中島省三の湖畔通信

今年も暖冬

2019/12/19

今年も暖冬かと三井寺の展望台から見る蓬莱山(びわ湖バレイ)そして遠くに見える伊吹山にも雪は無かった。三年前の事故で人工骨頭が入った左足はスキーを拒み、ゲレンデでもスキーは出来なくなった今、雪を見ても心は躍らないが、やはり山に雪が無いと寂しく感じるのは何故と眼下の琵琶湖を眺めた。境内は木々が葉を落とした所為で明るく広く感じる、季節外れのシャクナゲの花も盛りを過ぎ、春に向けての準備をしているのだろうかと萎れた花を見ていると大丈夫と石楠花が行っている様に見えた。地球温暖化は植物の時計まで狂わした。人間の消費社会がもたらす影響で自然界のバランスが壊れ始めたのではと考えた。自分の足下から環境問題では何ができるかと真剣に考えた。まず今日はエアコンは付けずに寒い部屋で湖畔通信を書いた。そして自分で出きる小さなことから始めようと思った。

雨後の琵琶湖叙景

2019/12/18

雨後の琵琶湖を見る為に自転車で湖岸へ向かった。湖上に立ちこめる水気の多い空気が辺りの雑音を吸収してサイレントワールドを展開していた。風も無く静かな湖上でオオバンの鳴く声も良く聞こえた。釣り人の姿が少し見えるだけの湖岸の佇まいは静かだ。におの浜湖岸に佇み天気の移ろいを眺めると僕の好きなアンドレイ・タルコフスキー(ロシアの映像作家)のノスタルジアを思い出した。お天気の流れを実時間で見ているとタル・ベーラの映画サタン・タンゴの長回しの映像もゆったりと時間を感じさせるが、琵琶湖のお天気の移ろいはタル・ベーラ(ハンガリーの監督)の作品よりもスローなテンポだと、そして7時間を越える映画サタン・タンゴをもう一度見てみたいと思った。

時には海の様

2019/12/17

散歩そして湖岸ポタリングも超ローカルな場所を廻っているだけだ。今日は雨で湖岸には人影もなく静寂が周辺を覆っていた。お天気に左右される観光では雨の日の琵琶湖を楽しむ人は少なく琵琶湖雨情を一人で楽しんだ。打出浜湖岸から見る琵琶湖は周辺の山は勿論、琵琶湖大橋すら見えない情景は海の広さを感じさせてくれた。波の静かな琵琶湖を漕ぎ出せば日本海に出られるのではと想像した。地平線が見えずカメラを水平にするにも苦労させられた。そして美術館で見た美術家杉本博が撮影した海の写真を思い出した。杉本さんの作品は何時間も露出をかけた写真の様に重さは無いが、でも今日見る限りでは海へ行かなくっても琵琶湖で海を感じられるとデジカメのシャッターを押した・帰路、浜大津港の長い突堤の先まで自転車で行けた。船から見る風景に近いのではと湖岸に林立するマンション群と停泊中の大型観光船は暇をもて余している様に見えた。

コントレイルとケムトレイル

2019/12/16

三井寺の観音堂上展望台から空を見上げると青空にコントレイル(飛行機雲)が何本も見えた。以前にもケムトレイルの事は湖畔通信に書いた。ネットにはケムトレイルの危険性が載っている、或る国が軍事目的で航空機から物質を散布していると記したものが多く記載されていた事を思い出すと少し怖くなってきた。気象の変化を自由にコントロールできれば核兵器戦争をする事無く勝利でき、放射能に汚染されていない相手国の土地を奪え勝利できるからだ、他国を気象で365日間一滴も雨を降らない気候にされたらどうなるか分かりきった事だ。数年前に見たテレビではアメリカ軍には軍事気象研究所が存在していると番組は伝えていた事を思い出しながら青空の飛行雲はケムトレイルではないかと青空に引かれた飛行雲を見ていると不安になった。ケムトレイルは普通に見る飛行機雲と違いなかなか消滅しないと記してあった。午後は湖岸へポタリングで膳所公園へ向かう途中も時々、空を見上げると何本も白い飛行雲が見えよく見ると消滅せずに残った飛行機雲は白線から帯へと変化した雲も多く見られた。もしネットの記事が本当なら消えない雲はケムトレイルではと、でも科学的根拠は示されていないからフェイクなら良いんだがと空を見上げた。そして一酸化炭素(排気ガス)を出しながら地球上の大気圏を驚くほどの大量のジェット旅客機が世界中の空を駆け巡っている、しかもオゾンホールへは遠くない距離で出すCO2の影響が心配だ。

ひみつのしつもん?

2019/12/15

ひみつのしつもん、は朝日新聞の紙面批評で楽しく読める本と記してあった。最近は重くて暗い本を読んで少し明るさに渇望している時に楽しい本も必要とおもい近所の本屋で取り寄せてもらった。「ひみつのしつもん」岸本佐知子著を買った。この作家もオリンピックは大嫌いの人らしいと分かったのはエッセイの爆心地を読んだ時、僕もオリンピックは好きでない、あんなものは国同士のスポーツ戦争で金メダルの数が多いほどオリンピックで勝利して大騒ぎする国は大国だけだと何時もおもっているそして作者がユーモアを感じさせる内容に僕の心はほぐされた。爆心地の中で語られる中での文を少しお借りして・・街は五輪に脳を侵されゾンビ化した人々と選手と観客で埋め尽くされるだろう。いやそんな甘いものではあるまい。五輪の爆心地ということになったら、おそらくもう五輪はいたるところに遍在するにちがいない。と一部をお借りした。東京オリンピックの名の下で進められる建設工事では年金暮らしの人たちの暮らす共同住宅らが強制的に立ち退かせて五輪の工事が進むそして東京オリンピックへ向かう、そして2020年に開催される、強制的に定住地から郊外の便利の悪いところへ追いやられた人たちは今どうしているのかをメディアが伝えなくてはならないと思った。来年のメディアはオリンピック一色で大切な日常起こる社会問題にも目を向けてほしいと願った。そして著者だけでなく僕も煩わしい2020年になるのではとおもった。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる