中島省三の湖畔通信

暑さ寒さも彼岸まで

2019/09/22

喧しく鳴いていた蝉の声も消え、やっと厚さも衰えたと三井寺の石段を上がった。観音堂の前には彼岸中日と書かれた札が掲げられていた。祖母が暑さ寒さも彼岸までと言っていた事を思い出した。酷暑も過ぎ去ってみれば唯の夏だと軽く過去へ追いやることが出来た。観音堂上の展望台から見る琵琶湖は嵐の前の静けさで比叡、比良には雲も無く視程も空気が澄んでいて眺めを楽しめた。台風17号の通過で明日は荒れるのではと少し心配になった。台風の被害で僕が記憶している大きな被害は台風13号の強風で三井寺境内の大きな木が何本も倒れ参道を塞いでいた光景は今も頭に浮かぶ、そしてジェーン台風で琵琶湖の水が東に追いやられて三保が崎では湖底が見え驚いたことなどが台風の思い出だ。台風の無時の通過を祈りながら境内を散歩した。



午後、三井寺境内の茶房ながら亭へ、店内には美術作品の焼き物の大きな象が鎮座増していた。作品はキサで西久松友花さんの大作だ。写真では感じられない質感や迫力は実物で是非、見て感じて欲しいと・・・・

熱は冷めるもの・・・

2019/09/21

今日は台風17号の影響でお天気はイマイチだ。午後はゴアのレインギアを羽織って脱原発市民ウォークin滋賀に友人と参加した。JR膳所駅の東側の広場?には参加者が見えるが旗の数の方が多いのではと集合場所に着いた。何時もの様に主催者らが活動状況やお知らせを・・・僕は苛立ちながら聞いた。そして参加者は市民は僕ら四人で合計15人と始まって以来の少ない参加者だ。2011年3月の福島原発事故後始まった頃は一般市民、特に家族連れでの参加者も目立ったが八年も経てば熱が冷めるのかと思いながら湖岸まで歩いた。少し空しさを感じる今日のデモだった。原発の危険と恐怖を真剣に考える様になったのはチェルノブイリ原発事故が起きた1986年4月26日以後だ。その時に原発反対の声を市民が上げるべきと集まったのが最初だった。個人的には原子力学者の小出裕章さんの講演を聞いたり、そして大津で原発の恐ろしさを知ってもらう為に小出さんをお招きして講演会を開いた事もあった。でも2011年3月の東日本大震災で福島原発が事故を起すまで僕らの運動も少し緩慢になっていた時に大事故が起きた。そして原発事故の恐ろしさを知った市民らがまた原発反対に動いた当初は各地で反対運動や講演会も開かれて、このまま行けば我が国は原発を止めるのではと僕は思っていたが、現実、そう簡単に我が国の政府は原発廃止に舵を切らずに主力電源へと進むのが現状だ。事故後の原子炉内部に残る放射能で汚染された残骸を取り出すことすら出来ず、汚染水は増えるばかりだ。こんな状況の中でも福井美浜原発の老朽原子炉を再稼働しようとしている状況は見過ごす事は出来ないと多くの市民が反対の声を上げている中、再稼働を進める国の姿勢は狂気としか思えない、メディアも危険性をもっと市民に伝えるのが責務ではと今日も新聞を見るがラグビーの記事が目立つだけだった。

