中島省三の湖畔通信

お天気は不安定

2020/08/13

お天気は不安定と天気予報が伝えていた。三井寺への散歩は蝉しぐれの中を石段を上がる、最近はオケマイマイの姿も見かけない、展望台からの眺めも今日はイマイチだ。蓮池の花も咲き終わり境内は寂しい状態と足下を見ると砂利の上にヒョウモンチョウが、やっと一枚、写真が撮れて暑さを暫し忘れた。新型コロナウイルスの勢いは収まらず、暑さでウイルスも活動が鈍ると思っていたのに感染者は増えるばかりで心配だ。やはり緊急事態宣言をしなければ収まらないのかとおもった。テレビではスェーデンのコロナ対策、集団免疫で抑える方向で、死者数は減ってきていると伝えていたが、医療体制の脆弱な日本では無理だと解説者も語っていた。後期高齢者はコロナと熱中症にも注意喚起されている状況の中、湖岸ポタリングも暑い日は考えようと思うこの頃だ。

レ・ミゼラブル?

2020/08/12

先日、読んだ小説「ホワイトラビット」(伊坂幸太郎)の中にレ・ミゼラブルの事がよく出てくるが、僕は読んでいないので反応がイマイチだ。ああ無情、ジャンバルジャンの話だと分かるも、小学4年生の学芸会の時に僕は端役の警官の一人でセリフは閣下おはようございます、だけで、たしかジャンバルジャンを捕らえて司教に引渡す場面だったと、そして題名は、ああ無情、だったと思い出すくらいだ。小説「ホワイトラビット」の中で重要な位置を占めているのではとおもいながら読むも、レ・ミゼラブルを読んでいないので面白さは半減したのではと読み終えたが、レ・ミゼラブルが気になって近くの中井書店へ五巻を注文した。ホワイトラビットの中で泥棒仲間の会話では長い小説で今村なる泥棒が読むのに5年かかりましたと先輩泥棒中村に語る、下りを読んでいるから、僕(80歳)が、これから読んで5年もかけて読むわけには行かないと考えた。そして先日、本が手元に届いた。レ・ミゼラブルの文庫本の第一巻のページを開いた。1862年にユーゴが記した、前書きの中に、貧乏、飢え、そして暗黒のための子どもの衰弱、の事にふれ、現世紀の3つの問題が解決されない限り、またあちこちで社会的窒息が起こりそうである限り、言葉をかえてもっと広い見地に立って言えば、地上に無知と悲惨がある以上、本書のような性質の本も無益ではあるまい。と書いてあった。著者ユーゴが語った19世紀から158年が経った21世紀の現在、社会は、いかほども進歩していないのではと思いながらレ・ミゼラブルの世界へと入って行った。


浜大津港では学習船うみのこ、がコロナの終息を待っていた。

雲に魅せられる・・・

2020/08/11

今日は雲を見るために4回も湖岸へ向かった。午後2時、昼寝を終え湖岸へ向かった。積乱雲が発達中でモクモクと雲が動くさまが見え迫力を感じた。映画天気の子では素晴らしい鉄床雲の巨大さを見事にアニメーションで表現していたが、今日は残念ながら鉄床雲までは成長しなかった。積乱雲の中は凄い乱気流だと、大阪Gクラブの指導者Kさんが貴重な経験を語っていた事を思いだした。Kさんはグライダーで飛行中に巨大積乱雲に吸い込まれた時の状況を話してくれた、グライダー乗りにとっては恥ずべきことと前置きして、積乱雲の中は機体の制御も難しく、ほとんど制御不能で機体は雲の中でグライダーは翻弄され回転したり逆さまになったりと生きた心地はしなかったと話してくれた。Kさんは運良く積乱雲からはじき出されて事なきを得たのが実情だ。飛行機乗りで一番注意しなければならない雲は積乱雲で記号はCbで今も憶えていると積乱雲を見た。大空のキャンパスに描かれる雲の姿には人間の表現を超えた超芸術の世界だと思った。宇宙138億年の歴史、そして地球46億年の歴史そして水の循環の歴史はと、もちろん人類の歴史を遥かに超えた次元の話だ、でも雲を見ていると地球創世記のダイナミックさを少しでも感じられるのではとコロナ禍で右往左往する人間社会のスケールの小ささが滑稽に感じられた。

雲の美術館を堪能

2020/08/10

何故か日本の近海に台風が近づくと雲の動きが激しく移り変わり大空には色んな雲が発生して雲の美しい造形を見せてくれる様子は大空の雲の美術館だ。今日は朝から夕方まで雲の動きを楽しめた。本当に雲を楽しむにはセスナやパイパー機の小型飛行機が必要だ。大津市の際川に在った小さな飛行場は滑走路600メートルの未舗装で周囲には雑草が生えていた。今も目を瞑ると大津際川に飛行場が眼前に現れる、今日も雲を見ていると小さな飛行機PA18パイパースーパーカブを思い出す。自重1トンにも満たない鋼管羽布張り、エンジンはライカミング135馬力で軽快な動きの飛行機で僕が好きな機種だった。今日の様な安定したお天気で積雲が多く浮かんでいるとローカルフライトプランを出して30分ほど雲と遊ぶために600メートルの滑走路からパイパースーパーカブで飛びたち、雲に向かう積雲の小さな塊といっても直径300メートルはある大きな綿菓子の様なものだ。雲の高さは2000フィートで、周囲の安全を確認して積雲に飛び込むと、機体が少し揺れるぐらいで時速130キロのスピードであっという間に雲から出るか安全だ。少し大きな雲を見つけると機体が少し隠れる様に雲に沈めて雲になったと言うより孫悟空になった気分を味わえた、ことなどが懐かしく思い出されてきた。願わくばもう一度、小さな飛行機パイパースーパーカブに乗って大空を翔けたいと美しい空を見た。


「焼き場に立つ少年」

2020/08/09

「焼き場に立つ少年」は1945年にジョー・オダネル氏(アメリカの従軍カメラマン)が撮影した写真だ。ローマ法王が写真を前に広島と長崎の被爆地で話された事は有名な話だ。そして今日は長崎に原爆が落とされた75回目の記念日だ。1945年8月9日、雲の隙間から原爆ファットマンが落とされ地上500メートルで炸裂して7万4千人もの人が尊い命を落とした悲しい日だ。写真「焼き場に立つ少年」は見るものの心を打つ、直立不動の少年が背負った子どもは既に死んでいる、もちろん原爆でやられた、その子どもを火葬するために順番を待っている少年をオダネル氏が撮影したと言われる写真だ。口を一文字に結び唇を噛みしめる少年の姿に言葉をなくした。核兵器の恐ろしさを経験した地球上で唯一の国、日本はもっと強く核兵器の廃絶を世界に訴えなければならないのに核廃絶の署名には調印すらしない変な国だ、そして政治は敵地攻撃を可能にする法改正や武器を装備しようとしている我が国の現状は世界平和も崩しかねない暴挙ではないかと思った。コロナ禍でホモ・サピエンスは無力な事を知った今、この際、核兵器など捨てて人類の持続ある平和な社会を目指すのが普通のホモ・サピエンスの考えではないかと思った。

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