修理完了
2018/11/18
デジカメが修理完了して手元に戻った。製造終了後、五年後までしか修理保障されない事にカメラメーカーの修理部門に,今、はやりのクレーマアにならない様(笑)苦言を呈した。その結果、修理を引き受けてくれた事には感謝しなければと思った。そのカメラ、K01を持って湖岸サイクリングへ出かけた。秋晴れの下、浜大津港は大賑わいだ、観光バスを何台も見かける事は久しぶりと周囲を見渡すと、黄色のシェアサイクルが見えた。中国企業OFOの撤退が報道されて一月近く経ったが放置されたままだ、中国企業の無責任な事は世界的に有名だ、自転車は放置自転車として市が処理をするのだろうと予想した。さて写真を撮ろうと琵琶湖を見るも晴天では、ドラマを感じる風景写真は撮れないと、湖上のミシガン号と三上山、そして草津のビル群を入れた写真を一枚撮って湖岸サイクリングを終えた。
今日もフイルムで撮った写真を二枚、
長等公園内に架かる石橋は元は浜大津の近く川口掘りに在った、石橋だ、其の堀は埋め立てられて川口公園になっているが、僕は橋の風景の記憶はないから僕の生まれる前の事、そして石橋が川口掘りに架けられた明治時代、工事に祖祖父が関わっていたと子供の頃、聞いた記憶が?思い出されるが真実の程は定かではない・・・
昭和の名残
2018/11/17
久ぶりにライカ(フイルムカメラ)で商店街を撮った。東から西へと向かう商店街は 電車通り(京津線)を挟んだ、アーケードがある通りだ。1980年代までは賑わいを少し残していた。平成に入ってからは衰退の一途を辿った。そんな商店街にも昭和の残像が処所で香と光を放っているマネキンが存在感を示しているが、何時も通る商店街で改めて写真に撮る事も無いと、マネキンの前を通ると視線が合った、そしてマネキンが声を発した、写してと・・・自転車を止めてマネキンに対峙すると本当に喋ったのかと尋ねたくなる程、存在感があり驚いた。マネキンは丸屋町の洋品店のウインドウの中で毎日、通る人に呼びかけている、そして菱屋町の呉服屋には少女の着物姿のマネキンが昭和時代の時間を留めたまま立っているが、道行く人との時間の隔たりか、立ち止まる人はいないが、写真を撮る為、僕が止まると笑顔になった、ライカのフイルムを巻き上げシャッターを押すと昭和の音がした。フイルムを現像に出した、結果に興奮した、デジカメでは表現できない昭和の空気感までフイルムに写し込まれた、写真の出来栄えを見て改めてアナログカメラの魅力に惚れ直した。
今日は脱原発ウォーク74回目に参加した。湖岸で解散後、旗を持ちながら行進する人を見かけた。
ライカを使う
2018/11/16
陸上自衛隊の高島砲弾誤射は人為的ミスと新聞で伝えていた。ヒュウマンエラーは大きな事故の前には必ず小さなミスが幾つも起きていると言われているが今回の事故も日頃のミスが重なった結果だと思いながら、お隣の福井県の原発の事が気になった、原発も再稼働されてからも小さな事故は発生していると聞くが、大きな事故に繋がらない事を祈るばかりだ。武器もデジタル化されて簡単になっているのかと思えば機械式のアナログの様に感じた。手順、お作法が手抜きがあったのではと思いながら新聞を読んだ。そして今日もフイルムカメラを持って、ご近所を散歩した。ライカVfを持ち出すのも久しぶりだ。此のカメラは1950年頃に作られたドイツ製、もちろん中古で20年ほど前に手に入れたものだ。手順どおりにカメラを扱わないと言う事を聞いてくれない、フイルムを詰める作業も少し面倒だ。デジタルカメラの便利さに慣れすぎた自分を反省しながら手順を進めた。被写体を見つけ、撮るまでの作法は、露出を決める事から始まる、その後の操作は以前にも書いたので省くが、シャッターを押すまでの緊張感を楽しみながら36枚のフイルムを写し終えた。その後カメラのキタムラのあるイオンへフイルムを届けると、後は出来上がりを待つだけだ。フイルムや現像らの費用は必要だが、最近、映画へ行く回数も減った分、大丈夫と自分に納得した。
一枚目はデジカメで今日の琵琶湖。
二枚目、三枚目はフイルム、写真の説明はご容赦を
暫らくはフイルム作品を載せて行こうと思います。
静かな湖畔
2018/11/15
湖岸の紅葉も葉が散り寂しくなり晩秋の光景になった。風はあるが本格的な季節風では無く湖岸を自転車で走っても苦にならず走れた。今日は視程もよく琵琶湖周辺の山々がクッキリと見えた。でも残念ながらびわ湖バレイのスカイテラスは雲の中では自慢の見晴らしはお預けの様だ。湖中のプランクトンの活動の様子も今年は少し違うと知人の研究者がFBで発表していた。顕微鏡に着けられたカメラで撮影されたプランクトンの姿の美しさには驚かされた。魚の餌になる大切なプランクトンも元気に活動しているのか一度、研究者に聞いてみたいと思った。打出浜から見る琵琶湖は清清しく見え、そして頼もしく感じた。
今日もモノクロ写真を二枚、場所が特定できれば大津人だ。
フイルムカメラ
2018/11/14
デジタルカメラに制覇され影の薄くなったカメラ、しかもフイルムカメラと言わなければならなくなった、アナログ時代のカメラは肩身が狭くなった。其のカメラ、ニコンAM2に久ぶりにフイルムを入れたと言うのは重宝していたミラーレス一眼(デジタル)が故障した事もあり使う気になった。そして最近、三井寺の書院での藤原敦さんの写真展は全てフイルムで撮られたモノクロ写真、を見た事も切っ掛けの一つだ。35ミリのワイドレンズを付けたカメラはけっこう重く感じた。ワイドと言っても何時も使っているコンデジの24ミリから見れば標準レンズ並みだ。ファインダーを覗くと光学系のクリアー見え方が新鮮に感じられ、液晶モニターと違い懐かしい安心感を思い出した。そして自転車に乗り、近場で被写体を探す事にして出かけた。フイルムはモノクロ、別に秋の色彩を気にする事無く撮れると辺りを見回すもなかなか被写体が見つからず困った。久しぶりのフイルムカメラと気合が入った事も一因かと深呼吸して気分をリラックスさせた。被写体を見つけ、構図を決め、ピントリンクを回し、距離を合わし、絞りとシャッター速度を決め、もちろんフイルム巻上げは手動、レバーに掛ける親指にも力が入った。シャッターを押す一指し指の先に神経を集中させ、ファインダーの中の光景をフイルムに撮りこむために押した。バシャとシャッターとミラーの作動音が辺りの静かな空気を切り裂いた。懐かしい感触に浸りながら久ぶりに写真を写す手順を楽しみながら彼方此方を撮影した。
写真はフイルムからデジタル化したものです。
次回もフイルム写真を予定

















