中島省三の湖畔通信

美術館は休館中のまま・・・

2018/11/13

芸術の秋、各地の美術館は賑わっているが滋賀県では近代美術館は休館したままだ、新聞やテレビのニュースで滋賀県の計画する新生美術館基本計画が白紙にされたと報じていた。有名な建築家ユニットSANAAの設計した,新生美術館は幻になるのでは残念な事だ。もっと事前に確りとした計画が立てられていたら、此の様な結果にはならなかったのではと考えた。国宝の文化財も多くある滋賀県には博物館すら存在しない上、美術館の行方まで決まらない、滋賀県の文化行政の手際の悪さに失望するばかりだ。観光シーズンに入って賑わっているのは他府県の観光地のニュースばかりだ。今日の湖岸サイクリングでも、琵琶湖観光の拠点と言われる、浜大津港も静かな佇まいで活気が感じられなかった。湖岸の釣り人も少なく、最近はブラックバスも釣れなくなったと聞くが、外来魚掃討作戦の効果の所為なら良いが、何か琵琶湖で異変が起きて魚(外来魚も含め)が減少しているのかと琵琶湖の現状が少し心配になってきた。


三井寺の紅葉もこれからが見ごろ、混雑した京都観光より静かな大津で秋を楽しむのが観光の通ではと境内を歩いた。

空の名前

2018/11/12

空の名前は僕が何時も手元に置いて重宝している、雲の写真と解説付きの本の名前だ。今日の散歩で空を見上げると羊雲が青空に展開していた。羊雲や鰯雲らのポピュラーなモノは分かるが、僕が判断できない時は、空の名前(高橋健司著・光琳社)に載っている雲と同じ写真は皆無だが、凡その姿かたちが近ければ本に掲載されている名前を拝借して自信を持って湖畔通信にと言う次第だ。三井寺の展望台から見る琵琶湖も雨が近いと予感させてくれた。境内のモミジも本格的な紅葉シーズンを迎えたが三井寺での秋のライトアップは今年から無くなった。秋の夜は寒く山寺でのライトアップで紅葉を楽しむのは諦め太陽光で楽しむのが一番と思いながら境内を歩いた。湖岸サイクリングも風が冷たく感じパーカーを羽織った。湖岸の釣り人も少なく、釣り人に聞くとブラックバスも今は釣れず、鯉釣りが主流だと答えてくれた、におの浜湖岸から琵琶湖を見ると上空の羊雲は北へ進み、代わりに薄雲が大空を覆いかけて太陽は陰り急に肌寒くなってきた。時雨なら虹が期待できるが、今日は無理と帰路に付いた。

カメラ散歩

2018/11/11

秋晴れの空には雲も無く、空の美術館がお休みでは写真も難しいと湖岸サイクリングへ出かけた。湖岸の紅葉も散り始め木々は冬支度だ。好天の所為か釣り客も多く湖岸は賑わっていた。膳所公園の倒木も整理され綺麗になっていた。プラタナスの大木は伐採されたように根元だけが寂しく存在感を示していた。帰路は膳所旧街道を通り和田神社の銀杏の名木を見に行くと、台風21号の強風を受けて葉の70パーセント程が散らされ、残った葉が寂しく黄葉を待っていた。台風直後に近くに住む人Yさんが和田神社の銀杏の葉が近辺に落ち大変な量を集め処分したと言っていた事を思い出しながら写真に撮った。今年は名木銀杏の黄葉が楽しめないと少し残念な気分になった。風には通り道があると言われているが、木々が倒れ被害が大きく出ている箇所は正しく風の道だと思った。三井寺の長等山も肉眼で倒木が多く確認できる場所も山が怪我をしているようで今も痛々しく見え台風の被害が大きかったこと思い返した。

ルビテル166?

2018/11/10

ルビテル166はロシア製のフイルムカメラでカメラマニアなら知る人も多いが、カメラに興味の無い人には無縁の事だ。僕はカメラが好きで小学生の時はトイカメラで撮影を楽しんでいた?カメラ大好き人間だ。ルビテルは二眼レフだと言ってもカメラを知らない人には説明も必要と・・・上下にレンズが付いた箱型のカメラと言えば分かってもらえると思うが、現在はデジタルカメラの時代、フイルムカメラなどは一部の好事家が使用している現状ではと、今日はカメラ本体の写真も載せた。ルビテル166は友人を介して手に入れた。二眼レフと言えばローライフレックスが有名で僕も使用していたドイツ製の精密なカメラでルビテル166はチープなプラスチックボディーの安いカメラ、でもレンズはガラス製だ。カメラは1984年製のユニバーサルという機種だ。デジカメに馴れた人には撮影は少し難しいのではと、其れは、お作法があるからだ、幸い僕は小学生からチープなトイカメラでお作法を習得済みだから簡単に使うことが出来た。フイルムは120ブローニーを使用するカメラで何一つ自動化された箇所もないシンプルなカメラを久ぶりに使った。フイルムの確認はカメラの裏窓(数字確認)で番号を確認、距離をピントグラスで確認するも制度が悪く目測でダイヤル設定そして、絞りを決めてから、シャッターをチャージ(セット)して構図を決めて、はい、パチリと撮影する手順に久ぶりに手ごたえを感じた。そして撮った写真を直ぐに見ることは叶わず、現像処理のため一週間を待たねば結果が分からない、じれったさを味わったが、今日、出来上がった写真を手にして、出来栄えを見ると嬉しくなった。デジカメでは感じられなかった久しぶりに少し写真の楽しさを感じた。

秋、深まる

2018/11/09

雨の日は自転車に乗らない分、活動範囲が限られてしまう、朝の散歩は何時もどおりにこなした。三井寺境内の紅葉も順調に進んでいた。京都の観光地の賑わいと比べると此方は静かな佇まいで秋を楽しむには最適ではと思った。午後、雨の止んだ、時間に湖岸へ自転車で向かった。湖岸の楓の紅葉も今が見ごろとデジデジカメを向けた。市内の彼方此方で見かける銀杏も既に黄色の葉を落とし始め、今年の秋も短いと感じた。季節の変わりは目で見られ、楽しめるが、世の中、見え無いモノが多すぎて知らない事が多すぎると思った。例えば琵琶湖のことを知っているかと聞かれれば返答に困る、何時も見ている琵琶湖だがと考えるも湖中の事などさっぱり分からないのが僕の現状だ。でも友人、知人には湖中のプランクトンの研究者が多く,フェースブックでプランクトンの写真を発表して見せてくれる、プランクトンにすれば琵琶湖は大宇宙なのかと思いながら写真を見るだけだ。プランクトンは顕微鏡で見えるが、放射能は見えないから形はプランクトンの様に美しいのか、悪魔の様に見えるのかは見えないので分からないから不安になり恐怖を感じてしまう、見えないものは得たいが知れないから余計に厄介だ。例えば放射能、そしてファシズムも見えないから、何時、何処からやって来るか分からないから油断は出来ないと、何時も神経を研ぎ澄まさなければと美しい秋景色を見ながら気を引き締めた。

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