SF小説を・・・
2018/06/12
テレビから米朝首脳会談のニュースが流れて来るが、世界一の軍隊と核を保有するアメリカと核を保有する独裁国家、北朝鮮の会談で世界平和が来るとは思えないが、米朝会談の内容は新聞紙面を賑わすことだろう、唯それだけの事と思った。もし地球上から核兵器が消えるとしたら、SF小説、地球幼年期の終わり(アーサー・C・クラーク)、に出てくるような圧倒的な力を持った、超文明の異星人が地球に押し寄せ核兵器を没収しない限り、地球上の核兵器を持つ国は絶対、核を放棄しないと思っているから今回の米朝首脳会談も大きな進展も無く終わるのではと夕刊の見出しを見た。
映画、万引き家族を見て・・・
2018/06/11
今話題の映画、万引き家族を見に出かけた。監督、是枝裕和氏の作品はどれも秀作で印象に残っている、今回の作品はカンヌ映画祭でパルム・ドール賞を獲った作品だ。浜大津アレックスシネマは平日で空いていた。でも話題の映画を三人の観客では寂しい限りだ。映画は色調を抑え社会の底辺に暮らす人達の日常を描いた映像は一瞬ドキュメント作品かと思った。役者さんが話すセリフは本当の言葉になっていた。映画を見終え、日本社会の底の部分が描かれた秀作は自分の生きる周辺の甘さに改めて反省した。政治や環境問題、原発問題と社会の不条理さを批判したり考えたりしている人達、自分も含めて豊かに暮らす側だ。社会の底辺で暮らす人達は政治の悪さや環境問題など考える余裕の無いその日ぐらしだ。政治家や資本家は社会の底辺など見る目は持っていない、この資本主義社会の中でどうすれば、この様な社会を是正する事は本当にできるのだろうかと考えながら館外へ出た。外は又、雨が降り出した。映画の余韻に浸りながら雨の中、自転車を走らすと脳裏に戦前に作られた映画、人情紙風船(監督山中貞雄1937年制作)が浮かんで来た、江戸時代、食い詰め浪人が暮らす長屋を舞台に繰り広げられる物語は今日、見た映画、万引き家族、と同じく社会の底辺で暮らす人達を描いた、暗くせつない物語は日本が戦争の時代へ入って行く頃に作られた映画と現代に作られた万引き家族の画面がオーバーラップしてきた。この国が又戦争の時代に突入して行かない事だけ祈りながら自転車のペダルを漕いだ。
忍法葉隠れの術
2018/06/10
葉隠れの術は忍法で知られているが、自然界で暮らす動物や昆虫達も人間が忍法で編み出す以前から彼らは自然に身につけていて別に術などと言うのもおこがましいと思いながら、モリアオガエルが楓の木立に留まっている様子を写真に撮った。湖岸では珍しくアオサギが人を当てにせず餌を探していた。湖上はヨットには好都合の風が吹いているのか大型ヨットが快走している様子がデジカメで撮れた。梅雨本番となり此れからは雨の日が多くなり湖岸サイクリングも少なくなるのではと少し雨がぱらつく中、湖岸を走った。
映画と小説
2018/06/09
今週、封切られた映画、羊と鋼の森(監督橋本光二郎)は映画を見る前に読んだ事もあり小説と映画を比べたく見に出かけた次第だ。小説、羊と鋼の森、は二月ほど前に本屋で買った。本屋大賞の話題本で作家、宮下奈都氏の作品は初めて読んだ。北海道の山間部で暮らす外村少年が高校でひょんな切っ掛けで会ったピアノ調律師板鳥が出すピアノの音に心引かれ調律師を目指す少年を中心に進む物語だ。背景に流れる音は森が醸しだす優しい音が何時も聞こえてくる様で本を読んでいると音楽に疎い自分でもピアノの調律師の出す音階が想像できた。本か映画どちらが良いかと比べるのは意味がないと分かった。どちらが好きかと聞かれれば今回は小説と応えるが、楽器が何一つ出来ない僕は本からピアノの音を聞きだすことは出来なかったが映画からは音楽が聞こえた。映画は総合芸術・・・でもフイルムからHDデジタル機器に変化してから自然界の揺らぎ(風や光の実態)を感じないのは何故と映画の中で映し出される森や自然風景に心は余り動かなかったのは残念と映画を見終えた。本では感じられなかったピアノらの音楽的要素は映画の独壇場と思うが登場人物らを幅広く捉えながら本からの情報を読み取り想像する方が今の自分に向いているのではと考えた。
魚の出てくる日
2018/06/08
気にしていた雨も降らず、湖岸サイクリングに出かけた。浜大津港では新しくなった学習船うみのこ、が学童を乗せて出航して行く様子を見送った大型船にしては運動性能が良いのか旋回もスムーズに見えた。スクリューがモーターで回転する事が影響していると思った。浜大津から打出浜へと向かう途中、吾妻川に架かる橋で川面を見ると魚が多く死んでいるのが目に入り自転車を止めた。死んでいる魚は比較的、琵琶湖では大型の鯉も含まれていた。写真を撮っていると昔の記憶が蘇ってきた。それは映画、題名だけは思い出した、魚の出てくる日(監督マイケル・カコヤニス)の映像を断片的に思い浮べた。魚が湖に浮かび上がるシーンや導水管から死んだ魚が溢れ出すシーンを微かに思い出してきた。墜落した軍用機の放射性物質を村人が・・・其のあたりは記憶が曖昧だ、でも湖が放射能に汚染された結果で魚が死に浮かんだ映像がオーバーラップされた。吾妻川に死んだ魚の写真を撮りながら、もし若狭の原発群で事故が起これば琵琶湖に住む魚達が最初に犠牲になり大量の魚が湖面を埋め尽くす様子はニュースとなりテレビ、新聞らで世界に流れるころ我ら琵琶湖周辺の住民は右往左往するも逃げ場も無く唯、パニックに陥り逃げ場を失いただ呆然と湖岸に立ち尽くす何十万人の人達の姿が映し出される頃には住民の存在を確認する事は出来ないのではと想像しながら死んだ魚の浮かぶ水面の写真を撮った。

















