雀の会話?
2018/01/10
新聞、テレビのニュースで、スポーツ界の不祥事が伝えられている中、湖岸サイクリングで浜大津をから打出浜へ向かう途中、橋の手すりで雀が会話している様に感じ,自転車を止め耳を傍建てて話を聞いた・・・・雀Aが、人間は、速さや、強さを比べ優劣を決めたがるのは何故・・雀B我らは飛ぶ早さを仲間同士で競った事もないし・・・雀C今回は同じ競技の後輩に薬を入れて陥れる行為等は卑劣極まりないが・・・雀A僕の何故には皆、応えられず、驚くばかりだが、最近の人間社会の様子には末世を感じて気の毒に思うし・・・万物、そして霊長類の頂点にいると自負している人間は地球は汚すし、戦争は止めないし本当に悲しくなるよ・・・とそんな会話が聞こえた様に思った。今日も琵琶湖は穏やかで天気予報とは違い快適に自転車を走らせた。
午後は天気予報通り、雨や霙になった。
今日の夕刊(京都新聞)を広げて、二面に楽しい記事を見つけ読んだ。ヒト
、ときどきゴリラ(京大総長、山極寿一)は暗い世相の中で、少し明るさを感じホッとした。其の中で、ゴリラが言葉をしゃべらないことも、平和でいられる理由かもしれない。・・・言葉をもたないゴリラは、五感をゆっくりと作動させながら、静かに体と心を溶け合わせることがでる・・
・・そして最後には、・・・・・もう一度人間は、ゴリラの時間に立ち返って、ともに生きる幸福を取り戻す必要があるのではないだろうか。と結んでいた。
僕は競うことは子供の頃から苦手だった。もちろんオリンピックには余り興味はないが・・・・
ガソリンから電気へ
2018/01/09
コーヒーブレイクに寄ったコメダで新聞を見ていると自動車の殆どが近い将来、ガソリンでは無く電気自動車になり石油産業も大きく変化すると近未来のエネルギー事情が載っていた。僕は車がそんなに進化したとは思っていない、使用する燃料が変わり、AIによる自動運転車になったからといっても車輪が四個、そしてハンドルらは僕が記憶している70年前と然程、基本的な構造は変わっていないのではと身近に目にするものでも考えれば其れほど便利になったと感心するものなど無い、と決め付ける事はできないが今の僕の暮らしでは車は必要ない、そしてパソコンもケイタイも無ければ無いで生活には支障は無いと、何時でもモノは棄てる覚悟はできている、でも強いて言うなら発明されてから基本的構造が変わらず今も社会の中で活躍する自転車は残しておきたいと思った。でも電動自転車は僕には必要ないと、人力で走るから自転車であって電気で補助される電動自転車には生涯乗るつもりは無いと考えているからだ。自動車が電気動力になっても電気を作るエネルギーを得る手段は原発、石油、自然再生エネルギーらが必要では、そんなに驚く事もないと僕は思った。僕が意識した70年(年齢77歳)の間でも驚くような変化を感じるモノには出会わなかったと????其の時、僕の左足に目が、自分の左股関節はインプラントではないか文明を批判している、自分が受けている恩恵は医学の発達のお陰で寝たきりにならずに自転車で走り回れるのは現代文明の成果ではないのか、と思い知らされた。これから先、どれほど便利な社会が訪れても人間は戦争を止めないのだろうかと・・・・本当は便利な社会より戦争の無い社会を造るべきではないのかと便利な社会で考えた。
木炭車を思い出した・・・
2018/01/08
今日は雨、湖岸サイクリングは止めた。午後、雨も少し小止みになり歩いて湖岸へ向かった、久ぶりに浜大津アレックスシネマで時間つぶしをと映画を見た。娯楽映画には拘りはなく、途中からでもとチケット売り場で相談するとキングスマン:ゴールディン・リングが始まって15分だと聞き、直ぐに券を買って入った。映画は日本語吹き替えの荒唐無稽なスパイ?映画で最後まで賑やかな画面が続いて終わった、考える事も無く見れる映画もたまには良いかと思いながら館外へ出た。浜大津駅へ向かう陸橋から雨の夕景を写真に撮っていると、随分と大津も近未来都市になったと走る車を眺めていると、70年前の車の思い出が浮かんで来た。小学生一年生の頃、僕の家は紙函と紙を扱う商売をしていたので取引先がトラックで取りに来る事が暫しあった。其の頃、進駐軍の車は全てガソリン車で軍用車、大型乗用車などは子供達の憧れだった。そんな時代に我が家の前に止まる貨物車所謂トラックは妙な形をしていた、運転席の後方の荷台にドラム缶の様な木炭ガス発生装置なるものがモクモクと白い煙を出している姿には蒸気機関車を想像したのではと今思っている、木炭車は発進するまで時間が架かり、タンクに水を補給、そして木片(割木)を入れ蒸し焼きにして一酸化炭素と水素を可燃ガスに変換する手間の要る作業でやっと出発準備が出来て木炭トラックが荷物を積んで帰ってゆく姿は頼りなくも見えた。そして江若鉄道のガソリンカーも後方か前方に大きな木炭ガス発生装置を付けて、ゆっくりと走っていた木炭カーの姿も少年時代の記憶の中に・・・その映像を浮かべながら近未来都市の様に見える今の風景を見ているとタイムスリップをしてきたのではと不思議な感覚に陥った。道路からの騒音がリアルな時間を知らせてくれると2018年に確かに立っていると確認した。
三枚目の写真はガソリンカー(江若鉄道)木炭カーでは在りません。
琵琶湖周辺の山々が・・・
2018/01/07
三井寺の展望台から見る雄大な琵琶湖の眺めも天気が良いと周辺の山が観測できる、今日は加賀白山は見えないが霊仙山、伊吹山、そして金糞岳と湖西の比良山も白銀に輝いて僕を招いている様に感じた。彼方に見える金糞岳への山スキーではアプローチ途中で崖崩れのため、頂上まで行けなかった悔しい記憶が頭に浮かんでくると少し寂しい気分になった。人工関節では山スキーは無理と思いながら雪山の眺めを楽しんだ。
湖岸では出初式が行われていたが、例年より少し規模が縮小されたのではと思いながら湖岸から放水を見た。
三枚目の写真は噴水と霊仙山です。
航跡?の美しさ
2018/01/06
今日の琵琶湖は美術家杉本博の写真を彷彿させる光景が広がっていた。杉本博の作品は海を長時間露光で撮って表現する作品は一枚の写真の中に記録する時間の長さ分を閉じ込めたもので、僕がデジカメで刹那を撮ったものとは別物であることは充分に承知していると思いながら湖面のミミカイツブリを見ると美しい航跡?を残しながら泳ぐ姿に感心しながらデジカメのシャッターを押した。湖上には観光船ミシガンとビアンカ号が航行している姿を見るがミミカイツブリの様な美しい航跡を確認する事は無く、やはり自然界に暮らす鳥たちの美しさには勝てないと思った。

















