ポピュリズムと茹で蛙
2019/02/01
新聞やテレビを賑わしている統計不正問題の国会答弁を見ていると腹立たしさで頭が一杯になった。野党の質問にも迫力はなく、難なく裸の王様に軽くあしらわれている様に見えた。以前の森友,加計問題も時の彼方へと葬られてしまった様だ。国民が期待した追求もされないままだ。安倍政権はポピュリズムを上手く利用して茹で蛙状態の国民を簡単に手なずけながら粛々と政治を進めて行く、こんな状態のままで本当に良いのだろうかと真剣に考えた。歴史を振り返って見てもドイツのヒットラーがポピュリズムを利用した、暗黒時代を思い起こしてしまい、今の政治の在り様に不安を感じる毎日だ。せめてアメリカ映画華氏119のマイケル・ムーアーの様に日本の政治の現状を怒りを持って表現した映画が何故出来ないのかと思った。そして茹で蛙のまま死にたくないと思った。
烏丸崎から烏丸半島へ
2019/01/31
三井寺の展望台から琵琶湖を見ていると僕が飛行少年?だった頃の記憶が鮮やかに頭の中のスクリーンに映し出されてきた。大津際川の滑走路は600メートルの未舗装で処何処に草が生えている長閑な飛行場だ。単独飛行での楽しみは琵琶湖を超低空飛行で湖面すれすれに飛ぶスリルは今、思い出しても胸がわくわくする、何時も低空飛行する場所が烏丸崎付近だ。其の頃、1966年の烏丸崎は葭原に囲まれた洲の様で中に水田が見えるくらいで、高いモノと言えばポプラの樹が在るくらいで超低空で飛行しても差し支えなかった。昨日も湖畔通信に書いたがポプラの樹は空からのランドマークには少し小さめだが高度判定するには役立った。僕は人から琵琶湖で一番美しい場所は何処だったと聞かれたら迷わずに50年以上前の烏丸崎と答えるが、誰もそんな昔の烏丸崎の姿を、しかも空から見る事など無かったから理解はしてもらえないと思った。僕はその後、変わり行く琵琶湖の姿を撮る事となった。そして映画や写真で琵琶湖が開発され破壊され行く様子を記録にとどめ続けた。でも琵琶湖を守ろうとは一度も叫ばなかった、それは自然など守れる事は出来ないと感じていたからだ。美しい自然を愛でるのは人間目線で判断して人間に都合がよければ美しい自然と讃えるだけの事だ、僕は自然の事など何も分からないが人間が琵琶湖の自然を開発したり破壊する様子を写真に撮る事だけは出来たとのではと思った。
写真は烏丸崎から烏丸半島へを三枚表しました。
日常の光景
2019/01/30
一月も明日で終わると今年も後十一ヶ月かと、時の流れの速さに驚きながら何時もの散歩へ向かった。境内では寿命を迎えたソメイヨシノの伐採が始まった。境内の桜は殆どがソメイヨシノで多分、戦後植えられたものが多いのではと幹に赤いテープで印を付けられて伐採を待っているソメイヨシノの木々を見ると弱っている事が分かった。疏水の桜もソメイヨシノが多く此方も寿命を向かえる樹に変えて処所で植え替えられているが去年の台風21号で何本が倒れ処理はされたが、桜は植樹されないままだ。今年の春は少し寂しくなるのではと思った、でも桜の樹は多くお花見には影響は無いと辺りを見回した。
湖岸サイクリングは風も無く、打出浜から見る琵琶湖は春の穏やかさを感じた。烏丸半島の夢風車の支柱が見えた。大きな三枚羽のプロペラは遠くからでも確認できた事を思い出すと、もっと昔のランドマークを思い出してきた、烏丸崎と言われ美しい葭原に囲まれた洲には養魚池や水田が、そして大きなポプラの樹が一本あり遠くからでも確認できたが開発工事で姿を消した。夢風車よりも僕は烏丸崎のポプラの一本木の方が記憶として残したいと思った。
三井寺金堂がケーキに?
2019/01/29
三井寺(園城寺)の境内には国宝の建物が多くあることで知られている、其の中でも一際、存在感のある建物が金堂だ。毎日の散歩で見ている金堂が今日は少し様子が変わって見えた。大きな桧皮葺の屋根の曲線の美しさは何時見ても素晴らしいが、今日は金堂がケーキの様に見えた、最近は洋菓子を食す事も見ることも無かった所為もあり薄く雪化粧された様がケーキに降りかけられたパウダーシュガーを想わせ金堂が美味しそうなケーキに見え少し愉快になった。建造物がケーキを想像させてくれた、ことは初めてとデジカメで金堂を撮ると急にケーキが食べたくなった、でも近くの商店街から全ての洋菓子店は姿を消した。やはり町中の商店街には洋菓子店も在って欲しいと思いながら境内を歩いた。
夢風車
2019/01/28
夕方のテレビのローカルニュースで草津烏丸半島の夢風車(風力発電施設)の解体工事が始まったと伝えていた。ドイツ製の風力発電設備は鳴り物入りで設置され夢風車とロマンチックな名前まで付けられたが当初期待された発電も結果イマイチで、おまけに故障続きで無残にも夢を見る事無く退場となった。高さ95メートルと言われても空から見れば大した高さではない設置された頃から空から確認するも小さく存在感は僕は余り感じなかった。大きな風車を回転さす強い風は吹かなかったと言うより風の道筋を見極める事が出来なかったのが不運だったと思った。琵琶湖で一番風が強く吹くのは白髭神社の近くの明神崎だ、若狭湾から琵琶湖へ抜ける季節風は比良山系と高島から今津への山並みの間、安曇川の谷間を抜ける強い風を利用していれば大きな風車を回転させて電力を供給できたのかと思いながら力を発揮できずに終わった夢風車を少し気の毒に思った。今日の湖岸サイクリングでは打出浜湖岸から烏丸半島を見るとクレーンが見え、良く見ると風車は取り外されたのか白い大きなプロペラは確認できなかった。鈍色の琵琶湖を見ながら大観覧車イーゴスに続いて夢風車も消える風景にはちょっぴり寂しさを感じた。

















