中島省三の湖畔通信

今年も後・・・

2019/12/30

明日で2019年は終わるが今年は良いニュースが少なく日本の政治は停滞したままだ。何時もの散歩、三井寺の境内では雨の中、除夜の鐘の為のライトアップの準備が行われていた。境内のお堂の殆どが扉を閉めている境内を歩く観光客も少しいた。年末の三日間は入山料は無料だが各お堂が閉められているが西国三十三箇所の札所の観音堂だけは年中無休だ。午後二時頃にやっと雨が止み湖岸へ自転車で向かった。湖岸には人影も無く静かな佇まいだ。帰路、商店街へ、此方も静かな歳末で去年よりも人通りも無く寂しい歳末風景だと思いながら我が町の行方を心配した。

鳥は究極のミニマリスト?

2019/12/29

今日の琵琶湖は風も無く穏やかな表情を見せていた。打出浜湖岸ではシラサギが石垣の隙間の獲物を狙っている様子を見て、究極のミニマリストは鳥ではとデジカメのシャッターを押した。今年も断捨離とミニマリストに憧れただけの一年だった。午後は大掃除?断捨離のチャンスと棄てる物を探した。玄関内には止めた筈のスキーや靴がまだ残っている
先ずテレマーク用のプラスチック製の靴を棄てる事にした。一時間ほどかけて整頓しながら掃除した結果、プラ製のテレマークスキーブーツを棄てるだけと理想と現実のあまりの隔たりに愕然となった。来年こそはミニマリストを目指そうと思った。

年賀状考?

2019/12/28

今日、年賀状を書き終えた。今年は去年よりも枚数を減らした、と言うのは年賀状を見てみると宛名が印刷されたものも多く、両面印刷された年賀状に意味はあるのかと思った。枚数が多いと宛名を書くのも大変だとおもうが、僕は稚拙な字で宛先の氏名を書く時に名前と顔を思い浮べt手書きで住所と名前を書くと其の人の暮らす土地までもが浮かんでくる、そしてハガキ表に元気ですかと稚拙な字で書くのが僕の流儀だ。去年は150枚出した、今年は100枚と50枚減らした。パソコンからプリンターへの印刷だけの年賀状には魅力を感じないが、一言でも手書きされていると、差出人の顔が浮かんでくるから不思議だ。来年は2020年で僕は1940年生まれで僕の歳は直ぐに80歳と計算できるから僕は西暦を利用しているのが現状だ。年賀状には西暦2020年1月1日と写真の枠外に小さくいれ写真を引き立たせるためだ。2020年は僕の本当の誕生日2月29日がある、来年は目出度く二十歳を迎えると、少し自分に笑った。

虹を追っかけて・・・

2019/12/27

小学校が冬休みに入り僕の起床時間が遅くなった、と言うのは通学路に面している都合で話し声らが聞こえると目覚まし代わりにしているが休みの間は自然起床で八時半近くまで寝ている、今日は雨模様で散歩も気が進まないが、日課をこなす為に出かけた。空を見上げると太陽が少し見えた。時雨と太陽は虹の兆しと三井寺の展望台へ急いで石段を駆け上がった。比叡山を見ると麓から虹の架け橋が見えた。展望台からは虹の全容は超広角レンズでないと収まらない、コンデジでは無理、でも雰囲気は撮れた。今日は琵琶湖に架かる虹を期待して急いで境内を後にした。レインギアに身を包み、デジカメも雨に強いペンタK3を持って自転車にまたがり湖岸へ急いだ。浜大津港から比叡山方向を見ると大きな虹が架かっているの見え急いで撮影ポジションへ向かった。時雨は小休止で青空も見え比叡山をバックに虹をいれ構図を決めて数枚撮った。場所を打出浜へ変えると虹は時間切れとなった。時雨も強くなり何時ものカフェタイムに退避した。コーヒーブレイクを終え再び湖岸へ出ると今度は琵琶湖大橋の上を跨ぐように虹の大橋が架かったが時雨が強くなり少し写真を撮って終わりにした。寒さと雨をものともせずに自転車のペダルを漕ぐと虹を追った時間の充実感で心地よい汗を感じた。

静かな街で

2019/12/26

僕の住む街は静かだ、朝の散歩で訪れる三井寺の境内も静寂だ、時折小鳥の鳴き声が聞こえるだけだ。金堂前にも門松が飾られた、三井の晩鐘も除夜の鐘を待つだけだ。湖岸ポタリングも水気を含んだ重い空気の所為か自転車は軽やかに進まないと湖岸に自転車を留め水墨画の様な琵琶湖の風景を眺めた。町中の商店街も歳末の賑わいもなく侘しい光景を見ていると僕の少年時代の歳末風景が浮かんで来た。混雑する商店街には売り子の声が飛び交っていた、店内は買い物客で溢れ活気と熱気が漂う賑わいは何処へ行ってしまったのかと寂れた商店街を自転車で通った。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる