中島省三の湖畔通信

歎異抄をひらく

2019/06/20

今日の午後,大津セブンシネマで上映されているアニメ映画「歎異抄をひらく」を見に出かけた。親鸞の教えを唯円が書き記した書物、歎異抄を題材にした映画だ。親鸞さんに特別興味を持っている訳ではないが、高校生の頃、世界史の先生、奥村先生が読書課題で倉田百三の「出家と其の弟子」を読んだのが鎌倉時代の僧、親鸞を知った最初だと記憶しているが、すでに本の内容は遠い記憶の彼方に消えた。僕の家は西本願寺,浄土真宗で親鸞さまと関係がある、でも信仰心はと考えると余り熱心でないのが現状だ。小説「親鸞」新聞連載らで読む親鸞像には生身の人間としての魅力を感じた。歎異抄を読む切っ掛けは新聞の書評欄で知り買ったのが「歎異抄をひらく」で直ぐに読んだが理解力不足から書物からは感動を受けなかった。でも心の奥に歎異抄が閊えたままでは気分すっきしなかった。そして漫画「歎異抄」を読むと概要は理解できても仏教の力が弱くなった?今の時代ではと思考しながら親鸞さんの教えはと・・・南無阿弥陀仏を唱えるも簡単な大枠は理解できても簡単ではないと思った。そして今日、映画で歎異抄をひらく、を見た。煩悩の塊だと言われる人間が行き着くところは南無阿弥陀仏とただ唱えるしかないのかと思いながら映画を見終えた。そして阿弥陀如来が衆生に救いの手を差し伸べる56億7千万年を待たねばならないのかと思いながら現代社会の苦悩の姿を思い浮べた。

8時15分

2019/06/19

今日は6月19日、まだ広島原爆記念日には早いが、8月6日午前8時15分に広島で世界最初の原爆が炸裂して民間人15万人もの命を奪った時間だ。僕は知人から借りて初めて読んだ本「ことりもカラスもいなくなった」井手口茂美さんが表した爆心地500メートの実体験を綴った内容に改めて戦争の狂気と原爆の恐ろしさに驚愕した。今まで映画やテレビ、新聞で八月が近付くと広島、長崎の原爆の怖さや戦争の無残さを伝えるが、本当に心に戦争や原爆の放射能の恐ろしさは伝わっているのかと、此の本を読み終え考えた。爆心地で被爆して生存したのは井手口さんだけと言われている、体験者が語る言葉の重さには映像や写真を越える実体験の恐ろしさを感じた。体験記は原爆の炸裂した日から三十日間を伝える内容は被害状況を克明に語り、そして人が生きようとする生命力の強さに驚きながら原爆の恐ろしさを想像しながら読み終えた。我が国や世界の政治家は本当に核戦争を無くそうとしているのかと現状を考えた。世界に存在する核兵器は何度も地球上の人間の社会(動物、植物を含む)を破壊できる量だと聞いている、大阪で開かれるG20も経済的な事を議論するばかりでなく核兵器も議題にするべきと思った。この本の作者井手口さんが本の最後で戦争責任について語っておられた、戦争後の裁判では戦勝国の残虐行為である原爆の使用は民間人への無差別爆撃、そして敗戦色が濃い終戦間際に原爆を使用したのは原爆の性能を調べる為の人体実験ではと記しておられ責任を問うべきと言われた。戦争の不条理は戦争をした政治家や権力者が残虐行為を無かった事にしようと認めない国が多すぎる、もちろん我が国も中国で侵した無差別爆撃らを認めたうえアメリカに対しても原爆の責任を問うべきだと、此の本を読み終え井手口さんの考えは正しいと思った。

期限切れのフイルム

2019/06/18

期限切れのフイルムと言っても20年以上も経っているから普通は使用しないが、興味も在ったのでライカVf、此のカメラは50年以上も前に作られたドイツ製、此方は期限切れどころか現役で今も使っている其のカメラにフイルムを入れた。昨日に撮影したものを今日、現像にだし、デジタル画像にしてもらった。流石、古いフイルムで色は退色?はたまた眠たい色調だが写真は捨てたものでないと味、美味しい味ではないが渋みを感じる写真に出来上がっていた。見ていると今撮った写真が時間を遡りノスタルジーを感じるから不思議だと感心しながら見て、ふと考えた。食品なら即棄てて処分すると、そして老朽原発、若狭の高浜第一第二発電所の原子炉は40年も経過した言わば期限切れの原子炉を復活させるのは狂気の沙汰としか言いようがない、フイルムなら幾ら古くても環境や生活にも関係ないが原発では訳が違う、もし事故を起せば大変な事態に陥り被害の状況は想像を遥かに越えたものになる、風に乗った放射能雲が琵琶湖を覆うと近畿1300万人の命の水が放射能に汚染され、飲み水が失われ日常生活は不可能になる事は普通の人なら分かる筈ではと考えた。期限切れのフイルムで撮った写真を見ると人物が写っていないから・・・もし原発事故が起こったら琵琶湖周辺から人の姿が消えた風景はこのような光景になるのではと期限切れのフイルムで撮った写真から事故後の姿を想像すると恐ろしくなってきた。絶対に老朽化原発の再稼動はしてはならないと考えた。

