中島省三の湖畔通信

中坂世継地蔵・・・

2019/08/23

今日は我が家の地蔵盆だ。僕の生まれる前からお地蔵様が鎮座して居られる、祖母の話しでは祖祖父が河川改修の折、見つけ持ち帰り祀ったと言っていた事を思い出した。朝から庭の小さな祠の飾り付けとお供えをして、三井寺からの尼僧を招き家族の安寧を願った。午後は気になっていた、三井寺の中坂世継地蔵さんへむかった。此のお地蔵さんは三井寺観音堂への上り口、通称表坂の石段の三分の二程上がった処に祠がある何時もは扉が閉められていて中を伺う事は出来ないが地蔵盆会の時だけ誰でもがお地蔵様のお顔を拝む事が出来る事を知っていたが機会も無く時間が過ぎた。気になったのは最近、中坂世継地蔵さんの写真を見せてもらってからだ。地蔵尊の美しく彩色された姿に少し驚いた、僕は地蔵さんと言えば家に居られる石のお地蔵様か道端で見かける石仏、そして町内の地蔵盆で飾られる仏像の様な地蔵尊を想像していたからだ。雨の中、鹿関橋を渡り、長等神社を目指した。表坂は神社の北側にあり最近では殆どの人は仁王門のある入り口から三井寺へお参りするのが本流で僅かばかりの人が利用する、今日も急な石段を上がるのは僕一人だ。石段を五十歩ほど上がると祠の屋根が見え、休憩する事無く祠の前に着いた。扉は開き放たれ中のお地蔵様が見えた。祠の前には地蔵盆の為か焼香台が置かれていた。賽銭を入れお地蔵様を拝みながらお姿を拝見すると地蔵尊は写真で想像したよりも大きく等身大はあろうかと少し驚いた、彩色の美しさも色褪せずに輝いていた。お顔も美しく人気のあるお地蔵様と思いながら写真を撮らせて持った。七十九年間も三井寺の門前に住みながらお地蔵様を拝見するのが初めてとは・・・でも祖母は信心深い人だったから、僕を背中においながらお参りしたのではと考えながらお地蔵様に手を合わせた。

空飛ぶクルマ

2019/08/22

空を見上げ秋が近いと少し元気付けられ散歩へ出かけた。遥か上空は真夏でも涼しいのではと上空の雲を見た。三井寺の石段ではブンブンを見つけ眺めていると最近テレビのニュースが伝えていた、空飛ぶクルマを思い出した。飛行機は鳥と同じで大きな翼(羽)で揚力を得て飛行するが、ドローンや空飛ぶクルマには翼が無く、プロペラを多く備え地球の重力に逆らう為にプロペラで上向きの力を得て飛ぶ仕組みは僕は好きになれないとブンブンを眺めた。でも昆虫には翼(翅)が備わっているから飛行機と同じだ。ヘリコプターも大きな羽を回し回転翼として揚力を得ているから飛行機だと思うが、空飛ぶクルマと何故メディアが名づけたのかと不思議におもう、車が空を飛べばフライングマシーンで飛行機ではないか、昔から自動車に翼を付け、プロペラを付けて空を飛ぶ飛行機は紹介されて久しい、これも登録は航空機だ。多分、空飛ぶクルマと言われる未来の乗り物はコンピューターで制御された交通手段で操縦を楽しむ飛行機等とは別物だと思った。僕が飛行機が好きなのは鳥の様に大空を自由に飛びたいからだ、コンピューターに制御されたドローンやフライングマシン(空飛ぶクルマとは言いたくない)では空を飛行する楽しみが無いのではと・・・そして少子化の進んだ未来の都市でフライングマシンが必要なのは過疎地から病院通いをする後期高齢者だけではと・・・でも高額医療と空飛ぶ交通システムの費用を負担する経済力が此の国に残っているかが門題ではと空を見上げるとトンビが上昇気流を探して旋回していた。

