年金爺、都へ行く
2019/05/10
近場ばかりでは写真を撮るにも困る状況を打開すべく久ぶりに都へ知的散歩に出かけた。京都国立博物館で開かれている国宝、一遍上人聖絵と時宗の名宝展を見た。六波羅蜜寺で見た空也上人像が深く印象にある事もあり、その繋がりで一遍上人さんも気になり見に行く事になった。絵巻を身近に見るのは久しぶりだ。一遍上人聖絵は鎌倉時代に円伊によって描かれたと伝えられているが、今も色落ちもせず当時の鮮やかな色彩を残している事に驚きながら見た。踊り念仏で放心状態の僧侶の顔が生き生きと描かれ音まで聞こえてきそうな絵巻に魅了された。明治時代に模写された絵巻も同時に展示されているが色彩も鮮やかさに欠け、迫力も無く本物との違いに驚くばかりだ。そして一編上人の南無阿弥陀仏の字の美しさに凄さを感じ心の奥深く滲みこんだ。八百年前の社会はと絵巻を見ていると平和で長閑さを感じるが現代とは比べようも無い厳しく過酷な暮らしの日常はと考えるが実感として捉えることは出来ないが今よりも宗教が占める位置は高かったと思いながら絵巻を見た。見終えて館外に出ると其処はモノが氾濫した現代の乱世に思えた。そして見残した国際写真祭の作品を見るために祇園の画廊へと・・・そしてキューバの三人の写真家の作品を見た。僕の好きなゲバラの写真を撮ったアルベルト・コルダの作品が多く展示されていた。そして、杉本博の海のシリーズも見られ充実した日となった。
記念写真撮影
2019/05/09
今日は曇り空、湖岸サイクリングも昨日の疲れかペダルを漕ぐ足も元気なくショートカットして喫茶タイムへ向かった。コーヒーを飲みながら昨日撮った写真をデジカメのモニターで見ていると長等小学校のグラウンドで記念写真の撮影準備している、写真が目に留まり、僕の小学生時代の写真事情を考えた。僕の小学校の卒業アルバムは作られなかった。時代は戦後の貧しい時代が影響したからだ。そして記念写真は学年事に撮った記憶もあるが・・・四年生の時に名古屋東山動物園に大津駅から象列車に乗って行った時の記念写真を思い出すぐらいだ。中学と高校は卒業アルバムは作られたが時代を感じる貧弱な代物でカラー写真は一枚も使用されなかった時代だ。僕、個人の写真事情は小学校生の頃からからカメラ(リッチレイ?玩具カメラ)で遊んだ事もあり、撮った写真は父がアルバムに張ってくれていたお陰で今も残っているが簡単な記念写真で名刺の大きさだ。誰でもが現代のスマホの様に簡単に写真を撮らなかった時代では記念写真は大切な記録だったと当時を振り返った。そして僕らの時代の写真が少ないのは戦後事情が影響したのではと思いながら父や母の時代の方が写真技術も良く、母が写っている写真(大正時代・昭和初期)は今、見ても観賞に耐えられる出来だ、写真一枚にも重みを感じるのは何故と自分の撮っているデジタル写真の軽さに寂しさを感じた。現代の卒業アルバムは動画の入ったCDかブルーレイディスクかと想像しながらデジカメのモニターを見た。
五月の風に誘われて・・・
2019/05/08
五月の風に誘われて、今日は久ぶりにプチサイクリングを楽しんだ。以前、よく行った南郷洗堰まで久ぶりに走った。車道を利用せず殆ど遊歩道を利用、そして信号も無く快適に長距離?を自転車で走れる環境に感謝しながら向かった。途中の打出浜、におの浜、由美浜の湖岸ではキショウブを見かける事が無かったが瀬田唐橋を過ぎると河岸にキショウブの花が咲いていた。浜大津から近江大橋までの湖岸ではオオバナミズキンバイの徹底的な除去作業でキショウブも指定外来生物で一緒に刈り取られたのではと考えながら写真に撮った。石山寺付近から瀬田川岸には整備された遊歩道が南郷まで続いているから自転車も安心して走れ快適だ。今日は南郷洗堰の水門は二箇所しか開いていず流れる水量も迫力は無かった。今、琵琶湖は貴重な在来種のニゴロブナの産卵期で水位を保って産卵場所の確保を図っているからではと思った。何時もと違う風景に写欲が湧いて久ぶりに写真を多く撮った。少し疲れは感じるが充実感が勝り自転車も快適に走れた。
飛びたくなる空
2019/05/07
散歩に出ようと外へ出ると眩しい光と青空が・・・五月は航空写真を撮るにも適していると1989年の5月30日に山科上空一万フィート(3000メートル)より琵琶湖を撮影した事を思い出すと急に空が飛びたくなった。夏と違い空気密度も高くプロペラが空気を捉え効率よく飛行することができる五月の空に似合うのは僕の好きなパイパースーパーカブ(PA18アメリカ製の単発小型飛行機)だと空を仰いだ。そしてライカミング135馬力がリズミカルなエンジン音を響かせ青空の中を飛行する姿を思い出すのは五月の晴れた日だ。残念ながら今は飛ぶことも無くなりニワトリ状態ではと視程100キロ以上ある最高の飛行日和を三井寺の展望台から羨んだ。最近はドローンで空撮が主流と聞くがドローンはワイドレンズと低高度で撮影する為、手前に映るものが異常にデフォルメされて見えるので実際に高空から見る景色とは違い僕はドローン撮影の写真には違和感を感じ、やはり僕は自分が飛行機やヘリから地上の光景を撮影した写真の方が好きだ。もう飛ぶ事のない五月の空の下では山が今日も笑っていた。
静かな街で
2019/05/06
十連休も今日が最終日、メディアが伝える道路の混雑や賑わう観光地の映るニュースを見た。そして静かな街に暮らせる幸せに感謝した。祭りの後の静けさもあるのか今日は三井寺も湖岸も人出は少なく平日と変わらなかった。午後は静かな街を散策した。閑散とした商店街も過去の栄光を背負いながら次の時間へと粛々と進む姿に美しさを感じながらデジカメのシャッターを押した。市内の道路も交通量が少なく異常なほど静かだ。人影も無くSF映画で見る、人が消えた街に来た様で少し不気味に思えた。午後は皇子が丘公園に出かけると近場で休日を楽しむ家族連れの姿も多く見られた。新緑に包まれた静かな環境の公園が近くにある事を再認識しながら山手の方へ歩き早尾神社まで足を伸ばした。161号のバイパス道路を跨ぐ橋から琵琶湖が見え遠足気分になった。早尾神社に着くと以前にバイパス工事で社殿の新造の記録映画を頼まれて撮影した事がつい最近の様に思え、懐かしく撮影当時の社殿造営の様子が蘇ってきた。完成当時は白木の社殿も時とともに風格を漂わせすっかり辺りの森に溶け込んでいた。静かな街には静かな暮らしが似合うと思いながら神社を後にした。

















