琵琶湖の深呼吸
2018/01/24
今朝の京都新聞の記事、琵琶湖 早めの「深呼吸」を読んだ。琵琶湖の深呼吸は僕が大津青年会議所で仲間と今から48年ほど前に16ミリフイルム映画製作で撮影を担当した時にインタービュに応えてくださった、滋賀大学教授の岡本 巌先生が琵琶湖の深呼吸について話された事を思い出しながら記事を読み終えた。琵琶湖の北湖で冬場、酸素を多く含んだ表層の水が湖底に沈み混ざり合う事で酸素が湖中深くまで供給される現象を琵琶湖の深呼吸と言われた事を、懐かしく思いだしてきた。琵琶湖の深呼吸は岡本 巌先生が最初に使われた言葉で造語だとパソコンにも載っていた。16ミリ映画「青の輝き」は琵琶湖の富栄養化を取上げたもので完成後は多くの人が見て好評だったと人伝に聞いた。僕はその後、青年会議所を辞してから自主制作映画で琵琶湖を題材に多くのドキュメンタリ作品を作った。其の中にも岡本 先生にインタービュした映画もある事を思い出した。早速今夜にでも見ようと考えた。
湖岸サイクリングで見た、今日の琵琶湖は深呼吸をしたせいか生き生きと、そして美しく輝いて見えた。
寒波が
2018/01/23
強い寒波がやって来ると天気予報が伝えていた。今日は午後に湖岸サイクリングした。強い風が吹き始め寒波襲来を告げている様に感じた。浜大津港の桟橋で見かける学習船うみのこ、と観光船ビアンカが無く、今日ばかりは私が主役と桟橋が立派に見え思わずシャッターを押した。何時も見かける渡り鳥の群れも風をさけ、他の場所に避難したのかオオバン、ミミカイツブリを数羽を見かけるだけだ。風も強く寒さも感じ、少し気力低下でにおの浜で折り返した。何時も走る、波打ち際の道を避け、道路沿いの歩行者道を走ると椿の花が目に留まり自転車を止め、写真を撮ろうと辺りを見ると意外と椿が多く植樹された、椿街道?におの浜の名所かと思った。この地区は琵琶湖を埋め立てた場所、50年の時が流れて今では大津の人口密集地で空から見るとマンションが多く建ち、大津は観光地と言うよりベッドタウンではと思った。
温暖化なのに・・・
2018/01/22
今日は気の合う仲間と京都の居酒屋でワイワイ,と楽しく飲み帰宅するとテレビからは東京都心や近辺の積雪の様子を伝えていた。今朝の三井寺の展望台から眺める比良山も今年は雪が少なく暖冬では思ったのに、東京方面は大雪で大変な事になっている様子を映像で見た。地球温暖化で雪は降らないのではと、単純に思っていたが頻繁に起こる異常気象は温暖化の影響と分かっているのに対処できずに便利さだけを求める消費経済社会は地球温暖化を進めるばかりだ。これから先、起こる自然災害は人間の想像を遥かに越えた規模で地球上の何処でも起こるのではと心配しながらニュースを見た。
過去、未来、刹那
2018/01/21
久ぶりに取材を受けた。僕の撮影した琵琶湖の記録写真について話をした、記事に使用する写真を選びながら過去を振り返った。たかだか50年間の記録と思いながら写真を見ていると、ある種の空しさを感じた、記録に残る写真の時代に帰れる事は無いと分かっているからだ。いくら昔が良いと思っても無駄な事だ。そしてマスコミらの好きな言葉、復元、再生と言っても過去の琵琶湖の姿に返す事など不可能な事は分かっているのにとマスメディアの偽善を感じ何時も不愉快になる、そして未来の事など誰も分かる筈がないと頭の奥で考えた。取材記者Nさんは少し僕の事を過大評価したのでは思いながら取材は終わった。その後、湖岸サイクリングへと湖岸に向かった、午前、買い物へ向かう時、と今日は二度も琵琶湖を見ることが出来た。そしてデジカメで夕景を撮りながら、写真は撮った瞬間から過去の記録へと・・・所詮、感じる時は未来でもなく刹那でしか感じる事が出来ないと時間の不思議さを感じながら湖畔に佇んだ。
寒さ緩む
2018/01/20
寒さ緩んだ湖岸ではバス釣りを楽しむ人が多く見られ風も無く久しぶりの穏やかな琵琶湖を眺めた。相変わらず写真の被写体が見つからずに苦労してるが、今日も近場で写真が撮れてホッとした。国道161号が走る第二疎水の橋上から山側を見ると枯れ葦の穂に目が行った。そして葦が近場に多く在るのに少し驚いた。去年の5月頃はオオバナミズキンバイの黄色の花が水路を埋め尽くし疏水の流れを悪くしているのでは心配した事を思い出した。そのオオバナミズキンバイの花はすっかり除去され水辺は葦のみとなり、ミニ葦原の出現となったと理解した。葦と水鳥を撮った写真をモニターで確認すると琵琶湖の北部ではと感じて、少し嬉しくなった。帰り道、鹿関橋から流れが止まり小川の様になった疎水の水面を見るとセグロセキレイが水浴びをしていた。セグロセキレイは動きが素早くコンパクトデジカメでは中々,捕えにくく何枚もシャッターを押して、やっと納得の一枚が撮れた。又、来週に寒波が日本にやって来ると天気予報が伝えていた事を思い出し手を見ると今日は素手だった。

















