ると月見団子売られていた。中秋の名月は昨日で今朝の新聞にも月の写真が載っていた。今夕は名月を楽しもうと月の出を楽しみに待った。午後は雲一つない青空が広がる中を湖岸ポタリングをした。浜大津港の突堤傍らから湖面を見ると少しアオコが発生していた。滋賀県も最近アオコらの発生状況を市民らに伝えていないが琵琶湖の状況は大丈夫なのかと少し心配になった。夕食後、デジイチを持って湖岸の月見を楽しもうと琵琶湖へ向った。写真の構図を考えるも月の出る位置が分からないまま湖岸を走り膳所由美浜まで来てしまった。東の山並みを見るも月は姿を表してくれないと来た道を少し引き返した。湖岸の彼方此方で月を愛でる人も多く見かけた。におの浜湖岸で自転車を止め背後を見ると東の山並みに赤い月が少し顔を出した。やはり由美浜へ引き返す方がベストポジションだと急いで自転車のペダルを漕いだ。カメラのファインダーの中の月は赤くはない・・・肉眼で見ると赤い月なのにと露出を変えながらデジカメのモニターを確認するも赤い月にはならず諦めた。でも水面に映る月の光は赤く美しかった。写真は諦め月を愛でることにした。そして月を背後に感じながら浜大津港へむかった。打出浜から見る高層集合住宅の夜景も美しく感じデジカメで撮った。現代美術の様な夜景もまんざらではとおもった。
レトロな町
2020/10/01
大津の街も寂しくなるばかりだ。西武百貨店が消え、そしてアレックスシネマも休館した。商店街でも何百年も続いた和菓子店が閉店して久しいが丸屋町や菱屋町の商店街も昔の賑わいから程遠いがフイルムカメラで撮ると昭和レトロが漂って郷愁を感じるから不思議だ。集合住宅所謂マンションが多く立ち並ぶ市街や湖岸を見ていると、集客率が上がらないのは何故かと考えた。カメラを持って歩く町中は被写体も多く楽しい町だと思っているが企画次第ではワンダーランドのになる要素は充分あると思いながら商店街を自転車で通った。
今日は大津市の消防艇が湖上で放水を行っていた。湖岸の高層集合住宅の最上階に放水は届くのかとおもいながら眺めた。
9月の終わりに
2020/09/30
暑かった夏の思い出も記憶の彼方へと・・でもコロナは勢力を保ったまま感染者は増え続けている、そしてインフルエンザの季節に入る、健康管理が難しくなると思いながら湖岸を自転車で走った。浜大津の湖岸に佇むと湖岸近くの水草の臭いを感じ湖面を見ると少しアオコも見られた。そして浜大津アーカスのアレックスシネマが暫く休館すると聞いた、近くで映画を見られなくなり大津の町は寂しくなるばかりだと建物をデジカメで撮った。打出浜から見る湖岸風景は高層のコンクリートの集合住宅群ばかりでは町としての楽しさがないベッドタウンに変化してしまった。今年の暑さの関係か?ユスリカも発生していないし、赤とんぼも以前ほど見かけなくなった。今読んでいる「沈黙の春」を思い出した。自然の巧みな営みをホモ・サピエンスが科学を駆使してホモ・サピエンスだけに都合の良い自然に造リ変えることの愚かさを著した1962年から58年も過ぎた、今もホモ・サピエンスは地球環境のことなど、お構いなしに豊かさを求め経済活動に邁進しているが昆虫が絶滅すればホモ・サピエンスも絶滅すると言われている、今年は植物には勢いがあるが昆虫や動物を余り見かけなくなったのが心配だ。
フイルム写真を一枚、浜大津の商店叙景です。
データー移送
2020/09/29
今日は6時間もパソコンの前で作業した。フイルムからデジタル化したコダックフォトCDを開くソフトの入ったパソコンの調子が少し心配になり、動いている間にUSBに移し替えた。デジタル時代になってから機械に追われているみたいで気ぜわしくストレスが増すばかりだ。夕方近く、パソコンから離れて湖岸へ自転車で向った。琵琶湖は少し、もやっとした感じだ、辺りを見渡すと湖岸の石垣の間に彼岸花が咲いているのに気づいた。今年は除草作業で刈り取られ彼岸花は湖岸では撮れないと諦めていた。花の本数は少いが日が陰った中で彼岸花の赤色が暗い琵琶湖に映えた。もうすぐ渡り鳥が来ると静かな湖面も賑やかになると思いながら浜大津を後にした。
彼岸花を探して
2020/09/28
彼岸花は何処でも見られる花と思っていたらご近所では余り目にしなくなった。午前中の湖岸ポタリングでは彼岸花を見ることが無かった。何時もなら二,三本が湖岸で咲いている筈がと思いながら湖岸を走った。打出浜では狩りの名手のシラサギ君を暫く見ていると、マナーの良さに感心したと言うのは水辺から石垣の方へ上がって排泄をする姿を見て感心した。琵琶湖を汚さないための行動ではと思った。午後は彼岸花を探して滋賀里方面に向った。疎水の堰堤にも少し咲いているが写真には難しいとおもったからだ。僕の少年時代は町内の田畑で彼岸花が咲いていた事を思い出しながら自転車のペダルを漕いだ。近江神宮近くの川では少し咲いているが去年より少なく感じた。南滋賀や滋賀里は僕が大津際川飛行場で飛んでいた頃は辺り一面が田畑だった事を思い出しながら建築中の住宅を背景に彼岸花を撮影した。そして足下を見ると一匹のバッタが寂しく僕を見上げている姿を見て、今、読み始めた、沈黙の春の一ページをおもいだしてきた。殺虫剤の影響で生きる領域が狭まった上に田畑が住宅地へと変化してしまう環境では命を繋ぐ事はできないバッタ君を気の毒におもった。そしてレイチェル・カーソンが著した「生と死の妙薬」は1964年に、1987年に新装版「沈黙の春」として刊行されてから33年も経つが一向に地球の環境などお構いなしに金儲け第一主義の資本主義消費経済は加速するばかりの社会に今回のコロナウイルス騒動は人間の生き方への警鐘ではと思うのは僕だけではないとおもった。

