もし停電が続けば・・・

2019/09/20

パソコンのスゥイッチをオンに立ち上がるまでの僅かの間に僕の頭に停電の文字が浮かんだ。台風15号の強風被害は予想を超える大きな被害が千葉県に集中した。日頃、電気は通っていて当たり前の生活だ。停電になれば風呂も沸かせない現代の社会の脆弱さが空しく感じてきた。電気がなければ何も出来ない現代生活は江戸時代はおろか昭和三十年代にも戻れない事は誰でも分かるが、でも僕は原発廃止を訴える立場、そして友人も殆どが原発反対派だ。僕は町中で知人等と会話するが殆どの人は原発がなければ日本の電力事情が悪くなると思っている、今も止っている原発が多く現時点では原子力に頼らなくても電力は足りていると言っても不安を感じる人が多いが、今回の停電とサウジ油田攻撃の影響で原発を肯定する人が多くなるのではとおもった。僕は身近な暮らしの中で便利さの基準を見直す時になったのではと、電気に限らずプラスチックのごみ問題まで資源の無駄遣いの多さに驚いている時ではないと、自分の周りを見渡すと矛盾だらけの自分の暮らしから変えるのが最初ではと反省するばかりだ。まずは小さな事からテレビは無くても大丈夫、もちろんクルマは無いから,在るものをパソコン、エアコン、ウォシュレット付きトイレ、ケイタイ、デジカメ、を棄てられるのかと自分に尋ねるも即答も出来ずに、ただパソコンに向かい今日デジカメで撮った写真をアップしている自分は何者と・・・心の鏡に写しても姿が見えてこなかった。でも原発は反対だ。


湖岸近くの水草は除去されて湖面は綺麗になった。でも刈り取り過ぎると生態系への悪影響を心配する学者も多いと聞く・・・・・

お天気に誘われて・・・

2019/09/19

お天気に誘われて今日の午後、自転車を北へ向け柳が崎へ向かった。途中 で彼岸花を撮ろうと近江神宮参道近くを流れる柳川へ寄ると除草されて彼岸花は消えていた。少し足を伸ばし田畑のあぜ道を探すも花を見つける事は無かった。あぜ道がコンクリート化されているからと納得した。柳川に沿って河口へ、其処が以前、有名な柳が崎水泳場だったと知る人は少いのではと思った。少年時代は学校にプールなど存在せず長等小学校から2キロ程ある柳が崎まで歩いた事が懐かしく思い浮かんでくるが、面影を感じるモノは大きな柳の木が一本在るのみだ。トタン張りの売店や休憩所らは消えて久しいと人影の無い浜を眺めた。浜の後方は高層マンションが建ち少し圧迫を感じながら前方を見ると三上山が見えロケーションは最高だと改めて大津随一の琵琶湖のビューポイントではと暫し眺めを楽しんだ。水泳場の跡地は緑地公園になっているが入り口は駐車場から遊歩道が、そして国道からは、マンションが立ち並び入り口は狭く徒歩か自転車でしか浜へは向かえない事も影響してか静かな佇まいを好む人には格別の場所だ。もちろん後方のマンションは絶好の位置に存在感?を表して景観を台無しにしている事は確かだ。県や市がもっと早く風景条例を作っていればと思うが今更、どうする事も出来ないのが現状だ。大津は身近な処を良く見れば幾らでも観光に繋がると、でも僕はお金儲けばかりの観光事業に賛成できないがと美しい琵琶湖の風景を見ていると心が鎮まってくるから不思議だ。辺りを見渡すとマンション群が衝立の様に立ち並び美しい景観を台無しにしているのは確かな事と思いながらデジカメを向けると外国の様な光景が広がっていた。

湖畔叙景

2019/09/18

浜大津港で観光船ミシガン号の出航風景を写真に撮っているとメディアを賑わした大津市長発案のジュネーブ構想は何処へ行ったのかと西大津のビル群へ向かうミシガン号を追った。外国へ行った事のある人は浜大津港の風景を見てスイスのレマン湖やモナコの様に見えると言うから、本当に良く見ると日本、琵琶湖の原風景ではないと思った。そして今更、ジュネーブ構想でもあるまいとおもった。湖上では水草の刈り取り作業が進んでいるが昨日もFBで知人の研究者が水草を刈り取り過ぎるとアオコの大発生を招くのではと心配していたが、水草の量は多くまだ湖面を埋め尽くしている様にも見えた。近くの京都疏水の堰堤の雑草も刈り取られ秋の通船の準備が進んでいる、新造船の姿も見えた。座席も工夫され疏水の情緒も楽しめそうだ。暑かった夏も終わったのかと思うと夏の暑さが愛おしくなってきた。

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