中島省三の湖畔通信

365日の・・・

2018/08/30

365日の紙飛行機ではなく僕の場合は365日の琵琶湖だ。最近は出かけるチャンスも無く、旅と言えば冥土への旅を待つばかりの年金爺の身と自覚はしているが、そんなに死を待っている訳ではなく毎日、琵琶湖岸を自転車で走れる事には感謝、感謝と、今日も湖岸サイクリングへ向かった。今朝の京都新聞第一面に湖畔集客へ民間施設の大きな見出しに誘われ読んだ。なぎさ公園島の関で施設を建設と、そして大津市が進めるジュネーブ構想の一環事業だと記事にあった。大津駅前の30メートル道路の片側の道路を一車線減らしカフェやレストランを設置して大津琵琶湖観光に賑わいを取り戻す構想とあったが、ジュネーブ構想は大津市長がスイスのジュネーブを訪れた折、駅からレマン湖へ繋がる道、モンブラン通りの賑わい見て、ジュネーブと大津の立地条件が似ているところから大津駅から琵琶湖への道をモンブラン通りの様に出来ればの発想から始まった計画ではと思うが、そんなに簡単にスイスの国際的観光地ジュネーブの様になる訳が無いと、考えた。そして、におの浜湖岸で計画されているカフェの用地の写真を撮った。行政の鳴り物入りで始まった、計画は何時も失敗に終わっている実情を思い出した。数十年前に滋賀県が打ち出した、ネックレス構想の豪華なパンフレットの内容が頭に浮かんできた。琵琶湖に面したリゾート地をネックレスの様に繋げ滋賀全域のリゾート化を目指したが、今ではネックレス構想の名前は何処かへ消えてしまったのかと可笑しく思った。そしてジュネーブ構想の結果はと・・・365日の琵琶湖の僕には関係ないかと呟き、湖岸を自転車で走った。


追 観音寺町と尾花川の境目を流れる一級河川、熊野川が雑草で埋まっていた。今は台風シーズン、川が溢れないか心配だ。

琵琶湖の水草

2018/08/29

今日の湖岸サイクリングでは久ぶりに膳所公園へ寄った。公園の湿地は水草で覆われて水面が見えなかった。今年は浜大津から打出浜間の湖面を見ても以前のような水草の草原は見られず、例年より少ないのではとおもった。でも琵琶湖南湖一円では水草の繁殖は衰えていないと聞いた。10年前にはウォーターレタスが赤野井湾付近を埋め尽くしたが最近は其の名前は聞かないがと、水草の盛衰を思い出した。オオカナダモやコカナダモが大繁殖した様子を空撮した時の映像が頭に浮かぶが現在は余り話題にはならず、最近はオオバナミズキンバイとナガエツルノゲイトウの特定外来生物だけが新聞らメディアを賑わしている現状だ。僕が自転車で毎日走る浜大津から由美浜までの水面でオオバナミズキンバイは見なかったが、湖岸で黄色の花を付けたオオバナミズキンバイやナガエツルノゲイトウらが多く繁殖しているのは確認できた。膳所公園の湿地を眺めながら植物の繁殖力の強さに感心しながら水草の勢力関係はどの様になっているのかと興味をもった。におの浜から見る琵琶湖の水色はまだ緑色がかかっているがアオコが発生していた頃よりは随分と良くなったと思った。そして僕が見た浜大津港近辺のアオコに関しては県からの発表はされていないのは、何故と思った。琵琶湖の環境問題は滋賀県もメディアも最近は取上げて記事にする事も少ないのではと考えた。観光一辺倒の琵琶湖で写真や映像で綺麗な琵琶湖を見ているより実際の琵琶湖を見て今の状態を体で感じて欲しいと願いながら湖岸を後にした。

移ろい行く季節・・・

2018/08/28

何時もの散歩で三井寺の石段を上っている途中、静かな事に気付き立ち止まった。煩かった蝉時雨も消え、蝉の声はツクツクボウシとミンミンゼミの鳴き声が時折、聞こえるだけとなった。暑かった夏も終わるのかと木を見上げると蝉の姿が,デジカメで撮って画像を確認すると透明の羽が欠けていた。金堂の蓮池では散り行く花の横には来年へ向けての蓮の実が季節の移ろいを感じさせてくれた。ここで三井寺の鐘の音が聞こえてきたら諸行無常の言葉を思い出せたのだが・・・そして湖岸サイクリングでは由美浜のビーチでは釣り人とアオサギが等間隔で並んでいた。暑さも一頃のパワーを感じる事が無く酷暑の夏も終わったのかと思った。

