中島省三の湖畔通信

雨の日は映画へ

2018/05/23

昨日とは打って変わって雨の日となった。朝の散歩は何時もどおり済ませたが湖岸サイクリングはお休みとした。退屈な午後、久ぶりに浜大津アレックスシネマ、へ見たいと思っていた映画、ウインストン・チャーチル
/ヒトラーから世界を救った男(監督ジョー・ライト/英国映画)を見に行った。相変わらず大津では話題作でも観客は少なく始まった時は僕、一人だったが途中から一人増えただけと寂しい環境で映画を楽しめるのは幸せなことだろうかと考えてしまった。映画は1940年ヒトラーのナチスが欧州制覇を始めたところからストーリーが始まる、政権がチェンバレン首相からチャーチル首相にと代わった英国のナチスに対する国難を描いた映画は飽きる事無く楽しめた。そして知らない事も多くあった、英国の国王ジョージ6世も記憶にすら無かった、20世紀は遠くなったが当時の英国の国家や政治、国を挙げての戦争も勝てば正義と考えても戦争による多くの戦士や市民が国の為に犠牲になる愚かな戦争は今も何処かで起こっているし、又、何処で起こっても不思議でない現状を考えると映画を見終えても国と国との勢力争いは絶対に戦争で解決してはいけないと思った。

館外へ出てロビーの窓から琵琶湖を眺めると雨雲が垂れ込めた素晴らしい風景が広がっていた。此処へ来るのは映画だけと違って琵琶湖の眺めも格別だからとデジカメを出した。

湖岸の眺め・天満宮の御土居

2018/05/22

今日も爽やかな快晴となり家内で落ち着いている場合ではないと、久ぶりにロードバイクに乗って湖岸へ向かった。ロードバイクと言っても30年以上経った自転車でしかもハンドルは一文字に変化しているので町乗り専用だが軽く漕げてスピードも出せるので何時も気をつけないと怪我をしたら寝たきりでは、話しにはならないので慎重に今日も走った。浜大津港ではアオサギがヨットのマストに負けじと背筋?を伸ばして辺りを見ていた。

午後は京都、北野天満宮近くの吉岡映像へビデオ映像のCD化に出かけた。京都市役所前からバスで向かった為、少し時間が遅れ吉岡さんに迷惑をかけてしまった。帰りは京シネで映画と思っていたがお天気に誘われて北野天満宮へ行った。流石、学問の神様とあって修学旅行で訪れる学生で境内は賑わっていた。何時もなら帰るところだが、史跡・御土居の青若葉のポスターが目に入ると躊躇する事無く入場券を買って、青葉の御土居の領域に足を踏み入れると異次元の緑の空間に圧倒されると同時に心も鎮まった。御土居の事はテレビ番組らで凡そのことは知っているつもりだったがテレビの知識らでは学べない自然の存在を改めて感じた。パソコンで見ると1591年(天正19年)豊臣秀吉が水防のために築いたと、そして22・5キロメートルの長さで東は加茂川、北は鷹峰、西は紙屋川、南は九条までの大工事であったと記してあった。人工的作ったものでも時間が経てば自然の力で豊かな森になって行く事実を感じた一日だった。

快晴の琵琶湖

2018/05/21

今日も快晴、湖岸を自転車で走るのには最高の日となったが、やはり琵琶湖は雲が垂れ込め水気を含んだ気流と湖水が触れ合う情景は見ていても飽きる事は無いが・・・・快晴では思考停止に陥り、ただ無心に自転車を走らすだけの日も在りかと打出浜で自転車を止めた。そして青空を眺めると先日、見た映画、長江 愛の詩(中国・ヤン・チャオ監督)の作品を思い出してきた。映画は巨大な河、長江の源流を目指す青年の物語で、雄大な自然の中での人の位置を少し考えさせられる、河の水気が青く暗く静かに画面を覆って流れる映像は退屈する事無く見られたが、僕はやはりギリシャのテオ・アンゲロ・プロス監督の永遠の一日やエレニの旅、に見られる映像表現で霧の情景では哀しさの重ささえ感じるブルーを基調としたフイルム映像が記憶に残っているから、今回の映画は多分、HDカム(デジタル映像ではと?思いながら見終えた。記録映画的な雰囲気が強く幽玄の世界には入って行けなかったのが少し残念と思い出した。市民プラザ湖岸から町方向を見ると建物の屋根と雲がコラボレーションしていた。

千団子まつり、以前の写真と今

2018/05/20

僕の写真集、琵琶湖周遊(恒文社刊)の中に千団子祭りの写真が、其れを見て、三井寺の千団子まつり、へでかけて、写真と同一の場所から写し比べると以前の賑わいが蘇ってきた。今日も快晴で、祭りは其れなりに賑わっているが、僕の郷愁を充たすものは何も無かった。今日はもう一つ不思議な出来事が我が家であった。五日ほど前の夜、不思議な訪問者が訪れた、と言っても、唯のカエルが台所レンジのフードから白い壁にいるのを家人が見つけた。よく見ると、小さなカエルで、直ぐ捕まえて庭の溝に離した。普通の話なら此れで終わりだが、また前日と同じ時間帯に、僕が食事するテーブルでパソコンをしているとガラス戸に昨日のカエルが留まっているのに気付き、また捕えて庭の片隅の溝に放ち、もう帰ってくることは無いと、其の時はかんがえていた。また翌日、同じ時間帯、二階でテレビを見ていると階下から、またカエルが台所レンジ横の白い壁にくっ付いていた、どう見ても同じカエルにしか見えないリフォームしてからは庭から離れていて隙間など無いはず、どこからやってくるのか不思議さを感じた。そしてカエルを捕えて手のひらに握るとカエルが少し動いているが優しく握りながら、今回は庭で無く玄関を出て、近くの鹿関橋へ向かいカエルを放し帰宅した。今回は距離もありカエルは草むらから疏水へと進み京都へ向かってくれる事をねがった。翌日の夜、同じ時間帯にはカエルは訪問してこなかった。少し帰ってくるかなと期待もしていたので少しカエルの事を心配した。きっと都の見物でもしているのかと鳥獣戯画のカエルを思い出した。カエルは人間が思っているより遥かに利口ではないかと思いながら、もう一度、あのカエルに会ってみたいと思った。

晴れの湖岸の賑わい

2018/05/20

今日は快晴、湿度も無く心地良き日となった。浜大津港も観光船がフル活動して久しぶりの賑わいを見せていた。打出浜からにおの浜の湖岸は魚釣りを楽しむ人がのんびりと糸を垂れていた。吾妻川河口では,稚鮎釣りの人が棄てる外来魚をアオサギが傍らで待っていた。何も考えずにぼんやりと琵琶湖を眺めているとストレスが飛んで行った。

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