雲のダンス?
2019/12/05
今日は湖岸ポタリングは午後になった、朝の散歩では羊の大群が大空を西から東へと進むスピードに少し驚きながら写真を撮った。冬は午後二時を過ぎると斜光線で優しく風景を浮かび上がらせてくれる、でも今日は上空の気流の変化が激しいのか雲がダンスをしている様にも見え暫らく大空で繰り広げられるショーを楽しんだ。大津湖岸で感じる空間の広さは琵琶湖があるからと改めて感謝した。行政や観光業者が進める琵琶湖観光はお金儲けの事ばかりで本来の琵琶湖の美しさなど解せぬ企画が罷り通っているだけと思いながら大自然が織り成す風景に魅入っていると人間社会の事など忘れ去り、爽やかな気分が残った。最近、またフイルムで写真を撮っている、被写体を探す目も何故か見るものに新鮮さを感じるから不思議だ、そして感性が刺激され写真を撮る楽しみが蘇ってきた。歳が明けると80歳になる機会に80枚の写真を用意して久ぶりに写真展をと思った、でも可能性は低いと考え、僕の頭の中で写真展なら費用の心配は無いと思った。
琵琶湖に偏西風が・・・
2019/12/04
本格的な冬のシーズンに突入したと偏西風が吹く湖岸に佇むと、やはり若狭、高浜の老朽原発の再稼動が心配だ。絶対に40年越えの老朽原発を動かしてはならないと強く思った。先日の日曜日には老朽原発動かすなのリレーデモが大津に到着した。僕はJR膳所駅から湖岸までの市民ウォークに参加した。高浜から歩いて来たデモ隊と合流したので何時ものデモ(市民ウォーク)より多く気勢も上がったが僕には少しシュプレヒコールには違和感を感じながら湖岸まで友人と歩いた。今日の琵琶湖は偏西風が強く感じ、此の様な気象条件なら事故が起これば短時間で琵琶湖は放射能で汚染されてしまうのではと琵琶湖の北方を心配しながら見た。そして連日、テレビで流れる国会の様子は余りにも酷すぎ見る気もしないが、でも落語家の桂南光さんがアベはやめるべきと番組の中で自分の言葉で語っていた。本来ならジャーナリストが話すべきだとメディアの現実に怒った。でも琵琶湖の風景を眺めていると心が鎮まった。
思い込み?
2019/12/03
昨日、何時もの散歩でケイタイを落とした、顛末を・・・朝の三井寺の散歩で境内で写真を撮るのが日課だ、デジカメで撮り、そしてケイタイでFB用に撮る気忙しさで境内を歩いた。そして仁王門をケイタイで撮ろうとポケットを探るとケイタイが無いことに気付き、自分の来た道を引き返す途中、僕の脳が思い込みの回路を強くした。そしてケイタイを落としたのは観音堂へ向かう中段だと思い込んでしまった僕の脳は其の場所へと向かわせた。僕の脳は思い込みの範囲で回路が作動して僕はケイタイがポケットから落ちたとしても、落ち葉が多く積もった上では音がしないから其の場所に間違いないと指令した。其の場所で探すも見つからずに一度帰宅した。そして僕はケイタイを落とした事は、もうケイタイは使うなと言うことではと思ったが、もう一度、三井寺の境内へ向かった。そして入山受付でケイタイを落とした事を告げ、石段を上がり、また思い込みの場所、落ち葉の茂みを探すも見つからなかった。そして観音堂でケイタイの落し物は届いていないかと尋ねた折に、係りのIさんがケイタイで呼び出すからもう一度、探してみてはと言われ、また思い込みの落ち葉の茂みから探し始めると観音堂から中島さんと呼ぶ声がした方向に耳を傾けるとケイタイは唐院近くで三井寺の僧Fさんが今、見つけて僕のケイタイへ出て話していると知らせてくれた。急いで唐院へ向かうとFさんが手を上げてケイタイを見せていたそして落ちていた場所を尋ねると唐院前に咲くシャクナゲの傍に落ちていたと教えてくれた。