帰還しなかったマサド

2019/08/21

今日、反戦小説集「帰郷」(浅田次郎)を読み終えた。著者が戦後第一世代と分かったのは解説を読んで初めて知った。六編の短編は其々の戦争が描かれ、読書中は戦争経験者の小説と思い込んでいた。鉄の沈黙の中で語られる内容らに戦地経験がある人でないと書けないのでと思いながら小説を読んだ。名も無き人たちの戦争の物語は戦後の闇市を舞台に戦死扱いされた男の話らに戦争の不条理を感じながら読んだ。そして五編目で語られる戦地での過酷な状況下の極限状態下での戦闘や兵士の日常らの描写に驚いている時、何故か僕は父の下で働く住み込みの使用人で家族同様だった、マサドの事を思い出してきた。マサドは22歳で応召され南方戦線に向かい日本に帰還することは無かった。マサドは僕を大変可愛がってくれたと祖母に聞いた記憶は今もあるが,その人の面影は思いだせないが、小説の中で語られる悲惨で過酷な戦闘が行われたニューギニアの先のソロモン群島の戦時下でマサドの置かれていた悲惨な状況を想像して胸が苦しくなった。マサドは祖母の話によると母は芸人で一人っ子だったと・・・もっと祖母にマサドの事を聞いておけば良かったと今更、考えても遅いと自分の戦争認識の甘さを後悔するだけだ。そして夏が来ると戦地から届いた、マサドの手紙の事を思い出す。手紙にはバナナが豊富にあり、バナナを僕に食べさせたいと記してあった、と母からも聞いた事は今も思い出す、そしてマサドからの手紙を読みたいと思うが手紙の在り処は分からないままだ。今日の湖岸サイクリングで見る風景は遠くマサドが戦死した南方の島の風景を想像させてくれた。

琵琶湖観光は雨の日が・・・

2019/08/20

秋雨前線の影響で雨の日が続くとテレビの天気予報が伝えていた。レインギアを纏い湖岸サイクリングへ出かけた。打出浜湖岸から見る琵琶湖は墨絵の世界と、そして雨の日でなければ見られない神秘的な光景をデジカメで撮った。観光パンフレットやポスターでは晴天の琵琶湖が主人公だ、でも本当の琵琶湖観光は雨の日が一番ではと思いながら湖岸を走った。何時もの喫茶店タイムでコーヒーを飲んでいると雨脚が一段と強くなった。僕は雨の中を走るのは苦痛ではない、黒澤映画に出てくるような強く降る雨の中を走るのも偶には良いとレインギアのファスナーを閉めて雨の湖岸へ向かった。比叡山、大津市街は雨雲が霞め幽玄の世界だ、上空には青空が少し見られ間もなく雨も止むと自転車を屋根のある場所で留めた。雨上がりの琵琶湖の美しさに見とれながらデジカメのシャッターを押した。

夕食後、テレビの情報番組を見ていると中国,杭州では商業用ドローンが運行される様子を伝えていた。レポターが町中でハンバーガーを注文するとドローンがハンバーガーを載せて専用の小さな着陸場?に着くと嬉々としたレポターが新しい時代の到来を得意げに伝えていた。僕はドローンが空からハンバーガーを届けるのが新しい時代の幕開けとはとても思えなく白けてしまった。人間の文明社会は此れから先も他愛もない発明に振り回されながら進んで行く事と・・・此れから先も地球を包む大気の流れの中で起きる小さな事ではと昼間に感じた琵琶湖の雨情を思いだすと僕は何時でもパソコンやスマホを棄てる用意は出来ていると思いながらパソコンのキーボードを打った。

写真三枚目は昼間、見たタカサゴユリは美しかった。

デジタル時代でも単行本

2019/08/19

デジタル時代と言ってもアナログは健在と思った。久ぶりに単行本の小説を買った。僕の好きな伊坂幸太郎の新刊「クジラアタマの王様」だ、持ち運びやすい文庫本を選びたいが出版されるまでの時間は待てないと単行本を買った次第だ。表紙カバーを外すと僕の好きな雲の写真が表紙に使用されていた。写真の構図も雲が大半を占め地上が少し見える写真で構成されている本の装丁を眺めた。僕はパソコンやスマホで小説を読もうとは思わない、画面に急かされている様に感じるからだ。単行本の重さ感じながらページを開くと表紙の厚みから小説の内容へ移る紙の厚さを感じると指から小説の世界へと入って行く快感はやはりアナログでしか会得できないのではと思った。表紙の雲の写真を見ながらクジラの姿を浮かべた、現在、地球上で一番大きなクジラが広い海の中から見る空は人間が感じる空とは違った感覚で空や宇宙の事を捉えているのではとクジラの想像力はもっと凄いのではと思いながら本の表紙を見つめた。そして「クジラアタマの王様」は楽しく読めると再び本を手に取った。


三井寺の蓮池は花から実へと・・・・

夕食後、何気なく庭の片隅を見るとユリの花が・・・此のユリは近く尼寺遊心庵門前から飛んできたものと直ぐに分かった・・・でも外来のタカサゴユリ・・・それとテッポウユリ・・・

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