中島省三の湖畔通信

私はその時其処にいた・・・

2020/07/07

連日、テレビから流れてくる九州地方の豪雨被害の映像を見ていると、スマホらで撮られた映像の迫力に驚くばかりだ。ニュースカメラマンが撮る映像を遥かに超えているのは、私はその時、其処にいたと言う現場で撮影されたドキュメントには適わないと今日も緊迫した災害状況の現場を捉えた映像を見て自然災害の怖さを改めて感じた。それにしてもキャスターやプロのカメラマンを超える、冷静な態度で災害の状況を語る能力はと不思議に感じた。一億総カメラマンの時代になった今、誰でもが簡単にスマホでニュース映像を撮れる訳ではないとおもうが火事場の馬鹿力の様に危機が迫る中でもスマホを持てば勇気百倍と変身して危険も顧みずカメラマンになるのかと危機が迫る災害地の提供映像を今日も見た。大手新聞社やテレビ局は考えも古く自社が一番だという意識が強く一般視聴者撮影の映像のポテンシャルを認めなかったが最近は良くニュースに登場するようになったとデジタル時代の新しいニュース体制を考える時だと思った。そしてテレビや新聞よりもSNSの方が映像や状況を早く流してくる時代、新聞やテレビの時代はもう先が見えているのかとスマホの画面でニュースを見ている自分は何処へ行くのかと少し考えた。


浜大津の公園で咲き誇るムクゲと枯れ始めた紫陽花を見て・・・盛者必衰

雨は降り続く・・・

2020/07/06

雨は降り続く、今日も雨、三井寺の石段で見かけるオオケマイマイの姿も少なくなった、いくら雨が好きなマイマイでも雨宿りがしたくなったのかと思った。観音堂に立ち寄ると、新聞の滋賀版で紹介されていたアマビエの絵馬が売られていた。絵馬には疫病退散祈願と書いてあった。もちろん疫病は新型コロナウイルス肺炎だ。疫病を鎮めるために行った歴史の在る祇園祭りは中止となったが、せめて絵馬に託したいと思うのは庶民の願いとおもいながら写真に撮った。今日も九州地方は大雨が続いている現状を心配するだけで何もできないないが無事を祈るしかないと観音堂を後にした。何時もなら散歩を終えると湖岸ポタリングに出かけるが、雨が強く降るのでお休みにした。僕は一日、一回琵琶湖を眺めるだけで満ち足りた気分になる、今日も琵琶湖が望めなくては気分が少し暗くなるが・・・最近、読んだ、子供のための哲学対話(永井均著)の中でネクラとネアカについてのページがあった。(哲学対話は子供のためにと言うより悩める大人たちが読んだほうが良いと思っている)ベネトレ(猫)とぼく、の対話でネアカとネクラについてネアカは何時も自分の中で遊んでいる人とあった。僕も最近は何をしていても楽しく感じているデジカメで写真を撮っている時も遊んでいるようで結構たのしいとおもっている、今まで僕は悲観主義者で暗いのではと思っていたら本来のネアカではと此の本、子どものための哲学対話、を読んで分かった。猫のベネトレが言うには、ただ存在しているだけで満ちたりている、ってことなんだよ。と語っている・・・ふん・・少しは理解できると、そして本の題名を、爺のための哲学対話に変えてほしいと思った。


写真三枚目は我が町内に残る昭和の残像・・・

言葉がない・・・

2020/07/05

九州熊本の球磨川氾濫による水害のニュースを見て被害の大きさに驚くばかりで言葉を失った。何もできない自分はただ黙するしかないと、そして被害に合われた方の無事を祈るしか無いとおもった。午後、湖岸ポタリングへ向かうと、梅雨の晴れ間が広がった琵琶湖を見ていると九州での大雨が想像できないほど穏やか姿の琵琶湖を眺めた。帰り道、久しぶりに大津絵の道に寄るとムクゲの花が青空に向かて咲いていた。ムクゲ、ハイビスカスそして芙蓉の花は皆、仲間だ。ムクゲは韓国の国花と聞く、ハイビスカスはハワイの州花そして芙蓉は日本?中国で咲いている、ニンゲンも花のように国境など作らずに何処でも好きな時に咲く自由さがあればと思いながらムクゲの花をデジカメで撮った。そして青空に向かって早く梅雨が開けてほしいと願った。

梅雨前線

2020/07/04

九州地方に停滞した梅雨前線の影響で九州は大変な被害が起きた。これ以上災害が大きくならないことを願いながら夕刊を読んだ。滋賀県も琵琶湖が在るからと言って安心はできない過去には琵琶湖が溢れ大変な被害が起きた歴史があり油断大敵だ。朝の散歩で向かう三井寺の山も危険区域になっている事をハザードマップで知った。身近な所に危険な箇所が在ることを認識した。境内を歩いているとアオサギが頭上の樹に留まっているのが見えた。雨に濡れたのか毛づくろいをしていた。何時ものアオサギくんではと見上げた。一度アオサギ君に話しかけ自然の厳しさなどを聞いてみたいとおもった。午後、雨が小止みになったと湖岸ポタリングに出かけて直ぐに雨が降り出した。レインギアで装備しているから雨は大丈夫と走っていると長靴なのに中が濡れるのに気づき、留まって長靴を見ると経年変化で劣化していた。足下の注意を怠っているようでは心もとないと、自転車を大津京モンベルへ向けた。毎日、履く靴は良く歩くので一年と持たないが長靴は雨と雪の日だけと6年近く使えば劣化もすると納得して同じ形の長靴を買った。夕食後、空の雲に誘われて湖岸へ向かうと素晴らしい夕景に出会えた。沈みがちの気分が明るくなった。ニンゲンは単純なものだと・・・それでいいのだ人生は・・・

コロナ第二波・・・

2020/07/03

最近、コロナ感染者が増え第二波がと少し心配になってきた。幸い滋賀県での発生数は少いが都市圏に近接しているから注意しなければと思った。暑さと湿度の高い夏ではウイルスも活動できないのではと思っていたが一向に衰える気配を感じない新型コロナウイルスの脅威と夏の猛暑のダブルパンチを乗り切る自信はないが、あまり無理をせず体力の消耗を抑えるぐらいが僕の自衛策だ、そしてマスク、手洗い、混雑する場所を避けることは守ろうと思った。今日は雨、湖岸ポタリングはお休みにして、体力温存とパソコンの中の写真を整理した。そして夕方にパソコンの師匠茂呂さんにスマホメッセンジャーでリナックスになったパソコンでの写真加工の手ほどきを受けた。パソコンとスマホを使ったオンラインで授業を受けているように思った。IT機器を触っていると気分が少し若返ったのではと手を見ると血管の浮き上がった80歳の爺がぎこちなくキーボードを操作すると21世紀に生きている実感が小さな音として耳にはいると背後に風を感じた、その風には20世紀の懐かしさを感じた。

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