アオコのシーズンが来た・・・
2019/09/02
アオコのシーズンが来たーと言っても琵琶湖にとっては嬉しい事ではないとデジカメ一眼を持って湖岸サイクリングへ出かけた。昨日もFBで友人がプランクトンの状況を伝えてくれた。琵琶湖南湖の東側ではアオコの兆候は見られないがアオコのプランクトンが観測されていると教えてくれたこともあり多分、今日は発生しているのではと三保が崎の疏水河口で自転車を留め水際へ行くと緑色の細い帯がまるで緑色のペンキを流した様に湖面に浮かんでいるのが確認できた。アオコを見ていると僕が最初にアオコを見た時の衝撃が頭に浮かんだ・・・それは五十年も前の事だ、大津青年会議所の事業で琵琶湖の富栄養化を訴える映画の撮影に仲間達と長野県の諏訪湖を訪れた折に見たアオコは、緑色のペンキを流した様な湖面が広がっている情景を今も頭の中のスクリーンに鮮明に映し出して来るが、まだ疏水のアオコは細い帯状だからと少し安心した。浜大津港の湾内は水の流れが悪いのか近年ではアオコの名所になったのではと警備艇や消防艇の停泊する湖面を見るとアオコが漂っていた。琵琶湖総合開発で湖岸の人工化が進み自然の浄化能力が落ちたのではと素人の僕は考えるが・・・そして今日のアオコ発生も素人の僕がアオコだと言っても滋賀県はアオコと認めないが僕はアオコだと琵琶湖に向かって呟いた。打出浜から見る琵琶湖には水草や藻が異常繁殖して湖面を覆い始めた。水面下に藻があると波が立たずに鏡の様に雲や山を映す湖面と競うようにプランクトンも集合しながら雲に負けじと美しい模様を描く光景は写真に撮れば美しく見えるから不思議だ。でも僕は琵琶湖が悲しんでいる様に見えた。琵琶湖に降りかかるプラスチックや外来生物問題らを急いで解決しなければ大変な事になるのではと少し不安になってきた。
琵琶湖の水位の低下で・・・・
2019/09/01
九月に入ると琵琶湖は疲れた姿を見せるが、今日も水位が下がった所為か浜大津湖岸から見る湖面には藻の塊が多く姿を現し岸辺近くにはアオミドロも見られた。一年を通して琵琶湖(南湖)が汚れてくるが、特に浜大津港の湾内が一番汚れが目立つ、もちろんアオコの発生も多くなるのが今月からだと少し琵琶湖の事が心配になった。水気を含んだ空気の重さを感じながら膳所公園へ向かった。やはり水草の繁殖は去年より広く湖面を覆っていた。台風の影響を考えて水位の調節したのではと膳所湖岸の様子を見ながら此れから先に雨が降らなかったら1994年の琵琶湖大渇水のなるのではと不安を感じた。膳所由美浜周辺では現代アートの作品が展示され芸術の秋の先駆けイベントと会場を見るも場所が広大な所為か閑散としていた。湖岸は最寄り駅が離れているので集客が難しいと思いながら自転車を大津方向に向けた。
大津競輪場後に出きる複合商業施設ブランチ大津京の工事の様子を写真に撮った。
サマータイムブルース・・・
2019/08/31
打出浜湖岸から琵琶湖を見ると湖面には藻が目立つようになってきた。でも以前のような茂原の様にはならないと思いながら写真に撮った。におの浜湖岸では件の釣り名人が大きなコイを釣り上げた。大きさは約90センチ位はある大物を見て子供達も驚いていた。釣り名人は外来魚は回収ボックスに投入するが鯉は直ぐに琵琶湖へと帰された。上空は秋の雲が涼しげに見下ろしている様に見えた。午後は脱原発、市民ウォークに参加した。福島原発事故後から続いている、今日で80回目だ。相変わらず一般市民の参加者は少なく僕らを含め5人と運動家?で合計20人ぐらいが膳所駅から関電滋賀支社を経由して湖岸まで歩いた。僕はシュプレヒコールの変わりに忌野清志朗の歌うサマータイムブルースの歌を頭に浮かべ原子力発電は要らねえ!電力は余ってる!と呟いた。今年の夏も多くの原発が停止していても電力不足のニュースはなかった。電力は余っている、危険な原子力発電所は必要ないと思いながら湖岸まで歩いた。
文字盤はアナログ
2019/08/30
僕の時計はチープカシオと言われる安価なモノだ。ケイタイが普及している現代では時計を腕にする人は少なくなったようだ。チープカシオもデジタル時計だが文字盤はアラビア数字で短針と長針、そして秒針まで付いたアナログ仕様だ。79年間の人生でお世話になった自動車や飛行機、そしてカメラに付いている計器類は殆どが円形仕様だ。速度・油圧・気圧・そしてエンジンの回転計も針が数値を指すアナログ計器で育った。もちろん好きなカメラに付いているダイヤルに刻まれた数字を見て操作するアナログだ。最近の機器は殆どがダイヤル操作などする必要も無くスクリーンの文字や数字に触れるだけで済む機器類の数々、そして画面に向かって音声で反応するスマホやパソコンの便利な機能を使用するも未だにアナログに魅力を感じるのは古い人間なのかとカメラのダイヤルを触ると金属の冷たさを指が感じた。そしてチープカシオの文字盤の針が示す時間は確か・・・でも中身はデジタルだ。
父の時計を・・・
2019/08/29
今読んでいる荻原浩の海の見える理髪店の中に納められている短編の一つ、時のない時計を読んだ。主人公が父の形見分けでもらった腕時計を修理に出す為、訪れた時計店の店主との会話の中で主人公の父や店主の家族の思い出話が語られる小説を読むなかで、僕と父の想い出はと記憶を辿った、叱られた想い出が多く楽しい事は少なかった、僕が小学生の頃、父に買ってもらったスチームエンジンで動くブリキ製の玩具の船を近くの疎水河口で浮かべた思いでは今も鮮明に映像が頭に浮かぶ、エンジンが故障して流れの中で留まった船を取る為に疏水の流れも気にせずに泳ぐ父の姿は今も記憶にある数少ない楽しい思い出だ。泳げなかった僕は父は凄いと思ったに違いないと記憶を辿った。僕が26歳の時、父は61歳で病死した大人になってから父とは酒を飲み交わす事も無く終わった。高校生の頃からは余り会話が成り立たなかったのは僕の方にも責任があったのではと53年も前の時間を遡ると父の形見の腕時計を思い出した。そして机の引き出しを探すと一番下で時を止めたままの姿で見つけた。父の死後、暫らく使ったこともある時計をじっと見つめた。そして金縁時計はあまり好きになれずに止めたと・・・時計を手にとって時計を何回か振ると秒針が動き出した。父とは会話をする事は出来なかったが、せめて今日は楽しかった父との思い出を探そうと金縁の時計の秒針を目で追った。
今日の琵琶湖・・湖面には藻が多く浮いているのが確認された。

















