寒さ緩む
2018/01/20
寒さ緩んだ湖岸ではバス釣りを楽しむ人が多く見られ風も無く久しぶりの穏やかな琵琶湖を眺めた。相変わらず写真の被写体が見つからずに苦労してるが、今日も近場で写真が撮れてホッとした。国道161号が走る第二疎水の橋上から山側を見ると枯れ葦の穂に目が行った。そして葦が近場に多く在るのに少し驚いた。去年の5月頃はオオバナミズキンバイの黄色の花が水路を埋め尽くし疏水の流れを悪くしているのでは心配した事を思い出した。そのオオバナミズキンバイの花はすっかり除去され水辺は葦のみとなり、ミニ葦原の出現となったと理解した。葦と水鳥を撮った写真をモニターで確認すると琵琶湖の北部ではと感じて、少し嬉しくなった。帰り道、鹿関橋から流れが止まり小川の様になった疎水の水面を見るとセグロセキレイが水浴びをしていた。セグロセキレイは動きが素早くコンパクトデジカメでは中々,捕えにくく何枚もシャッターを押して、やっと納得の一枚が撮れた。又、来週に寒波が日本にやって来ると天気予報が伝えていた事を思い出し手を見ると今日は素手だった。
ユリカモメとハト
2018/01/19
湖岸サイクリングでハトに餌を与える人を良く見かける、最近ではユリカモメも仲間に入りして、パン屑らを失敬している姿を見かけるが僕は野生動物に餌を与えるのは、あまり好きでない。三井寺、蓮池のアオサギにも餌を与えた事もない、野生動物が人に懐いて餌を強請る様になれば生態系が異常を来たし問題が起きるのではと心配だ。湖岸のユリカモメと違いアオサギはプライドが高く人に迎合などしないから好感をもてるが・・・ユリカモメは飛行姿勢も美しく好きな鳥だが、人の与える餌に寄り付く姿を見ると少し嫌になった。ハトは昔からお寺や神社で参拝客が与える豆らを食する姿を見ても、ハトはには嫌悪感を抱かないのは何故と考えた。そしてハトにもハトの事情が在るのではと餌を与える老人の姿を見た。ハトとユリカモメと老人の姿は絵になるとシャッターを押した。僕は餌を与え鳥たちと戯れる老人の姿に寂しさを少し感じた。長寿社会の近未来の風景はどの様なものか、と考えながら湖岸を打出浜へとペダルを漕いだ。
何でもない風景・・・
2018/01/18
何でもない風景とは随分、琵琶湖に失礼な事を言いながら湖岸サイクリングをした。冬の湖岸は色が無く華やかさに欠けると辺りを見回すと椿の花が咲いているのに気付いた。椿の花を写真に撮るのは難しいと何時も感じている、構図を決めるもイマイチと思いながら写真に撮った。僕は椿と言えば、映画、椿三十朗(黒澤作品)の中で、合図の為に小さな川に椿の花を流すシーンを思い出すと、湖面に赤い椿の花を大量に浮かべれば華やかな写真が撮れるのではと思ったが、やはり僕は静かな冬の琵琶湖には華やかさは無用と湖面から目線を上げ彼方の比良山を見ると、昨日の雨で麓の雪が消え春の風景に見えた。雪山に行けなくなった今も僕は比良の冬は何時も多くの雪を冠った雄大な姿を琵琶湖に映してほしいと願いながら又、写真を撮った。
湖岸の自販機の色にも一工夫が必要かと・・・・
水のエスキス
2018/01/17
水のエスキス、は僕の撮った映画のタイトルだ。1992年、16ミリフイルムの20分の作品は琵琶湖の移り変わる水の表情を捉えた、映像は今でも僕の好きな作品と自負しているが、でもタイトル名は詩人の0氏が映像を見て付けてくれたもので、最初は0氏の詩がナレーションで語られる筈だったが、映像を見た0氏が、詩は必要ないのではとのアドバイスを受け,ナレーションは無くなったが、音楽は友人のM氏が映像にマッチングした素晴らしい音楽を作曲してくれて映画は完成した。16ミリカメラ、アリフレックスを車に積み込み一人で琵琶湖を何回も廻った事が懐かしく思い出されると同時に映像も確りと頭の中に浮かんでくる、やはりフイルムで撮る映像は頭の記憶回路にもフイルムと同じシーンを取り込むからと考えた。そしてビデオカメラで撮る映像は直ぐに確認できる事もあり自分の頭への記録が疎かになることで記憶に残らないのではと思った。今日は雨、久ぶりに雨の表情をデジカメで撮ったが果たして僕の頭の中の記憶装置に記録されたのかなと、でも自信は感じなかった。
SF小説を読んでいるせいか鹿関橋で雨に濡れた欄干を撮ろうと構図を決めていると濡れた欄干の球面の中に球体が3Dの様に浮かんで見え、欄干の中にも宇宙があるのではと・・・少し嬉しさを感じながらデジカメのシャッターを押した。
午前と午後
2018/01/16
午前と午後、同じ場所から琵琶湖を写真に撮った。打出浜へは家から自転車で7,8分で行ける場所だ、朝、10時頃は少し霧でモヤット感で琵琶湖大橋は霧の中、そして写真を水平に撮るには少し戸惑った。人間は空間識失調に陥り易く、空を飛んでいて霧の中へ入れば計器がなければ傾きも上下も皆目分からなくなってしまうと航空事故になってしまうから計器を信じて飛ぶしかない不完全な鳥の様なものかと思いながら霧に霞む琵琶湖の風景を撮った。湖畔通信をアップしてからデジカメで撮る写真は毎日三十枚はくだらない、35ミリフイルムなら一本使うことになり年金爺では無理と便利になった時代に少しは感謝しなければと思った。午後は買い物の帰り、湖岸に寄ると霧が薄らぎ青空が見え、気温も暖かくなり春のような琵琶湖の姿を見た。でも冬はこれからが本番かと思いながらデジカメのシャッターを押した。二度も琵琶湖を見られる環境で暮らせる幸せを感じながら自転車のペダルを漕いだ。

















