湖上の星条旗・・・
2019/01/17
琵琶湖に星条旗が立っているわけではない、何時も湖岸サイクリングで目にする観光船ミシガン号には星条旗と日の丸が揚がっているのを見ると、日本国憲法の上位にある日米地位協定を思い出し少し不快を感じる、安倍政権はアメリカ追従で此の国の政治を進めているのが現状とミシガン号の星条旗を見た。湖岸サイクリングは早めに切り上げ今、話題のアメリカ映画「華氏119」を見に京都シネマへ向かった監督はアメリカの社会問題を取上げ鋭く追及するドキュメンタリー映画で有名なマイケル・ムーアーの作品で前回の「華氏911」ではブッシュ政権を批判した作品も評判を呼んだ、今回はトランプ大統領の選挙戦からの取材でアメリカの選挙の仕組みや、選挙風景を巧みに取り入れアメリカの実情をドキュメントしていた。何よりも凄いなと感じるのは堂堂とアメリカの政治(地方政治までにも厳しく切り込む)を批判、そして問題点的確にドキュメントする姿勢には驚くばかりだ、そしてトランプ大統領の暗部を見事に暴き、そしてファシズムに対する警鐘を伝える映像には説得力があり、ナチのヒトラーとトランプ重ねて今、進みつつある全体主義国家、アメリカファーストらのトランプ発言の様子にはファシズムを感じた。アメリカで起こっている現実は其の侭、日本に置き換えると安倍政権も同じ道を進んでいるのではと考えた、そして何故、我が国のジャーナリストや映画監督はマイケル・ムーアー監督の様に安倍政権を批判しないのかと不思議でならない、森友学園や加計問題、原発や沖縄基地問題と批判する材料はいくらでもあるのではと映画のエンディングロールを見ながら考えた。久しぶりに心に渇を入れられた映画と充実した気持ちで帰路についた。
大相撲
2019/01/16
今日の京都新聞夕刊第一面に横綱稀勢の里引退の記事が、でも最近はテレビで大相撲中継を見ることが少なくなった。別に日本人横綱が引退したから相撲界の実情は変わらないと見出しを見るだけで新聞から目を離した。僕が相撲中継を見始めたのは高校生の頃で、僕は横綱よりも平幕で普通で強い関取を応援していた、其の中で、良く見たのは安念山だと記憶しているが、そんな関取の名前等は、誰も知らないだろうと・・・昔の横綱や関取を思い出してきた。野球が好きで相撲開催中に野球を観戦して引退した前田山は横綱だったと記憶している、照る国、鏡里、吉葉山から栃錦、若乃花、大内山、屛風谷、鳴門海、と其の辺りは目を閉じれば体系や顔が浮かんでくる、そして放課後は砂場で相撲で遊んだ事等が懐かしく思い出されてきた。近頃と言うより数十年も前から学校のグラウンドに棒切れで土俵の円を書き相撲に興ずる子供など見かける事も無くなった。これから先は伝統的な相撲行事として残って行く道を模索する時代に入ったのかと思いながら横綱引退の記事を又、読んだ。
湖岸サイクリングで渡り鳥の調査をしている人達を由美浜サンシャインビーチで見かけた、間もなく渡り鳥の調査結果が発表されるが今年は異常な状態と気にかけているから早く結果を聞きたいと思った。
水晶
2019/01/15
雨の降る前の琵琶湖の静寂な湖岸に佇んでいると、つい最近、読んだ文庫本は60年前に買ったもので値段は四十円の「水晶」シュティフター作の物語を思い出してきた。内容はアルプスの少女に出てくる様なヨーロッパアルプス山麓の村の少年と少女の物語で、作者の真面目で静謐な文章が19世紀始めの山村の暮らしと自然描写に心癒されながら読み進んだ。小さな村々には独自の文化や風習が在り、他の村の人との交流も少なかった暮らしの中で起こる人間関係のわだかまりを少年と少女の遭難騒ぎから思わぬ良い方向へと進むハッピーエンドの小説は短編ながら読み応えが在った。特に遭難一歩手前の子供達の描写に改めて自然の厳しさと美しさを感じた事が今、僕が立っている琵琶湖への想いとが繋がっているのではと、そして琵琶湖周辺の19世紀の暮らしは今よりも自然が美しく、厳しくはあった、そして現代の様に交通機関も無く、そして琵琶湖大橋も架かっていない時代では大きな琵琶湖に隔てられた村々の暮らしはシュティフターの小説の村の様に風習や文化が個別に発達した暮らしは現代社会で暮らすよりも充実した人間らしい心豊かな生活が出来たのではと雨の降る前の神秘的な琵琶湖を見ながらおもった。
晴れの日の叙景
2019/01/14
晴れの日、そして今日は成人式、湖岸サイクリングで湖岸を走っていると三上山をバックに晴れ着の人が写真を撮ってもらっていた。スタジオで撮るよりも琵琶湖の広がる湖岸のロケーションを利用してインスタ映えする写真が撮れるのではと思いながら、其の様子を遠くからデジカメで撮った。におの浜湖岸では派手やかなファッションの若ものたちが二十歳を謳歌していた。帰路、浜大津湖岸広場では親子の凧揚げ大会でもあったのか大勢の人がビニール凧を揚げていた。久ぶりの穏やかな晴天に僕は思考停止になった。
綱打祭の龍蛇
2019/01/13
毎年、近くの長等神社で行われる小正月の神事の綱打祭の大蛇は、神社らの氏子によって藁で長さ三十メートルもある大きな大蛇が作られて神社の拝殿に祭られ、翌日に厄除けのために焼かれる行事で僕も三井寺への散歩前に写真を撮りに出かけた。長等神社は三井寺の観音堂への表坂入り口にあり朱塗りの楼門が目立つ神社だ。今日は藁で作られた大蛇の尻尾が楼門を潜り道路の近くまで出ている、以前は参道にある鳥居を超えて北国街道まで尻尾があったと聞いたが現代では交通法規に触れるので短くなったのではと思った。拝殿の正面に向かうと大蛇は少しユーモラスな顔で鎮座していた。毎年、作り手の個性が出て大蛇の顔の変化も楽しめると写真に収めた。滋賀県はお祭りの宝庫と言われるほど奇祭や民俗学的にも貴重な祭事が残っている、以前、栗東市にある神社で行われる泥鰌祭り、を取材した折に九州大学の先生が滋賀県は全国的に見ても貴重なお祭りが残っている地方だと言われた事を思い出した。そして大津市歴史博物館の仕事で大津の祭りを取材した事を懐かしく思い出した。山中町のお弓行事もお正月行事で雅さの中にユーモラスな所作を取り入れたお祭り今も印象に残っている、そして何故,山中町にと思うが都に近かった所為だと思いながら重いビデオカメラを肩に乗せ走り回れた日が懐かしく思いだし、今年の大蛇の顔を見た。

