三枚目の写真はオオバナミズキンバイの除去の様子。

滋賀里の古跡を・・・

2019/06/17

大津市、比叡山麓の滋賀里には古墳や遺跡も多く残っていて考古ファンには人気の場所だ。僕が小学生の頃、一度は皆が訪れる百穴(ひゃくけつ)や崇福寺跡、そして桐畑古墳がある、昼食後、久ぶりに訪ねてみようと自転車で向かった。湖西バイパスが出来辺りの様子は一変した。久ぶりに見る風景は浦島太郎の気分だ。以前なら自転車で桐畑古墳までは登れたのだが、滋賀里病院を過ぎた辺りで自転車を降りて押す事にした。桐畑古墳には不動尊が祀られている、僕が小学生の頃は無かったと思いながら石組みの古墳に入った。大きな石組みには圧迫感を感じた。古墳は少し高台にあり前の広場から琵琶湖の眺望が楽しめた。きっと渡来人も琵琶湖?と言ったのかは分からないが美しい風景を見ながら暮らしたと想像しながら写真を撮った。そして山手の百穴と言われる古墳群へ、古墳は渡来人の墓と言われている千四百年前の跡で長等小学校の生徒はハイキングで訪れている筈だ。写真を撮っていると誰も居ないのに気配を感じるから不思議だ。そして見世の大仏にお参りした。この大仏様は京都の白川、山中越えの起点にも同じ様な石仏が鎮座ましておられるが、関係の程は知らない、でも良く似ておられると思いながら写真に撮らせてもらった。そして崇福寺跡へと向かった。もちろん自転車はデポして徒歩で山道を登った。金堂の礎石を見ていると1351年前に建立された崇福寺の金堂がイメージされて浮かんで来た。飛鳥時代後期から室町時代まであったと言われている隆盛を誇った寺院は礎石が残るのみだ。其の場所に佇んでいると往時の風が吹いているのではと思うとイデアが立ち上がり千年の時間を越え空間を共有している様に思えた。今日の午後は充実した時となったと感謝しながら山を下りた。
 

無関心でいると・・・

2019/06/16

お酒を飲んだ所為で今朝は少し気だるさを感じながら起床した。散歩そして湖岸サイクリングも気力が無く済ませた。昼食後、ぼーっとしていてはと本を持って三井寺の茶房ながら亭に出かけた。茶房の赤門を潜ると急に雨が降り出した。雨音に混じりカエルの鳴き声が聞こえコーヒーを飲む前にモリアオガエルを久ぶりにデジカメでと池に向かった。カエルが枝や葉陰でのんびりとしている様子を見ていると茹でガエルの理論を思い出した。無関心で暮らしていると社会の急変に気付かず危機状態に陥っている現状が認識できないのではと思った。そして此処数十年、選挙に行かなかった自分を省みた。1993年の細川内閣誕生の選挙が投票に行った最後だった。選んだ政権に失望してしまい政治に興味を無くし、また投票する人もいないと選挙に足を運ばなかった。でも最近の安倍政権の政治の酷さは目に余るものが多すぎだ。細川政権や民主党政権の政治には今ほどの酷さを感じる事は無かった、そして虚偽発言も無かったのではと独裁政権の怖さを感じる安倍政権の政治には危機感を感じる様になってきた。理想の政治家はいないと諦めていた結果が今の政治を招いたとすれば自分にも少しは責任があるのでは考えた時に、ドイツの牧師ニーメラーの話を思い出してきた、誰もが知っている、有名な詩「ナチスが共産党を攻撃した時、私は声を上げなかった。社会主義者が牢獄に入れられたときにも声をあげなかった。彼らが労働組合を攻撃した時も私は声をあげなかった。そして彼らが私を攻撃した時、私のために声を上げるものは誰もいなかった。と言う短い詩で概要は憶えているが、今回、真剣にニーメラーの詩を深く考え読んだ、無関心な「多数」による沈黙が招く結果が今の安倍一強の自民党政権を作ったのではと自分の無関心さを深く反省した。そして今回の参院選挙には候補者の好き嫌いは別として投票に行かなければ政治を変えることは出来ないと考えた。樹上のモリアオガエルが遅くは無い、選挙に行けと言った様な気がした。

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