漫画を読む?
2020/07/10
今日も雨、元気なのは三井寺の石段で見かけるオオケマイマイだけと数を数えた。六匹もいた。観音堂前でネジバナを写真に撮って此の花は何故に螺旋状になるのかと見つめた。蓮池では蓮の蕾が赤くなってきた。梅雨明けには開花するのではと雨の蓮池を眺めた。帰宅後、昨日、手に入れた本、ダーウィン「種の起源」を漫画で読む(株・いそっぷ社)を開いた。当初、漫画だからもっと気楽に読めるとおもっていたら期待は裏切られたと言っても良い方にだ。こんな教科書があれば遊びながら勉強ができ誰もが秀才になれるのではと思いながら読み始めた。種の起源が表されたのは1859年と知って時間的にはそんなに古くないと思った。漫画の中身を真剣に考えながら読むと時間もかかり読み進まないが・・・植物や動物が進化するシステムはのほとんどは未だ解明されていないのではと思いながらページを進めた。今も地球上で隆盛を極めるホモ・サピエンスにも限界が見えはじめたのではと・・生存競争や自然選択の項を読みながらおもった。今も増え続ける人口は77億人から2050年までに100億人になると予想されている、限られた資源の中で100億人もの食料を賄うことなど不可能ではとおもった。どう考えてもホモ・サピエンスだけが生存できる筈がないと地球上の生物ウイルスから大型生物までが危ういながらもバランスをたもっている現状を安定した環境に変革できる知恵をホモ・サピエンスが持っているとは思えないから人知を超えた大きな自然の法則が解決するのを待つしか無いと諦めるしかないと・・・いま流行っているコロナウイルス禍は自然が行う人口のコントロールではないかとおもった。
蝶は無事、テイクオフできたか?
2020/07/09
今日はカメラ爺の日となった。朝の散歩では三井寺観音堂前でネジバナが咲いているのを撮った。湖岸ポタリングでは琵琶湖疎水河口近くを走る国道161号線傍らで蝶を見つけた。何時もなら素早く飛翔して逃げる筈が歩道の上で留まって翅が側を通る車の風で揺れていた。飛び立つ気配は無いのでグウグルレンズで見るとミカドアゲハと出た。先日、三井寺で見た折は素早い動きで躱されてカメラのフレムの中へ入れることすらできなかった。蝶は具合でも悪いのだろうかと少し心配したが自然界の掟と蝶を助けること無く写真を撮り終えその場を後にした。におの浜から琵琶湖を眺め、空を見上げ先程の蝶は無事テイクオフできたのかと少し気になった。湖岸ではヒメジョオンの花が咲き誇って存在感を表していた。辺りを見ると黄色の花が見えた。もちろん嫌われモノのオオバナミズキンバイの花が徹底した除去作業にも負けずに、咲いている姿に感動すら覚えるから不思議だ。それにしても黄色の花は普通に美しいと思った。帰路、浜大津港の近くで大きなキノコを見つけ写真に撮った。帰宅後、妹にラインで蝶の写真を送ると、ミカドではなくアオスジアゲハと返信してきた。そしてパソコンで蝶を検索、写真を見てアオスジアゲハと理解した。そしてFBの友達川井さんからも今、アオスジアゲハを育てていると写真が送られてきた。そして夕食後、湖岸へ自転車で向かう途中、朝にアオスジアゲハが居た場所を通ったが何もなかった、そして蝶は無事に大空を快適に飛翔していることを願いながら琵琶湖へ向かった。
琵琶湖は天然のダム・・・
2020/07/08
梅雨の晴れ間の湖岸ポタリングを楽しんだ。打出浜から見る琵琶湖は水位が上昇した所為で大きく広くなったように感じた。梅雨前線の影響で多大な被害が出ている中で琵琶湖見物など不謹慎とおしかりを受けるのではと思いながら穏やかな琵琶湖を眺めた。琵琶湖にも大水害の歴史が残っている1896年の大水害は琵琶湖の水位が三メートル七十六センチになった記録は琵琶湖周辺の彼方此方で記録されている僕も安曇川河口の村を訪ねて話を聞いたことを思い出してきた。蔵の白壁に残る洪水跡の高さはニメートを超えていた。今はスーパーコンピューターで計算しながら瀬田川洗堰で琵琶湖の水位を調節しているから大丈夫と?