不要不急
2020/05/12
僕の日常はコロナ問題が起きる前とさして変わらないと思った。毎日の三井寺への散歩、湖岸ポタリングと以前から続けていた事は変わりなしだ。映画館がコロナ自粛で休館しているから映画は暫く見ていない事ぐらいだと今日の僕の日常は無事過ぎた。新聞は久しぶりに楽しく読めた、というのは解剖医学者の養老孟司さんの寄稿記事の所為だ。見出しは、人生は本来不要不急と大きな文字で記されていた。毎日、伝えられる新型コロナウイルスの報道は金太郎飴の様にテレビや新聞も切り口は同じで、コロナに振り回されるばかりの毎日だ。記事の終わりの方でヒトとウイルスの、不要不急の関係が深いか、としてヒトゲノムの4割がウイルス由来と読んだことがある。その4割がどのような機能をもつか、ほとんどまったく不明である。むしろゲノムの中で明確な機能が知られている部分は、全体に2%足らずに過ぎない。つまりヒトゲノムをとってもそのほとんどが不要不急であると語っていた。久しぶりにコロナの束縛から少し離れられたと記事を読み終えた。最後の言葉が印象に残った、人生は本来不要不急ではないか。ついそう考えてしまう・・・・・と結んでいた。
写真は不要不急の生き物とホモ・サピエンス・・・どれほど変わりがあるのかと考えた・・・・
風香る五月・・・
2020/05/11
今日も湖岸ポタリングで膳所由美浜へ向かった。湖上は波立っているが風香る五月で快適そのものだ。湖岸の開放感は他県では感じられないと琵琶湖を眺めながら20分足らずで由美浜サンシャインビーチに着いた。人工の砂浜にはリュウキュウツキミソウが、湖岸にはアカバナユウゲショウとハルジオンの花が競って咲いている贅沢な風景を楽しんだ。青空の下でコロナの事も忘れ思い切り深呼吸した。新鮮な空気を取り込むと脳はやはり現実問題へと働いた。自然界の爽やかさと比べ我が国の政治の酷い事、安倍政権による検察人事介入は三権分立を脅かす由々しき事態だと国会で野党が追求している、そして日弁連や多くの人達が声を上げた。安倍政権の関係が疑われる森友,加計問題を、もし金さん(遠山金四郎)が裁いていたら市中引き回しのうえ遠島と罪をくだされたのではと青い空を見上げた。IT化の遅れている事もあり配布金の遅れが取り沙汰されている状況を見ていると良いか悪いか別として、昔の映画、1965年制作のゴダールのアルファヴィルを思い出した。人工知能アルファ60が政府を管轄しているSF映画だ。今のモタモタした作業を見ていると人工知能に任せたほうが早く進むのではと想像した。でも人的パワーで勧める日本の方式の欠点は縦割り行政にあるのだから、マンパワー頑張れとエールを送りたいが時代がITへと変化する流れは変えられないと思った。
ポスト・コロナの経済・・・
2020/05/10
コロナウイルス新型肺炎がまだ終息していないのにポスト・コロナの経済や社会のシステムが大きく変わると世界の有識者が語っているが、どんな時代になるかは僕は分からないと思った。昨日もテレビ番組でコメンティターがまことしやかに終息後の社会生活の変化を語っていた、人と人の接触がなくなり、ITを利用したバーチャル百貨店、買い物はインターネットになるとしたり顔で説明していた。でも生物であるホモ・サピエンスの37兆個の細胞の記憶が素直にIT社会に対応するのだろうかとおもった。今日も散歩や湖岸ポタリングで見かける花や鳥たちを見ていると羨ましくなってきた。自由に咲きたい時に咲き、行たい処へ自由に飛んで行ける翼を持っている鳥たちの様に成りたいと思うが、IT化された社会でバーチャルな空間で半分ロボットになったホモ・サピエンスには成りたくないとおもった。人間そんなに先など見えなくて結構とおもった。
膳所由美浜ではユウゲショウの花が目立ち始めた。
ITの恩恵に・・・
2020/05/09
緊急事態要請で町の日常は大きく変わった。子供、老人らの姿を町で見かけなくなった。政府が推奨する三密を避けるためかと考えた。普段から三密状態の場所等は見当たらない大津の暮らし、商店街は日常から人通りは少なく、人との間隔も推薦する2メートル以上は空いている、映画館も一人で見る事も年に数回はあった、強いて言えば仲間と月一に集まる飲み会ぐらいが当てはまるぐらいだが、今は居酒屋も自粛要請でお休みだ。朝の散歩も人に会うこともない。湖岸ポタリングもコロナ休日で以前よりも人を見かけるが広い湖畔では三密にあたらないからウイルス感染の心配はないとおもった。インフルエンザも話題に上がらず今年は新型コロナウイルス肺炎だけが病気としか捉えられない社会情勢が本当に正しいあり方だろうかと考えるこの頃だ。今日は夕食後、京都の友人とケイタイのFBメッセンジャーで楽しく話をした。カメラ機能のお陰で楽しくテレパーティ?の雰囲気を楽しめた。相手は四人で一台のケイタイではカメラワークもままならず天井が映ること暫し、簡単なケイタイに装着できる自動パニング装置付き三脚があれば声のする人にケイタイが向けば楽しい会話が出来るのにと思った。そして窒息しそうな今の状況を打破するにはええじゃないか、ええじゃないかと踊りまくった一遍上人の時代の話を思い浮かべながら楽しいケイタイのテレパーティは終わった。そして何時もIT時代を少し批判している僕がITの恩恵に預かったとケイタイを見た。
医療人類学?
2020/05/08
今日も好天、自然界は五月の普通の時が流れ長閑なものだ。テレビからコロナウイルスを電子顕微鏡で見たこともないコメンティターがコロナウイルスを描いたボードでまことしやかに説明していた。メデイアは何時になったら大切な事を伝えられるのようになるのかとテレビを消した。スペイン風邪から百年過ぎたが人間は経済の発展にAIやITの文明に踊らされている間にウイルスは百年をかけて強力に成り人間に挑戦してきた。こんなにも脆く崩れる人間社会に、さぞウイルスは驚いているのではと思った。今日の朝日新聞、インタビューでは医療人類学者・磯野真穂さんがコロナ問題で語っていた。社会を覆う「正しさ」を読んだ。緊急事態宣言の中でとる人々の行動の危うさを語っていると思った。その中で「安全な人や集団」と「危険な人や集団」に分かれると個々人が普段から抱く秩序を乱す者を排除したいという感覚が、排除に拍車をかけたように見えます、と語っていることに自分もそんな感覚があるのではと反省しながら全文をよんだ。そして見出しにもあった、ゼロリスクの道徳「秩序乱す集団」へ排除の矛先が向く、を改めて考えると、まさしく安倍政権は此のことを利用して国をとんでもない方向に向けようとしているのではと考えると、この先の政治の動きを注視しなければ思った。
小学校は何時再開されるのかと近くの長等小学校を写真に撮った。

















