中島省三の湖畔通信

琵琶湖があるだけで・・・

2018/01/05

映像の詩人と言われた、タルコフスキーの映画には何時も美しい水を讃えたシーンがでてきて心が和む、映画のテーマーは水そのものではないかと考えるシーンがタルコフスキーの映画に登場してくる、昨日、見た映画のラストシーンでも家の中、天上から水が流れ落ちているシーンを見て感じた。我らが住む地球は水の惑星と言われ、人間の知る宇宙空間の中では一番美しい星と言われている、そんな素晴らしい星、地球を表した本を過去に読んだ事があった。本の名前、水の惑星(河出書房新社・ライアル・ワトソン)の中で引用した箇所では・・寡の有名なレオナルド・ダ・ヴィンチの言葉で最後を結んでいる其の一部分・・・鏡が映すものの色を帯びるように、水も流れる場所の性質に応じて変わる。かくして汚らしくも、緩やかにも、人を寄せつけなくもなる。・・・そんな言葉を思い出しながら湖畔に佇むと琵琶湖からの声が聞こえてくるのではと耳を澄ませながら水面の彼方を見ると蜃気楼の琵琶湖大橋が見える光景を見ながら此処に琵琶湖があるだけで幸せだと実感した。

惑星ソラリス

2018/01/04

惑星ソラリスと言えばSF映画の名作として、2001年宇宙の旅、と合わせて有名だ。僕の好きなタルコフスキーの作品だがビデオで見たことはあるが、映画館での記憶は無い、タルコフスキーの映画は映画館で見るものと決めていたのだが、2本(アンドレイルブリョフと惑星ソラリス)は見ていないので気になっていたが、みなみ会館で上映されている事を知り今日、出かけた。みなみ会館に入ると大勢の人が狭いロビーに溢れているのに驚いた。未だタルコフスキーの人気が続いていると実感した。去年の夏に読んだ本、タルコフスキー日記、TとUの中でも製作での苦労話が少し載っていた事を思い出した。映画は残念ながらDVD上映で当時のフイルムの雰囲気が感じられないが、大きな画面で見られることで妥協した。映画は静かな音楽でオープニングタイトルが流れ始まった。最初から美しい映像に魅せられ食い入る様に映画の世界へ入っていった。日記にもあった、日本での撮影場所は直ぐに分かった、近未来都市のシーンで東京の高速道路網が描写されていた。1960年後半はソ連は共産主義で映画製作も厳しい制限で自由に出国も出来ない中、東京で撮影するにも予算は限られ監督タルコフスキーも大変だったと思いながら画面を見た。久しぶり大好きなタルコフスキーの映画を見られて大満足だった。映画は1972年製作の165分の長編だが退屈、する事無く最後まで楽しめた。みなみ会館も此の春で閉館に・・・館外へ、そして辺りの光景を確りと脳内記憶した。

湖畔の正月

2018/01/03

お正月で賑わっているのは有名な神社だけと・・・近くの神社も静かな佇まいだ、三井寺も元旦はそれなりの人出もあり少し賑わっていた。今日も琵琶湖岸は静かで訪れる人も少なく湖岸サイクリングも快適に走れた。都会と違い商店街も正月は静寂が支配して、僕の少年時代とは大違いだ、お年玉を握り締め商店街のおもちゃ屋へ向かうと店内は玩具やゲームを買う少年、少女で溢れていた光景は二度と見ることはないと商店街を自転車で通り抜けた。町内を見渡しても子供の姿を見ることは無い・・・子供は風の子と言われていた頃、正月風景と言えば凧揚げが主流で多くの子供達は学校の運動場で凧揚げに興じていた。僕は何をするにも下手くそで凧揚げも所謂,走り凧といって短い糸でせいぜい10メートルぐらい上がった凧は上空には上がらず、走り廻らないと凧は直ぐに地面に落ちるからだ。女の子は羽根突きをしていたと記憶しているが・・・今の子供達はファミコンのゲームに熱中して外へ出ることも無いので冬の寒さも感じなくなり季節感を無くすのでは心配しながら年金爺は今日は二度も琵琶湖岸へと自転車で出かけた。大津、僕の暮らす場所は長等山三井寺の麓で夕暮れは早く済み太陽が沈み行く雄大な光景を楽しむ事は無いが浜大津湖岸に出ると東岸の草津上空の雲が西日を受けて茜色に輝く風景を見ると少し気分が明るくなり、また明日もと気分が少し前向きになった。

地方紙がんばる・・・・

2018/01/02

元旦の京都新聞の一面記事、大きな文字で、不感地帯の安らぎ、が目に飛び込んできた。見出しには、あなたへ届ける,カタチの未来、@スマホ、の記事を読んだ。通信サービス(ケイタイらの電波が届かない地区ら)の受けられない地区を取材したニュースは地方紙ならではの細かい取材で京滋の携帯電話の電波の届かない地域がこんなに在るとは思わなかった。記事を読むと不便な場所に住む利点も感じさせられた。記事の中で、大津市中心部から20キロの不感地帯に住むTさんの言葉が印象に残った、たまに電車に乗ると大半の人がスマホを・・・「目が疲れて大変そう。私は外の景色眺めたい」に僕も同感した。乗り物で移動する時は何時も車窓風景を見ることで現代の世相を感じられるので、僕は何時も外を見るのが好きだ。これから先、社会のシステムは便利さを求めますますAI化されて行くが人間の基本性能がだまって追従して行くのか疑問を感じた。

2018年元旦

2018/01/01

目出度くもなし中くらいの・・・そんな言葉が浮かんでくる2018年の元旦だ。日常と違う事と言えば今朝はパンではなく白味噌仕立ての雑煮を食べる正月の慣わしぐらいかと考えながら雑煮を食べた。昨年から正月飾りも止め、もちろん鏡餅も飾らなくなった。子供時代から正月は好きではなかった、一番楽しみのお年玉を貰う親戚も少なく、厳しかった父は正月は静かに厳かにと・・・其のお陰で騒ぐことも出来なかった正月は生涯好きになる事はなかった。今日も子供時代と気分は変わらないと何時もの三井寺へ散歩に出かけた。三年前から除夜の鐘を撞かずに新年に鐘を撞かせてもらう事に・・・そして今日、三井寺の鐘を撞くとゴオーン・・・そして余韻が響くと自然と気持ちが鎮まった。どうか戦争だけは起こらないようにと鐘に願いを込めた。

明けましておめでとうございます。本年も湖畔通信をよろしく御願いします。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる