逞しい植物は・・・
2020/06/25
逞しい植物と言えばタンポポやど根性ダイコンらの映像がテレビで紹介される事は良くあるがと今朝の散歩で鹿関橋近くの電柱の傍らで咲くパンジーの花を見つけた。本来なら可憐な花の逞しさをニュースにしても良いのではと思いながら写真に撮った。そして植物の生命力の強さには驚くばかりだ。人類が滅んでも地球は大丈夫だと思った。三井寺の境内では夾竹桃が白い花を咲かせている、夾竹桃は毒性植物として有名だ。近付いて花を見ると白い花の中に蜘蛛がいるのが見えた、でも花にも毒性があり近付く昆虫はいないのではと、そして蜘蛛なら糸を使い蜘蛛の巣を作れば良いのにと,態々毒のある花の中にいるのかとデジカメのモニタに写る蜘蛛の足を確認、6本あった、コオロギではなく蜘蛛だ。浜大津港では夏の花、アガパンサスが咲いていた。この花もアフリカ原産で外来種だ。我が家にも根を張って勢力を伸ばしているが先日、花の咲く前に多くの葉を剪定してしまった。少し反省しながら青く清清しい花に詫びた。
天気の爺・・・
2020/06/24
三井寺の展望台から琵琶湖を眺めると美しい積雲が色んな形で浮いている光景を見ているとアニメ映画天気の子、を思い出した。今でも美しい積乱雲の雄大な超現実世界の映像が頭に浮かんでくる・・梅雨が明ければ積乱雲の世界が見られると琵琶湖上空の雲を見た。ニュースではスーパーコンピューター富岳が世界ナンバーワンの座に着いたと伝えているのを聞いて、僕は又、ゴダールが1965年に製作した映画アルファヴィルを思い出した、コンピュータアルファ60が国をコントロールしている未来都市では個人主義は認められず完全にコンピューターに管理された社会だ。今、我が国の政冶が酷すぎるからといってスーパーコンピューター富岳には管理されたくないと、政冶に悪用されない事を願うのみだ。そして哲学を持った政治家が現われてほしいと空を見上げた。
沖縄戦75年・・・
2020/06/23
今日6月23日は75年前の沖縄戦で失われた尊い命の・・戦没者を悼む「慰霊の日」だ。僕の生まれ育った滋賀県では大きな爆撃の被害もなく終戦となった。B29が銀翼を連ねて飛ぶ光景を僕が眺めていたころ沖縄では民間人を巻き込んだ悲惨な地上戦が行われていたことなど知る由もなかった。今日、テレビで慰霊の日の様子が伝えられた。高校生の高良さんが詩を朗読された。もちろん高良さんには戦争の経験などないが、戦争経験者からの話を聞いて自分の言葉で語る沖縄戦の詩は、ひしひしと沖縄の魂の叫びが聞こえてくるようにおもった。此の国の当時の指導者がもっと早く戦争を終結していれば沖縄戦も広島と長崎への原爆の投下も避けられたのでと歴史の酷さをおもうばかりだ。そして安倍首相の真心のない挨拶がテレビから流れている現状を沖縄の人達の心の悲しみはと・・早く基地のない沖縄が実現して平和な観光の島としての発展を願うしかないとおもった。
打出浜から湖上を見ると学習船うみのこ、が再開のための試運転をしているのではとおもった。柳が崎(水泳場跡)の水辺は美しく此処でアオコが発生するとは想像できなかった。
日本遺産?
2020/06/22
6月20日の朝日新聞朝刊に琵琶湖疎水が日本遺産に登録されたと記されていた。1890年(明治23年)に日本人が設計そして日本人だけで大工事を完成させた事は誰もが知っている事だ?記事によると明治の香りが残る疎水周辺とあるが大津よりも京都の南禅寺近くの疏水風景らには明治の風情を感じるが、大津はと言えば疎水取水口の風景は明治を感じるモノなど残っていないと1990年に京都市水道局が発刊した「琵琶湖疎水の100年」を見てそう思った。完成当時は京都の築地三保が崎に建つ建物の絵は明治の洋館を想像させてくれるが現在は何処にも見当たらない、当時その付近は文人墨客に人気があり別邸などが立っていたと本で読んだ事がある、現代は湖岸には衝立の様に高層集合住宅所謂マンションが立ち並ぶ風景を見ていると何処が日本遺産かと考えてしまった。明治の完成当時から変わらないのは疎水の水路と北国橋から見る閘門そしてトンネルの変額に描かれた気象万千ぐらいかと橋上から閘門を撮った。そして我が家の近くの鹿関橋はといえば桜のシーズンの短い期間だけ観光客が溢れるくらいで普段は静かな佇まいだ。最近、疏水通船が話題になっているが運べる人数にも限りが在り賑わいとは程遠いと僕は思っている、明治時代の一大開発工事は周辺の環境を考えた結果百年後の今も日本遺産と評価されることは凄いと思った。それに引き換え琵琶湖総合開発はただ琵琶湖を破壊しただけだと僕は思った。
花はムラサキカタバミと友人が知らせてくれた。僕はFBには、グウグルレンズで調べたとしてイモカタバミと記載した。友人に感謝・・・・グウグル検索は間違いも多くあると聞く・・・・
映画「名もなき生涯」を・・・
2020/06/21
先日、ソクラテスの弁明(プラトン)を読み終えたときに、ある映画をおもいだした。其の映画「名もなき生涯」(アメリカ・ドイツ映画監督テレンス・ヤング)の主人公フランツの生涯1940年まで生きた時代、そして其の時代から2400年も前にアテナイ市で裁判を受けたソクラテスとの共通点が多いことに気付いた。フランツはオストリアの山村に暮らす普通の農民が戦争に巻き込まれて行く中で断固自分の魂の真理に基づいてヒトラーのナチ政権に従わず、最後には軍事裁判でも人を殺す兵役には拒否を貫き死刑になってしまう物語だ。フランツは命よりも大切な魂まで売って命乞いをするよりも人間としての尊厳を守り通した生涯はソクラテスが裁判で一度も命乞いをせず自分の魂の正義を譲る事無く人間の尊厳を守り抜いて死を選んだことと同じ様に感じた。自分がもし其の立場になった時、はたして自分は人間として魂に忠実に従って行動できるか分からないが、残された命の時間の中で自分の魂がその領域まで高まることに努力しなければ人間としての存在感がないと思えてくるが何せ、いいかげんな人生を送ってきた自分がどれくらい進歩できるか自信はないが少しでも努力しなければと考えた。
三井寺で久ぶりにオオケマイマイを見た、恐竜が生きた時代から今も命を繋いでいる君は何ものと・・・

















