中島省三の湖畔通信

記憶と記録

2018/01/15

今日は僕が骨折、そして左足股関節がインプラントに変わった記念日かと三井寺の展望台から琵琶湖を眺めていると左足が振動?した。まさか足が記憶しているわけがないと足下を見た。過去を記憶できないものは、過ちを繰り返すの言葉が僕の頭の中で点滅した、スキーは本当に諦めたのかと自分自身に問いかけた。そして過ちは繰り返さないと自分に言い聞かせ家路についた。

午前中は坂本のK医院へ検診、午後は湖岸サイクリングへと向かうも写真もイマイチ、湖畔通信はと思案しながら帰宅して玄関脇の小部屋の16ミリ映写機が目についた。1984年に購入したエルモ社製の映写機は去年に故障したが33年も経てば日本では修理部品が無く棄てるしかないと、もう一度電源を入れてランプを付けお別れの記念写真を撮った。16ミリフイルムで撮った記録をフイルムでは見られ無くなり寂しくなったが映像は幸いデジタル化していてプロジェクターで見られるが、フイルム映写機で見るのでは感じ方が違うのではと思った。映画フイルムの歴史は、そんなに古くなく、1895年にフランスでリュミエール兄弟が興行として映画を上映してからまだ120年一寸しか経っていないが、その間、記録した映像は貴重なものだと去年に見たリュミエールの映画を思い出した。フイルム映画の歴史は百年を超えたがデジタル機器での記録は歴史を作れるのだろうかと現在は誰もがスマホやデジカメで気軽に記録しているが多分、撮った事なども忘れて忘却の彼方へ消える事は確かな事と思った。そしてフイルムで写真や映像を撮っている時は映す被写体が頭の中へ記憶されると同時に、記録はフイルムへされる事で、その後の記憶が正確さがプラスされるのではと思った。そして記憶と記録が助け会う気持ちで撮影できたフイルム時代が懐かしく感じた。そしてサヨナラ、映写機と呟いた。


雪を見て・・・

2018/01/14

雪の景色でも撮ろうと散歩に出かけた。鹿関橋から疏水の雪景色を眺めていると去年の苦い思い出が頭を過ぎった。明日15日は三井寺(長等山)の山中でクロカンスキーで転倒、骨折、入院した、一周年記念日?だ、一年間の時間の早さに改めて驚く今年78歳になる年金爺が橋の上からデジカメで写真を撮れる事に感謝した。

湖岸サイクリングも気にしていた湖岸の歩行者道にも積雪は無く自転車で走れた。陽がさしていない分、昨日より寒く感じた。におの浜湖岸では家族連れが雪ダルマを作って楽しんでいる風景を見ていると、何故かブリューゲルの雪中の狩人の絵を思い出してきた。僕は此の作家の有名な絵バベルの塔、よりも、雪中の狩人、の方が印象に残っている、そして先日、見た映画、惑星 ソラリス(アンドレイ・タルコフスキー)の映画の中でも雪中の狩人の絵が使用されていた、人が宇宙など目指さずに地球で楽しく暮らせた時代と現代を揶揄しているのではと映画を見て感じた事を思い出した。

午後は近くの長等神社の綱打ち祭の様子を見に行った。楼門横の案内板を見ると綱打ち祭は14,15,16日と三日間の行事だと知った。今日は初日で藁で龍蛇を作り拝殿に飾る初日で、僕が行った時には既に飾られていた。お正月行事も少子化の影響で止めてゆく神社も多いと聞くが今年も綱打ち祭が行われる事はすばらしいと思いながら写真を撮った。

樹上のアオサギ

2018/01/13

今日も快晴で三井寺の展望台から伊吹山の雪景色が楽しめた。浜大津湖岸のマンション群が建ってからは観音堂前の展望テラス?から雄大な琵琶湖の眺めを楽しむには少し無理があり、やはり琵琶湖を見るなら石段を上がらなければならず、大抵の参拝客は観音堂にお参りをしてお終いでは残念と思った。金堂前の蓮池に件のアオサギ君が・・・でも直ぐに飛んだが、ほんの10メートル先の樹に留まった。間違いなくアオサギ君だが僕の気配を感じて反応したものと思いながら写真に撮った。また毎日、出会うことが増えると以前の様に近付けるのではと思いながら家に向かった。

午後は脱原発 市民ウォークin滋賀65回に友人と参加した。何時も歩き始める前の報告時間にはウンザリする、相変わらず市民の感覚が分かっていない、自己満足の話で僕は退屈した。そして湖岸まで歩いた。

今日の収穫は随分と前に会ったN記者に再会できたことだ。京都新聞を読んでいると時々、記名入りの記事を見て思い出す時があった。今日も小さな集まりでも出発してから湖岸まで歩き取材をしている姿を見ると地方紙にエールを送りたいと思った。頑張れN記者・・・・

水の姿

2018/01/12

今朝の三井寺への散歩では冬の水の姿、形を楽しめ、写真の題材に困る事は無かった。湖岸サイクリングでは打出浜から見る琵琶湖の蜃気楼現象を見ていると今、読みかけたSF小説、ソラリス(スタニスワフ・レム)に出てくる意識を持った不思議な惑星ソラリスの海の事を思い出してきた。何故、今ソラリスかと言えば、先日、見た映画、惑星、ソラリス(アンドレイ・タルコフスキー)を見てから映画の原作を読みたくなったからだ。映画では描けていない部分を知りたくなったのも理由の一つで、まだ五分の一も読んでいないが、ソラリスの不思議な海の魅力に執りつかれて楽しく読み進んでいるところだ。本の影響のせいか、琵琶湖にも意識があるのではと、琵琶湖の水の表情を見ていると、そんな想いが強くなって来るように感じた。そしてタルコフスキーの水の美しさを捉えた映画ソラリスのシーンが琵琶湖の風景とオーバーラップしてきた。今日も琵琶湖の空気は硬く冷たく冬の表情を見せていた。

硬い空気

2018/01/11

硬い空気と言っても手を振っても硬い感触は伝わってこない、飛行機、それもプロペラ機で飛行する冬場の晴れた日の空気密度が高い時に感じる手ごたえは、今でも思い出す。大津際川に在った小さな飛行場で冬の晴れた日、PA18パイパースーパーカブで単独飛行するとあっと言う間に2000フィート(600メートル)に達すると眼下に広がる青く輝く琵琶湖が見えると鳥になったと感じた時を思い出させてくれる今日の湖岸サイクリングだった。デジカメを最望遠にして琵琶湖大橋を見るとマキノ方面の雪山(赤坂山)らが見え、雪国を思わせる風景となり、スキーを諦めた爺には嬉しい眺めとなった。


今日は野暮用で京の西陣へ・・・其の時の写真が三枚目の風景、違う町も絵になると思った。

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