中島省三の湖畔通信

ソフィーの世界・・・

2020/06/12

今、読書中の「ソフィーの世界」は半分を過ぎたところだ。哲学の歴史を簡単に分かり易く感じるのは対話形式だからとおもった。遊びほうけた僕が今更、哲学でもないと自嘲しながら考えた。2400年前ギリシャ時代から哲学の歴史が続いているのに戦争や社会の歪は無くなるどころか酷くなっているのは何故と・・・素晴らしい哲学者が次々、登場しても社会は良い方に変化しないのかと、少し空しさを感じた。そして今日の散歩では季節の移ろいを感じさせてくれる花だけが心を鎮めてくれた。三井寺一切納経堂前の菩提樹がやっと一輪の花を咲かせた。そして仁王門横のネズミモチの花も小さな可憐な花を咲かせていた。其れだけで充分と思った。午後は友人Sさんのお店「ラパン」にお邪魔した。机の上に置かれたゴジラとロボットを見ていると昭和レトロの空気が漂ってきた。昭和は戦争の暗い時代から、戦後は僕の好きな映画の世界はルネサンス時代で邦画の作品も羅生門、東京物語、雨月物語、七人の侍、と数多くの映画が世界で注目された、僕の好きなタルコフスキーの映画も昭和時代だった。そんな時代もあったねと随分遠くなったと卓上のゴジラを写真に撮った。

入梅

2020/06/11

今年の梅雨入りは暦の入梅と時期が合ったと、こんな事でも素直に喜べるのは政治や社会が上手く行っていないからでと思った。色んな種類のマスクが店頭に並ぶようになった今、アベマスクの存在は薄れるばかりだ。先日、マスクを買ってみると韓国製と中国製だった。日本製は何時買えるのかと・・別に日本製にこだわっていないがと今日は韓国製のマスクを着けて散歩に出かけた。三井寺一切納経堂前の菩提樹の花は咲いているのかと寄って見ると蕾のままだった。湖岸ポタリングではアオサギがアユを捕らえたところをデジカメで・・・本当は撮った後にデジカメのモニターで確認してアユと分かったのが真実だ。稚アユが大きく成長したとアオサギの獲物のアユを見た。におの浜から見る琵琶湖雨情は格別と・・でも今年はもうアオコの兆候が出たと聞く、琵琶湖は深呼吸が出来ていないから無時夏が越せるのかと心配になってきた。

タイムマシーンに乗って・・・

2020/06/10

最近、本を読んでいると自分はタイムマシンーに乗って時空間を旅しているのではと思うときも・・・今日は先日から読み始めた「ソフィーの世界」はホモサピエンスの2400年の知的発達史ではとギリシャ哲学に始まり現代までを楽しもうと・・・まだ旅は途中でバロック時代に辿り着いたところだ、ルネサンスからバロックへ17世紀の時代は人間がダイナミックに活動したのではと今の我が国には嘘で固められた政治と不確実な社会の流れの中でくらしていると1600年に生まれたスペインの作家カルデロンの人生の夢芝居が「ソフィーの世界」の中で書かれていた時代を羨ましくも感じるの文化が在ったからだと本に目を・・「人生だと?狂乱だ!人生だと?空っぽのシャボン玉だ!作りごとだ!影だ!幸福がなんになる。人生はすべて夢、あまたの夢は一つの夢なのだから・・・」と思えば今は悪い夢の中にいると思えばと考えるも余りにも酷すぎる我が国の現実に文化を感じるゆとりもないと、今日は其処で本を閉じた。以前に読んだ「オリジン・ストーリー」は宇宙138億年の物語、其の中で人類がようやく二十万年前に誕生といってもホモサピエンスになるまではまだ時間がかかった、長い時間も頭の中ではあっという間に過ぎ去る不思議さは正に脳内タイムマシーンではないかと思いながらホモサピエンスの最近2400年の旅を楽しんでいると嫌な時世も忘れるというものだ。

VR,オンライン・・・

2020/06/09

メディアが伝えるバーチャル旅行や呑み会、そしてオンラインで繋がる空間を僕はそんなに楽しいのかと違和感をもった。スマホを使い始めて三年が経ったが本当に必要だったのかと、スマホのスゥィチをいれた。FBを見るためだ。そして何か写真の被写体はないかと探す毎日が、デジタル社会に組み込まれ管理されているように感じ始めた。スマホの距離情報は自分の行動パターンが既に読み取られているようだ。そしてパソコン(湖畔通信用)に使う写真はデジカメデ撮る、デジタル機器に追われる様な日々ではないかと思うようになった。毎日、デジカメで撮る写真の多さもフイルム時代では考えられなかった枚数だ。多分、僕の記憶にも記録にも残らないのではとおもった。写真の歴史もたかだか二百年ぐらいと知れたものだと思ったのは、今日の夕刊(朝日)に載っていた、フランス南部で最古の縄が発見された記事を読んだからだ、縄は5万2千年から4万1千年前にネアンデルタール人が作ったもので石器を運ぶ為の籠に使ったのではとあった。縄はバーチャルではなく実態として5万年もの時間を越えてきた事実に驚くしかなかった。デジタルやITらの記録媒体は所詮バーチャル対応の長期保存などは考えられていないから多分、人類の歴史を未来に生きる生命体が調査しても空白期間になるのではと思うと空しくなった。そして一刻も早くデジタルやITから解放されたいとおもった。そして自転車を出し実空間へ出かけた。

僕の新しい暮らし方

2020/06/08

メディアが最近,新しいライフスタイルの在りかたを伝えているが別に興味を感じる程のことはないと聞き流した。今回のコロナ騒動で本を読む機会が増えたことに感謝した。本を整理してブックオフにと、積んでおいた背表紙が目に入り読んだ本も数冊、そして、買っておいて何故読まなかったのかと反省しながら読んだ。そして昨日から読み始めた、ソフィーの世界(1995年NHK出版)は発売当初ベストセラーだったから、多分、読みもしないのに買ったのでは・・・物語はソフィーなる少女と哲学者の不思議な手紙で哲学の歴史を旅する物語と百ページほど読んで感じた。何よりも哲学という文字に難しさを感じている僕を読ませる気にさせたのは、20ページのシルクハットで書かれている言葉、いい哲学者になるためにたった一つ必要なのは、驚くという才能だ、を読んで驚いたり感心したりするのは単細胞の自分にはピッタリとおもった。そして哲学者?別に本気でなるつもりは無いがお金がかからず年金爺にはよいと楽しく読み進んでいる最中だ。ゆっくりと残された時間をアホな政治やテレビから離れて自分はこれから先、何処へ向かうのか考えるのも良いのではと思った。夕食後、琵琶湖へ向かった。心地よい風が湖面を渡って行くのが見えた。そして僕は琵琶湖は哲学者ではと、波が伝える表情がそう思わせた。

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