デジカメで写真を撮っている時にポケットから落ちたことが分かった。僕の思い込みが強くなければ冷静にデジカメの画像を見て撮影の最終場所のシャクナゲの咲いている場所へ向かえば直ぐに見つかったのではと今では自分の思い込みで脳の回路が占拠され思考回路が遮断された結果と冷静に振り返れるがと過去を振り返った、僕は今まで自分の思い込みで人に迷惑をかけていたのではと大いに反省した。自信を持って思い込む前に深呼吸して脳を正常にすることを心がけたいと思った。
大地の嘆き
2019/12/02
密林の語り部(バルガス=リョサ作岩波文庫)では頻繁に出てくる語り部の話は忙しく生きる現代人への警鐘ではとおもった。ペルーのアマゾンの奥地で暮らすマチゲンガ族の話の中でタスリンチ?神?語り部が大地の揺れ(地震)は人間の気持ちが疎かになっているから大地が揺すって私の事を忘れてはいけないと踊りながら嘆いているのさ、を読んでいると2011年3月11日の地震で起こった原発事故や津波の事を思い出した。マチゲンガ族はスタリンチの言葉に従って大地の嘆きを聞き取って住んでいる土地を離れ新天地?へと向かう姿を思い浮べながら読み進んだ。そして我が国では福島原発事故の後処理もあまり進んでいないし放射能に汚染された土地は人の住める状態ではないのが現実だ。現代社会は地球の嘆きを聞かずに原発を止めようとせず、老朽原発の再稼働まで始める様では此の先、どの様な地球の嘆きが起きないとも限らないと思いながら今日、密林の語り部を読み終えた。雨の上がった夕方、湖岸ポタリングへ出かけた。西の空を見ると美しい夕景を予感しながらペダルを漕いだ。打出浜から琵琶湖を見ると山の隙間から差し込む太陽光が草津湖岸をスポットライトで照らしている様に浮かび上がらせた光景に自転車を留めた。そのスポットライトは湖岸線に沿いながらゆっくりと進んだ。そして三上山を仄かに浮かび上がらせた。東方の夕焼けを久ぶりに楽しんだ。太陽と地球が織り成す壮大なショーに感謝しながら帰路についた。
和田神社の大銀杏
2019/12/01
湖岸ポタリングの折り返し地点、膳所由美浜は以前、和田浜と呼ばれていた。其の浜辺から少し入った処に和田神社があり境内の銀杏の大木は大津市の発行する大津の名木にも記載されている、有名なイチョウの木が湖岸から町家の上に上部が見え、黄色く染まった葉が此処だと言わんばかりに招いている様に感じ自転車を和田神社へ向けた。去年は台風21号の強風でイチョウの葉が落とされて黄葉を楽しむ事ができなかった。今年は台風の影響も無く一段と黄色く染まった葉を纏い迫力ある姿で迎えてくれた。門をを潜り見上げると青空を征する迫力で黄金色に輝いている光景に畏敬を感じた。近付き説明版を読むと樹高約24メートル、目通り周囲4・3メートルで1978年に大津市の天然記念物に指定、そして伝説では関が原の天下分け目の戦いで破れた西軍の将石田三成が伊吹山中で捕えられ、護送される途中で小休止した際につながれたと書かれていた。イチョウの大木の傍らに佇むと600年の時の流れの歴史は何処に記憶されているのかと根元を見た。そして大木が根を下ろす大地の中で広がる根には記憶回路があるのではと地面を見渡した。きっと何時か根の記憶を人間に明かして歴史の時を語ってほしいと思った。そして根の先は琵琶湖の中まで行き着いているのではと思いながら又、イチョウの木を見上げた。そしてちっぽけな自分の存在など気にしなくても良いと思うと気分が晴れやかになって来た。

















