中島省三の湖畔通信

街道をゆく?

2020/11/16

街道をゆく、司馬遼太郎の本「街道をゆく」の題名だ。昨日は好天に誘われ、久しぶりに自転車で坂本までポタリングを楽しんだ。坂本へ向かう道は何本かあり、僕が一番好きな道は旧道ともいえる細い道で車も地元の人以外は走らない道路は自転車向きで安全だ。近江神宮を過ぎると旧道へ入った、暫く走ると志賀小学校の二宮金次郎がフェンス越しに見え,分校の様にも感じるが校舎は鉄筋だ、でも近郊の人口が増え生徒数が多くなった現状では手狭になったのではと、おもいながら通過した。南志賀から滋賀里へ向かうと狭い道も挿絵の様に感じる、細い道の正面に、大きな欅の大木やクスノキで覆われた小さな森が見える、其れが、しどり神社だ。辺りの歴史は古く赤塚古墳跡と案内板に記してあった。JR唐崎駅の近くから再び旧道に入り穴太へ、そして坂本へ続く道は司馬遼太郎の「街道をゆく」の本の中に描かれている街道風景を連想させてくれるからタイムスリップして昭和三十年代を旅しているような気分になる、急ぐことはないと時折、自転車を留め、スマホとフイルムカメラで、写真を撮りながら行く小さな旅は、僕の「街道をゆく」だとおもった。


写真はフイルムカメラで撮りました。

紅葉は首になったサラリーマン?

2020/11/15

秋晴れの中、湖岸ポタリングで湖岸の紅葉を楽しんだ。打出浜ではナンキンハゼの紅葉を見ながら深呼吸すると紅葉に染まった空気が肺を満たすと少し胸が弾んで元気が出るように思った。でも秋になると何故、木々は紅葉するのかという問題を・・以前テレビ番組のチコちゃんで葉っぱがクビになるからと言っていた事を思い出した。ホモ・サピエンスが秋の紅葉を楽しんでいるが人間社会に置き換えると、会社の存続を考えて授業員のクビを切って行く行為と同じ仕組みだ、自然界では冬になると木が葉を維持できるエネルギーと採算が取れなくなり、やむ無く葉への栄養源をカットしてしまうから葉は落葉へと進む過程での科学変化でアントシアニンが増え緑の葉が赤くなるとパソコンで調べて分かった。うむ、なるほどと人間も会社をクビになって自棄酒を飲んで赤くなった状態が紅葉ではと考えると悠然と紅葉を楽しむ気にはなれない、少し悲しい紅葉シーズンに見えてくるが、木は経営者で冷徹な社長でもあるのだ。自然界では非情とも言える行動が日常行われていることを知ると只、自然の美しい一面だけを捉えて判断することは止めて正しく自然を理解しようと落ち葉を眺めた。落ち葉は累々と並ぶ死体ではなく栄養分として生命の再生への重要な役割を果たしているのだと、おもいながら紅葉と落ち葉が自然界の凄さを感じさせてくれた。

秋の彩りは美味しい景色?

2020/11/14

三井寺の秋色も桜紅葉から楓の紅葉にへと一段と鮮やかさを増してきた。湖岸ポタリングで何時も走る遊歩道は琵琶湖を埋め立てて作られた人工湖岸と浜大津から膳所公園まで続く細長い公園は植樹された桜、欅、ハナミズキ、モミジバフウ、ナンキンハゼと紅葉する木が多く秋を楽しませてくれるが気分は複雑だ、ホモ・サピエンスの好み通りに植えられたものばかりで日頃環境問題を考えているから不自然さを感じるからだ。昨夜NHK大津放送局が湖岸の紅葉を紹介していた。紅葉も落ち葉が湖岸を彩っている風景は素直に美しいとおもいながら写真に撮った。紅葉を眺めていると、美しい葉を見ていても美味しさや食欲を感じないの何故と・・・食す事が出来る果実や木の実の色合いは美味しそうに感じる、柿や蜜柑,林檎、桃、苺、葡萄らの色合いは長い時間をかけて、ホモ・サピエンスが進化する中で美味しい色を脳に記憶していったからではとおもった。そして美しい紅葉を見ても食欲が湧いてこないのは食べられない事が分かっているからだと、美しい紅葉が映える景色を見ながら深呼吸すると肺が美味しいと言っているように感じた。でも美味しい風景とは言わずに美しい眺めと言う方が余裕をもって景色を楽しめるからとおもった。

言葉の豊かさ

2020/11/13

理髪店の帰り道、空を見上げると美しい雲が誘っているように見えた。時刻は4時半、今なら琵琶湖の夕景に間に合うと自転車を出し湖岸へ向った。浜大津港に着き湖面を見ると鏡の様な水面に赤く染まった雲が映って空よりも美しく思った。そして打出浜湖岸から暮れなずむ琵琶湖の美しさに暫し見とれながら、此の美しさを言葉で表現するなら、と考えるも浮かぶ筈がないとデジカメのシャッターを押した。写真も良いが言葉で表現される美しさは想像の世界だと、読んでいる小説「百年の散歩」多和田葉子さんの小説だ。内容はドイツのベルリンの街の通りを題材にして百年の時を見事な言葉で現代と過去を行き来しながら人間社会の悲しさや楽しさを語る小説を間もなく読み終えるが、少し不思議な事に、此の小説に関連した映画を今週に見たからだ。「異端の鳥」もナチスが絡むユダヤ人の悲劇だ、そして昨日見た「ある画家の数奇な運命」もナチスの優勢種保存の人種隔離の問題を描いた映画と繋がっていた。小説「百年の散歩」の中で語られるドイツのナチス時代の記憶が物語の中で彷徨っていて、歴史の消えることのない汚点を思い出させてくれる、何時になったら、平和な社会が来るのかと、そして我が国でも百年の散歩をしながら過去の苦い記憶を呼び起こさねば前には進めないのではと考える日になった。

アレックスシネマ大津

2020/11/12

今週は二回も浜大津のアレックスシネマ大津へ足を運んだ。今月の13日から再開された映画上映のプログラムは気になる映画が多く、映画を選んでいるマネジャーさんに感謝、そして観客動員が少い大津で頑張っている映画館にエールをと午後、アレックスシネマへ向った。今日の映画は「ある画家の数奇な運命」監督フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルクの189分の大作を見た。監督の作った「善き人のソナタ」は以前に見たことを思い出した。映画はナチスの勢力下のドイツ、ドレスデンから物語は始まる、両親はナチに反抗して逮捕?された、少年が叔母の家に引き取られるが、叔母もナチの優勢種保護政策?で安楽死させられてしまうが叔母の芸術的感性を受け、混乱した時代の中で芸術家を目指す物語は映画の長さを感じないテンポの良さで進む映画は退屈せずに楽しめた。映画の主人公はドイツの有名な現代美術作家ゲルハルト・リヒターを題材にした映画だ。後半は現代美術が盛んな1960年代のドイツの美術界も描かれ興味深く見られた。映画の中でインタービューを受ける画家を取材するカメラがビデオでなく16ミリフイルムカメラのアリフレックスが出てきたので少し嬉しくなった。1970年代の初期は取材カメラもまだフイルムカメラのアリフレックスやキャノンスクーピックが活躍していた時代を、懐かしく思い浮かべながらアレックスシネマを後にした。

写真は湖上は水鳥の大群が翼を休めていた、三井寺の紅葉もすすんだ。

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