蓬莱山
2019/01/12
打出浜から雪の比良山系を見ていると僕が山スキーを始めたころの思い出が蘇ってきた。蓬莱山と言うより今はびわ湖バレイの方が知られているが僕がスキー登山する頃はゴンドラも無く、カーレーターの建設計画が始まった頃で人工的な乗り物で山頂を目指すことなど出来なかった。江若鉄道に乗り蓬莱駅から標高1173メートル一寸の蓬莱山を目指して雪道を歩く、雪が増えればスキーにシール(アザラシ皮)を付けて一メートル以上積もった雪の斜面を山頂めざす、その時は単独行でラッセルは大変辛く山頂まで5時間以上を費やして、やっと山頂についた。その時の光景は今も忘れない、優しい曲線の山並みには一切の人工物はなく本当の自然其の侭の比良山が見られた最後ではなかったのではと昔を振り返った。山頂では京都側からのスキー登山のグループのリーダーに単独で冬山登山をする事は危険だと指摘され、帰路は京都の登山スキーのグループと一緒に花折峠へと滑り降りた事を思い出しながら鈍い冬の陽に光る蓬莱山を見た。帰宅後、パソコンでデターを探すと15年前のびわ湖バレイのスキー場が見つかった。びわ湖バレイはスキー場としては狭く余り近年は利用していなかったので此の写真が最後かとおもった。そして4年前に友人と岐阜、高鷲スノーパークで滑ったのが僕のスキー人生納めの歳だったと二年前に手術した左足を見た。
お寺現代事情
2019/01/11
三井寺の展望台から見上げる空には鰯雲がでている、お天気は下り坂、この雲が現れると近くに低気圧が接近中だと、愛用している本、空の名前(高橋健司著)に書いてあるのを思い出した。最近の天気予報の確立は高く当たって当たり前の時代になった。21世紀の便利さを時には嘆き、そして享受しながら生きる時代と空を見上げた。観音堂前の展望所近くに立つ赤色ガラスの玉灯の柱にはライト付きの防犯カメラとワイファイの白いアンテナが付いていて何時でも三井寺の境内でスマホで情報を得られる時代になった。こんな時代を三井寺(園城寺)の宗祖智証大師は喜んでおられるのか、また悲しんでおられるのかと観音堂に目を向けた。湖岸サイクリングも昨日よりは気温が上がり何時もの折り返し地点の由美浜まで快適に走れた。途中で釣り名人に出会い最近の釣り事情を尋ねた。ブルーギルは姿を見せず、その他の魚も、この時期はまったく釣れないと語ってくれた。その所為か浜辺には漁船が一艘、そして漁師は陸上で外来植物オオバナミズキンバイの除去作業に精をだしている様子をデジカメで撮った。帰路はやはり冬を実感した、季節風がおもったより吹いていてペダルを漕ぐ足にも力が入った。
びわこ競輪場
2019/01/10
太陽が顔を見せない日の湖岸サイクリングは寒く後期高齢者向きではないと素直に認め早めに切り上げた。午後、びわ湖競輪場が跡形も無く消えたと聞いた事もあり柳が崎へ向かうと本当につい最近まであった競輪場は消え、既に更地から次の用途の為の工事が始まっていた。北側の柳川堤防から見て少し考えた競輪場の競技トラックは此れほど広大ではなかった筈と思いながら帰宅した。そして僕が空撮した柳が崎一帯の航空写真をパソコンで見て分かった。広大に感じたのは関連施設の事務所、選手らの宿泊施設らも整地された事が分かり納得できた。賭け事の嫌いな父は競輪には行かず、僕が小学生の頃、親類の叔父さんに連れてもらった記憶があるくらいで、それ以来、一度も足を踏み入れていないが上空からは何度も見た。そして際川飛行場への着陸体制の低空時の右サイドに競輪場を見ると直ぐに着陸で忙しい操作をした事を思い出した。広大な競輪場の跡地を見ても懐かしさを感じる事は無かった。
千社札と落書き
2019/01/09
毎日の散歩で訪れる三井寺も冬は木々が葉を落とし境内は明るく感じるが、其の分、殺風景に見える、でも雨後は素晴らしい情景を見せてくれる、地球上で一番美しい水が輝くと辺りの景色は一変して別世界になる光景は僕は好きだ。今日は観音堂の千社札が気になり写真を撮った。札の中に横綱大鵬の名前が目に入った。先日ニュースで重要文化財の建築物に千社札を貼る行為は犯罪と伝えていた。実際、重要文化財らに千社札を貼ると罰金や禁固刑までの罰を受ける事になるが、三井寺では仁王門(重要文化財)には今も落書きの後、そして千社札らは多く残っていて落書きは1953年頃が最終と思うが、札の方は最近のものも確認される、そして観音堂は県の指定文化財だ、此処は許可願いを出せば貼らしてもらえるのかは未確認だが、千社札の歴史を見ると江戸時代から流行し始めて千社札の寸法まで規定され色刷りは無しと決まっていた、僕は写真を撮りながら、これも庶民の文化として通用してきたおおらかな社会の方が楽しかったのではと思いながら境内を歩いた。
今日の京都新聞夕刊の第一面に、消えゆく京のユリカモメの事が載っていた。記事に拠ると1999年には3102羽(加茂川、高野川)が飛来していたが去年12月の調査では加茂川で263羽で高野川では0羽と1987年の調査以では降最低の数となったと・・・伝えていた。今日の湖岸サイクリングでもユリカモメを見かける事は無かった。何時も見かけるカモが公園緑地で餌を探していた。今、地球上では想像を超えた環境の変化が起きているのではと思った。
渡り鳥が減少
2019/01/08
今日はパワー不足だ、と言うのは昨日のノロウイルス感染で食事を抜いている影響だ。湖岸サイクリングも、におの浜湖岸で折り返した。浜大津から打出浜の湖岸から見る琵琶湖は例年と比べ異常な程、渡り鳥の数が少ない、去年の一月の滋賀県の調査でも激減したと伝えていたが、今年の調査結果はまだ発表されていないが、特にオオバンの姿が少なく目視して数えても二十羽もいない、以前は黒いオオバンが湖上を占拠する勢いだった事が懐かしく思い出された。去年の段階でも渡り鳥が減った原因は分からずとあったが今年の渡り鳥の少なさを見ていると地球上での環境の変化が起こっているのかと心配になってきた。琵琶湖の水草が激減したことも影響しているのではと陸に上がって草を啄ばむオオバンを見ながら琵琶湖の環境も大事にいたらねばと考えた。

















