波と戯れる花もありました・・・
2019/05/15
五月の清清しい風が吹く今日のお天気を楽しもうと午後も湖岸へ自転車を向けた。打出浜、におの浜の湖畔の除草作業が進み、シロツメグサまでも刈り取られ人工湖岸が広がる殺風景な姿となった。これは良い事なのだろうか?と湖畔を改めて見た。でも刈り取りを逃れたキショウブや白や黄色の花が処所で存在感を表している光景に頼もしさを感じた。琵琶湖は少し風があり波が湖岸に打ち寄せると黄色の花が波と戯れていた。湖岸ではアユ釣りをする人を多く見かけた。今朝、近くの釣り名人が二日前に稚アユ?300匹以上を釣ったと言っていた事を思い出し琵琶湖湖岸を見るとアユ釣りだけでなく鯉釣りの竿も多く並んでいた。琵琶湖はプランクトンが豊富なお陰で豊漁が続いているのかと白波が立つ琵琶湖を眺めた。
三井寺の境内では銀竜草が咲いていた。梅雨に入ればもっと美しく輝く銀竜草が見られると思って写真に撮った。
キショウブの花
2019/05/14
湖岸の除草作業で姿を消したと思っていたキショウブの花を打出浜湖岸で見つけた。キショウブは要注意外来生物に指定されているが大津市内の彼方此方で見かける花で此の季節には、三面張りの川床で咲いている姿は五月の風物詩に入るのではと考えた。もう一つの黄色の花オオバナミズキンバイは特定外来生物で人間に徹底的に駆除された結果、今のところ僕の目にする限り浜大津から膳所湖岸の間では見かける事が無くなった。開発事業で作られた人工湖岸で咲くオオバナミズキンバイの花も美しいと感じ写真に撮った日を懐かしく思い出した。以前琵琶湖の記録映像を撮っている時に古老に聞いた話を思い出した、春の琵琶湖を浜大津から見ると湖岸線は黄色の菜の花で縁取られていたと・・・キショウブやオオバナミズキンバイの黄色の花が湖岸線を彩る姿を想像すると美しい五月の琵琶湖の風景が立ち上がってくると、人間の判断で外来種指定され除去されて行った植物達を気の毒におもいながら湖岸に咲くキショウブの花にエールを送った。
帰化植物よりも心配は・・・
2019/05/13
何時も湖岸サイクリングで訪れる膳所由美浜のサンシャインビーチではリュウキュウツキミソウが見ごろを迎えた。由美浜の呼び名は琵琶湖を埋め立てて作られた人工湖岸で昔は和田浜と言われていた場所の沖に出現した人工の砂浜だ。リュウキュウツキミソウはアメリカ原産の帰化植物で琵琶湖には自生していなかった。有名な?指定外来植物のオオバナミズキンバイやキショウブと違い可憐な花だから市民権を得ているのかと思いながら写真に撮った。僕は別に指定外来生物を目くじら立てて駆除しなくてもと思っているからと、そして地球外から来たわけでもないのにと考えた。そして、もっと恐ろしい事はモンサント社の除草剤ラウンドアップが我が国では世界の流れに逆らって日本政府は安全を認めて、規制を大幅に緩和して販売を促進している方が怖いと思った。大企業や政府はモンサントらの多国籍企業に忖度しているとネットで知った。メディアも除草剤の危険を訴えないのが現状では一般の人には、モンサント社の除草剤の人体に与える影響の怖さが伝わらない、アメリカでは裁判が行われ大きな話題になっている事を知っている人は多く、モンサント社の除草剤ラウンドアップを輸入禁止にする国が増えている現実の中で我が国だけが安全性を認め規制緩和と販売促進では国民の食の安全が無視されているのではと心配になってきた。ネットでラウンドアップを見ると除草剤(ラウンドアップ)使用する事によって、発ガン、リスク、41パーセント増の研究結果がでていると記してあった。
アメンボ
2019/05/12
暑くも無く寒くも無い今の季節が一番過ごし易い時と・・・でも散歩で三井寺の石段を上がり展望台まで来ると少し汗が滲んだ。今日も視界は概ね良しと眼下の琵琶湖を眺めた。蓮池では新生の蓮の葉の上でアメンボが休んでいる、本来なら水面にいるはずとデジカメで撮っていると大きめのアメンボが葉に近付いたので、僕は其のアメンボと葉上のアメンボを撮った。そしてディスプレイ画面で見るとアメンボは三匹に増えていた。良く見ると葉上のアメンボの影と思っていたのが実物のアメンボだった。モノは良く見て確認するのが写真を撮る側の常識かと蓮池を後にした。琵琶湖岸は連休明けの日曜日、遠出で疲れたのか家族連れが釣りを楽しんでいた。最近は入れ食い状態だったブルーギルも連れないと聞く、アユ釣りは好調の様子で吾妻川河口も賑わっていた。気温が上がってくると琵琶湖に淡水赤潮が発生しないかと少し心配しながら湖面を見ると本日は異常なしだ。
エルドとマカニー
2019/05/11
昨日、浜大津港で出航する学習船を見送る学童の親達の姿を写真に撮った。その時は何も感じなかったがパソコンに写真をアップしていると僕の小学生の思い出が浮かんで来た。学習船うみのこ、などは無い時代だ。小学校六年生の時に描いた6年間の思い出を絵と文書で表し6枚の画用紙に一年生から6年生までの思い出を記したものを最近、見つけた。何故か5年生の想いではなく、4年生の思い出が2枚描かれている其の内の一枚が象列車で名古屋へ出かけた事が短い文章と蒸気機関車に引かれた客車、そして名古屋東山動物園の象、エルドとマカニーが画用紙に描かれている絵を見ながら記憶を辿った。でも一応、パソコンで象列車を検索すると寄り鮮明に映像が立ち上がってきた。東山動物園の象、エルドとマカニーの話はドラマや映画で有名だ。太平洋戦争の最中に殺処分された動物は279種961点とあり、其の内、生き残ったのは象2頭チンパンジー1、鳥類23だった。東山動物園の象エルドとマカニーは三井高孟獣医大尉の軍規違反により象に与える餌を飼育員が盗むのを見逃したり象の通路に置き忘れたようにした事もあり戦中を生き延びたと記してあった。象列車は日本はまだアメリカの占領下で自由に列車を運行することが出来ない時代だった。戦争で疲弊した少年少女に少しでも夢と明るさをと企画されたのが象列車で1949年の6月に第一陣の象列車が運行され、その象列車に乗って名古屋東山動物園まで出かけた想い出は今も僕の記憶のスクリーンにはっきりと残され映像として浮かんでくるから不思議だ。70年以上も経った今でもエルドとマカニーの名前と象列車の楽しい想い出は色褪せないと74年間の平和な時代の大切さを改めて感じた。やはり憲法九条は変革せずに元のままにしておくべきと考えた。
僕の描いた思い出帳の象と機関車の絵、そして、お天気は彦根を過ぎるとと雨が降り出したと、動物園では友達の傘にと・・・・写真も大事だが文も大切だと考えた。

















