中島省三の湖畔通信

鱗雲たなびく高空は・・・

2019/08/08

今日も空の美術館には色んな雲の作品が展示された。遥か高空には鱗雲が秋の近い事を感じさせてくれ空を見ているだけで暑さが和らいできた。金堂前の蓮池では蓮の花も少なく少し寂しい眺めだ。建物を入れ青空と雲を撮ると三井寺千二百年の歴史を感じさせてくれた。湖岸サイクリングで湖岸へ向かうと既に浜大津港近辺は塀で囲われ自転車は走ることが出来なかった。歩いて中の様子を見るとパイプ椅子が敷き詰められて今夜の花火大会に来る人を待っていた。有料ゾーンは以前より増設されびわ湖ホール湖岸までとなった。におの浜湖岸では場所取りのため多くの人が敷くカラフルなビニールシートが湖岸を占拠していた。有料席のパイプ椅子と無料席のビニールシート席どちらが花火を楽しく見られるのだろうかと空を見上げた。そして僕は花火よりも空が好きと呟き、自転車で帰路についた。

明日は立秋・・・

2019/08/07

明日は立秋と言っても秋が来るわけでもないがカレンダーに書かれた秋の字を目にするだけで暑さの峠は越えたかと・・でも三井寺の石段を上るとせみ時雨がからだにしみいる、やはり夏は居座っていると暑さを堪え観音堂へ向かった。陽射し厳しくとも上空には秋を感じる空の青さ、と白い雲が少し暑さを和らげてくれた。今日も台風の影響か上空の雲は東から西へと流れている、風が強く吹く高空は涼しく快適空間と想像するだけで気分は爽快になった。湖岸サイクリングを終えて整形外科院へ首の牽引に、牽引中は退屈するので何時も本を読む、二十分間と時間は短いがエッセイなどは楽しく時間を忘れる、今日は二度読みの本、お釈迦さま以外はみんなバカ(高橋源一郎)の中の、雨、風、雲のことばを読むと日本文化の中では雨の名前の表現の多さに改めて感心した。「雨音」「育花雨」「雨過」「雨香」「甘雨」と雨の名前の素晴らしさに感心していると首の牽引時間を知らせるブザーが鳴った。院外に出て空を見上げると積雲が・・・そうか雲にも色んな名前がつけられていると僕の愛読書空の名前(高橋健司)を思い出した。形が動物の様に見える積雲の総称は空中動物園とあった。植物園もあるのではと空の雲を眺めた。

広島「原爆の日」・・・

2019/08/06

広島に原爆が投下されて74年が経った、今日、広島[原爆の日」式典が行われた。そして此処大津三井寺では毎年八月六日、原爆が投下された時間に合わせて原爆犠牲者慰霊法要が毎年行われている、何時もなら原発投下の日と同じ青空のが広がると思っていたら、今年は台風の影響で曇り空となった。僕が観音堂広場に着くと既に多くの人が参加していた。広島で行われる「原爆の日式典のラジオ中継に合わせ8時15分に黙祷、そして僧侶が唱える般若心経が済むと平和へのメッセージが書かれた短冊をつけた赤、青、黄、白の風船が解き放たれた後、観音堂内陣で法要が執り行われた。最近は参加者も少なく殆どが高齢者で若者の姿は少なく寂しい限りだ。戦争や原爆の体験を語り継ぐ人も少なくなってきた現状で此れから先、戦争の不条理や悲惨さを実体験した人が伝える迫力が無くなるとら後は映像や写真を中心とした構成では本当の戦争の恐ろしさを伝えられるのか心配になってきた。でも今年、読んだ井手口茂美さんの書かれた「ことりもカラスもいなくなった」のように広島原爆投下後の地獄を伝える本も存在するから伝える手段はあると考えながら家に帰った。

台風が接近すると・・・

2019/08/05

台風八号が接近していると天気予報が伝えていた。今朝の散歩、三井寺の展望台から見る眺めは久しぶりに視程がよく比良山もはっきりと見えた。湖岸サイクリングでは青空に積雲が色んな形の作品を作って空の美術館に展示してくれた。何も言う事はないと唯、空を見上げるだけで無の境地?素晴らしい自然の美しさに見とれるばかりだ。韓国の大統領、そして日本の首相も空の美術館の作品を眺めて怒りを鎮め冷静になれば問題を解決の方向に持って行けるのではと空を見上げた。そして先日、友人からのFBのコメントに「雲は天才」石川啄木の小説に例えて雲の素晴らしさを讃えていた、でも友人は[雲は天才」は読んでいないとコメントしていた。昼食後、外へ出ると空は一段と青く、雲は迫力を増してきた。僕は空を見上げ、本当に雲は天才と思った。そして台風が接近すると何故、空が美しく、雲が躍動的になるのかと考えた。そして近くの疎水トンネルの変額に刻まれた気象満千の言葉を思い出した。

祭りの準備

2019/08/04

休日の湖岸は酷暑の所為か人影も少なく寂しい佇まいが僕を迎えてくれた。浜大津一帯は祭りの準備?びわこ花火大会に向けての準備作業が進行中で辺りは物々しく見える塀や櫓が彼方此方に出現した。花火は一日限りの催しなのに大掛かりな作業と労力が必要だ。こんな状況を見ていると以前は此れほど大掛かりではなかったと昔をふりかえった。現在の様な場所取りとは違い花火の始まる数時間前に多少の場所取りする人もいたが今ほどではと記憶を辿った。子供時代は場所取りなどせずとも花火を楽しく見ることが出来た。大人になってから僕が花火が好きに馴れない理由は戦争の八月をイメージしてしまうからだ。冬の花火だったらと思う時も・・・そして有料席のパイプ椅子を見ると、その狭い空間で二時間も空を見上げる自信はないと湖岸の準備風景を写真に撮った。におの浜湖岸から琵琶湖を見ていると懐かしい映画「祭りの準備」1975年(黒木和雄)を思い出した。記憶は定かではないが竹下景子・原田芳雄が出演した青春の哀しく切ない物語のワンシーンが浮かんでくるのではと湖面を眺めた。

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