追 日曜日の午後6時に始まるテレビ、人気漫画、ちびまる子ちゃん、は必ずと言えるほど見ていた。楽しく幼年時代を創り直せるからだ。幼稚園は終戦後で6ヶ月間で小学時代も、ちびまる子ちゃんの時代の様に明るくはなかったと記憶しているからだ。今月、原作者の、さくらももこさんが亡くなられたと新聞で知った。テレビは続くとあった、僕は、日曜日の午後6時にテレビの前で、ちびまる子ちゃんを見続けようおもった。そして原作者、さくらももこさんの御冥福を祈った。

大津絵の道

2018/08/27

打出浜湖岸から琵琶湖を見ると青空に飛行機雲が見え、明日はお天気が下り坂かと呟いた。今日の湖岸サイクリングは買い物を兼ねたショートコースで終わる事にした。昼食後、先日,亡くなられた大津絵師高橋松山さんを偲んで近くにある大津絵の道へ向かった。大津絵の道と言っても元は1969年まで浜大津と近江今津間を走っていた江若鉄道の線路跡を遊歩道にして大津絵が陶板タイルに描かれたモノを随所に飾り付けした道で浜大津から三井寺駅間の短い区間で開通してから二十年以上の時が流れた。今日、北側、江若鉄道の三井寺駅があった方から歩く事に、家から三分ほどで着いた。身の丈以上もある大津絵の鬼の念仏が描かれた大きなレリーフが今も健在しているが随分と時間が経ち色落ちで少し寂れた感じはするが大津絵師、松山の文字は鮮やかに残っていた。元来、大津絵が江戸時代に売られていた頃は絵師の名前は書かれていないが、高橋家が大津絵を描いて売るようになってから松山の名前が絵に入るようになったと聞いた。僕の大津絵を習った先生は四代目の高橋松山さんで大津絵の道のレリーフ等に記載されている松山は全て四代目の大津絵だ。残念ながら歩道らのレリーフの陶板大津絵も経年変化と摩擦で完成当時の華やかな色は褪せて、見ていると哀しくなった。人の作るものは特に早く朽ちてゆくように思え辺りに寂しさが漂った。そして、これが無常かと分かったような気分になり、これで良いのだと自分に語りデジカメのシャッターを押した。

イベントで賑う湖岸

2018/08/26

浜大津の湖岸広場はイベントで賑わっていた。牛肉サミットは今年で最後と新聞の記事にあった。僕が湖岸サイクリングで会場を通ると既にチケットを買う人が行列を作っていた。夏の暑さで食欲が無くなるのではと考えるが、多くの人が牛肉の味を求めて猛暑もなんのそのと言った感じに驚きながら膳所方面へ自転車を進めた。由美浜湖岸では団体で歩くツアーの参加者が炎天下を歩いていた。団体行動が苦手な僕には炎天下を集団で歩く楽しみはと、考えると、小学生の遠足を思い出した。帰路、浜大津のイベント会場の写真を撮りながら、日本では使い捨てのプラスチック容器の規制は未だされていない、世界各国では海洋のプラスチック汚染が進む中、いち早く規制に乗り出している昨今、消費大国のアメリカでは州単位、中国、インドらもプラスチックの規制を既に始めていると記事で読んだ事があり、特にインドのマハラシュトラ州では厳しい罰金が課せられ常習者には2万5千ルピー(4万円)もの額は日本の価値では大変な高額だ。四方を海に囲まれた海洋国家の我が国が率先して進めねばならないプラスチックの海洋汚染問題を見て見ないふりを何時までも続ける事は出来ないと考えながらゴミ箱を見ると使い捨てプラスチックの容器が入っていた。世界の主流は自然由来の紙類らに変化しつつあると言われている、一刻も早く規制に乗り出すべきと思った。特に琵琶湖のある滋賀県では独自に条例を作ってでも琵琶湖をプラスチックの汚染から守るのが使命ではないのかと考えた。

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