2019年始まったけれど
2019/01/01
年が明けたからと言って別にめでたくも無く、年賀状には、素直には、おめでとうの文字は書けなかった。今日は大晦日の除夜の鐘をつかなかった事もあり、三井寺の散歩で毎年、僕が恒例としている新年の鐘を三井の晩鐘で有名な鐘を一回つかせて、もらうと迫力のあるゴーンと鐘の音が境内に響いた。今年も平穏な時が過ぎることを願いながら鐘の余韻を聞いた。そして湖岸サイクリングで走る湖岸は元旦の所為か湖岸は静寂な佇まいだ。打出浜湖岸から見る琵琶湖は晴れ渡り見通しは良好で一年の初めのサイクリングは快適に走れた。喫茶タイムはお正月も休まず営業していた。コーヒーを飲みながら新聞(朝日)を広げて、今日の湖畔通信のネタを探すも見当たらず、少し気落ちした。ニュースを伝える紙の媒体は力を無くしたのかと少し心配になった。そして帰宅後、自宅で京都新聞を見るも、何も感じるものは無かった。以前なら支局が独自の滋賀版で新年号を作っていた時代が懐かしく思い出された。今の琵琶湖の環境問題らで特集を組んで欲しかったと思いながら、僕も新聞には期待しても無駄なのかと思いながらジャーナリズムの危機を感じた。
今年も稚拙な文章と写真で湖畔通信を続けますがよろしくお願いします。
静かな大晦日
2018/12/31
湖岸も町も静かだ。湖岸サイクリングへ向かう途中、横切る国道161号線も車は少なく信号の無い横断歩道を渡れた。浜大津港では観光船ミシガン号が大晦日でも運行しているが、観光客はいるのかと辺りを見回しても付近には人影も無かった。季節風が弱い所為か寒さは苦にならずに走れた。におの浜から湖上を眺めていると雪雲の晴れ間から雪を冠った伊吹山や鈴鹿の山並みが見えた。左足股関節が人工骨頭となってスキー登山も出来なくなった事もあり雪山を見ても以前の様に心が躍ることなく静かに遠望を楽しむだけだ。帰路は大晦日の商店街を写真に撮ろうと町中へ入った。アーケードの商店街は人通りも少なくシャッターが閉まった、寂しい風景広がっていた。滋賀県一賑わっていた菱屋町商店街も人影も少なく、名店の前もアルバイトの人数の方が多く感じられた。お正月を迎える為の準備をする家も少なくなった近年では仕方ない事かと思った。そして自分の家も二年前から玄関の正月飾りと伊勢神楽も止めた、そして鏡餅も省略、お雑煮だけは続いているのが現状だ。昭和も平成も僕には関係ないと僕の生まれた1940年に感謝している、年号はあまり使用したことは無く西暦の方が年齢が直ぐ計算できるから子供の頃から西暦が好きだ、来年は2019年で79歳になる,随分、遠くへ来たものと思いながら年が明けるのかと・・・そして自分でも此の一年間、一度も湖畔通信の連載を止めずにこられたものと少し呆れながら自分に笑った。一年間、お付き合い頂き有難う御座いました。来年も続けようと思っていますので宜しくお願いします。
では 良いお年を・・・
年末大掃除
2018/12/30
年末大掃除と言っても我が家の共有スペースを掃除するだけで自分の部屋は気が向いた時に足の踏み場を確保する為に整頓するくらいだ。今日は脚立に乗りすす払いをした所為か腰や足の筋肉の痛みが現れた。やはり78歳の爺の体力は衰えたと実感した。そして正月を迎える為の掃除など真っ平と湖岸サイクリングへ出かけた。雪雲が比叡山の上部を隠している眺めも格別と打出浜湖岸に暫し佇んでいると、西大津のビル群から比叡山に向かって小さな虹が見られた。三上山の後方にも雪雲があり、何時もより高く見えた。草津の高層マンションを従えた三上山も迫力があるとデジカメで撮った。帰路、大津の商店街に寄ると静かな歳末風景を見ていると昔の賑わいは何時頃までと考えた。大型店の進出が始まった頃は共存共栄するのかと期待していたが見事に裏切られ、今では大型店は郊外へ商店はシャッターを下ろす店も多く寂れた町へと変化した。でも生活難民になる心配はない、小規模のスーパーがあり商店も少しは開店している商店街は静かで高齢者が車に気を使う事無く買い物が出来る、安全な商店街として生き続けて欲しいと思った。
水をテーマーに
2018/12/29
水をテーマーにした映像と言えば僕はタルコフスキーしか浮かんでこない、僕がアンドレイ・タルコフスキーの映画に出会ったのは1984年に日本で公開されたノスタルジア(監督アンドレイ・タルコフスキー・1983年)を京都祇園会館で見て衝撃を受けた。映像の素晴らしさは今まで見た事が無いほど美しく感じた。霧の立ち込める風景はギリシャのアンゲロプロスの映画にも多いが、タルコフスキーの映画にも霧は登場するが水の美しさの映像表現ではタルコフスキーの方が勝っているのではと今も思っている、そしてタルコフスキーはインタビューの中で、この世で一番美しいものはダイヤや宝石で無く、それは水だと語っていた。タルコフスキーは1986年に他界して作品数は少なく八本だ、どの映画にも水の美しいシーンが登場する、僕は特にストーカー(1979年)とノスタルジア(1983年)の二本が好きだ。ストーカーでは三人の乗ったトロッコが霧の立ち込めるゾーンに向かうシーンとゾーンでの水のある風景は今も強く心の奥に記憶されている、そしてノスタルジアでは水の滴る美しさと音に魅了された、水は透明で美しく奏でる水音は音楽以上のものを感じた映画だった。もう一度、フイルム上映で見たいと何時も思っているが残念ながらデジタル時代では無理と分かった。僕も自主制作で水をテーマーにした作品を作るも失敗作が多いと自分に苦笑するが水のエスキスと波の二本の16ミリ映画は自分でも好きな作品と思っている、今日も湖岸サイクリングで琵琶湖を眺めながら、自分が琵琶湖から離れられなかったのは琵琶湖には美しい水があったからだと思いながら水のある風景を写真に撮った。
雪雲の彼方
2018/12/28
今年の冬も厳冬になるのかと、北風が吹く湖岸を自転車で走った。琵琶湖には白波は立っていないが烏丸半島付近を雪雲が季節風に運ばれて走っているのが確認できた。打出浜湖岸から今日は雪雲で琵琶湖大橋は見えないが何故か明るく感じた。寒さの為か退散する釣り人の姿を見かけた。コサギも寒さを耐えながら風が止むのを待っている様に見えた。デジカメで琵琶湖を撮っていると留めてあった自転車が風で倒れた。風は思っているより強く吹いていると、風の来る方向を見た。そして雪雲の彼方にある若狭の原発群が心配になってきた。僕は冬が来て季節風が吹くと何時も原発がもし事故を起せば放射能を帯びた雲が季節風に乗って一時間いや、もっと早く琵琶湖の北湖を覆ってしまい琵琶湖の水は放射能に汚染されて近畿1300万人の命の水が失われるのを恐れる、そして来春には若狭の老朽原発が次々と再稼働される現実を考えると我が国の政府は本当に国民の安全を考えているのかと思いながら又、北方の雪雲を見た。
原発事故に関しての本では、1995年発刊された、原発事故・・その時あなたは!(瀬尾 健氏の遺作)に日本の原発事故が完全シミュレートされている、驚くのは、著者が1995年に福島事故もシミュレートされておられた。興味のある方は一読を・・・

