・・僕が琵琶湖総合開発の状況を記録している1980年代に滋賀大学教授の鈴木先生が総合開発によって建設される湖岸堤の危険性を指摘されていたことを思い出した。もし琵琶湖の水位が二メートルを超えた時に湖岸堤を乗り越えた水が内陸に入った時には堤防に備えられた排水ポンプが正常に働いて水を排出できるのかは疑問だと言われていた事を思い出した。そして河川氾濫で起きた水も湖岸堤があるために琵琶湖へ流れ出ない危険性も指摘されていた。地球温暖化の影響で大洪水が起こらないとは限らない、琵琶湖の水位が一センチ上がると670万トンの水量が増えると言われている琵琶湖に注ぐ川は460本もある大雨の時には5億トンの水を溜め込む琵琶湖は天ヶ瀬ダム13個分の容量で下流や琵琶湖周辺を洪水から守っていてくれる偉大な天然のダムの琵琶湖には感謝しなければならないと琵琶湖を見ると水面がウインクで答えてくれた様な気がした。ありがとう琵琶湖といって湖岸を走った。
私はその時其処にいた・・・
2020/07/07
連日、テレビから流れてくる九州地方の豪雨被害の映像を見ていると、スマホらで撮られた映像の迫力に驚くばかりだ。ニュースカメラマンが撮る映像を遥かに超えているのは、私はその時、其処にいたと言う現場で撮影されたドキュメントには適わないと今日も緊迫した災害状況の現場を捉えた映像を見て自然災害の怖さを改めて感じた。それにしてもキャスターやプロのカメラマンを超える、冷静な態度で災害の状況を語る能力はと不思議に感じた。一億総カメラマンの時代になった今、誰でもが簡単にスマホでニュース映像を撮れる訳ではないとおもうが火事場の馬鹿力の様に危機が迫る中でもスマホを持てば勇気百倍と変身して危険も顧みずカメラマンになるのかと危機が迫る災害地の提供映像を今日も見た。大手新聞社やテレビ局は考えも古く自社が一番だという意識が強く一般視聴者撮影の映像のポテンシャルを認めなかったが最近は良くニュースに登場するようになったとデジタル時代の新しいニュース体制を考える時だと思った。そしてテレビや新聞よりもSNSの方が映像や状況を早く流してくる時代、新聞やテレビの時代はもう先が見えているのかとスマホの画面でニュースを見ている自分は何処へ行くのかと少し考えた。
浜大津の公園で咲き誇るムクゲと枯れ始めた紫陽花を見て・・・盛者必衰
雨は降り続く・・・
2020/07/06
雨は降り続く、今日も雨、三井寺の石段で見かけるオオケマイマイの姿も少なくなった、いくら雨が好きなマイマイでも雨宿りがしたくなったのかと思った。観音堂に立ち寄ると、新聞の滋賀版で紹介されていたアマビエの絵馬が売られていた。絵馬には疫病退散祈願と書いてあった。もちろん疫病は新型コロナウイルス肺炎だ。疫病を鎮めるために行った歴史の在る祇園祭りは中止となったが、せめて絵馬に託したいと思うのは庶民の願いとおもいながら写真に撮った。今日も九州地方は大雨が続いている現状を心配するだけで何もできないないが無事を祈るしかないと観音堂を後にした。何時もなら散歩を終えると湖岸ポタリングに出かけるが、雨が強く降るのでお休みにした。僕は一日、一回琵琶湖を眺めるだけで満ち足りた気分になる、今日も琵琶湖が望めなくては気分が少し暗くなるが・・・最近、読んだ、子供のための哲学対話(永井均著)の中でネクラとネアカについてのページがあった。(哲学対話は子供のためにと言うより悩める大人たちが読んだほうが良いと思っている)ベネトレ(猫)とぼく、の対話でネアカとネクラについてネアカは何時も自分の中で遊んでいる人とあった。僕も最近は何をしていても楽しく感じているデジカメで写真を撮っている時も遊んでいるようで結構たのしいとおもっている、今まで僕は悲観主義者で暗いのではと思っていたら本来のネアカではと此の本、子どものための哲学対話、を読んで分かった。猫のベネトレが言うには、ただ存在しているだけで満ちたりている、ってことなんだよ。と語っている・・・ふん・・少しは理解できると、そして本の題名を、爺のための哲学対話に変えてほしいと思った。
写真三枚目は我が町内に残る昭和の残像・・・

















