中島省三の湖畔通信

穏やかな大晦日

2017/12/31

大晦日の琵琶湖は穏やかで静かな湖面が広がっていた。僕の一年は、一月にはアクシデントに見舞われ、左股関節を骨折、そして手術して人工骨頭に・・・左股関節はサイボーグになった。足を絶えず意識しながらの日々はリハビリと思えば何でもなく過ぎた。病院生活の23日間のお陰で体重は61キロと30代の頃になった。日常生活では病院食の量が基本と考えて毎日の食事を続けることで体重も増えず、概ね健康でいられる事に感謝している状況だ。でも社会は少し病んでいるのかと感じる日々が続いているが戦争にだけはならない様にと願うばかりだ。今夜は除夜の鐘、今年は三井寺の除夜の鐘は・・・行こうか・・・止めようかと思案中だ。そして湖畔通信を読んでいただいた皆様にはお礼を申し上げます。拙い文と写真にお付き合い頂き有難う御座いました。では 来年も宜しくお付き合いの程をよろしく御願いいたします。

長編小説

2017/12/30

昨夜、やっと、充たされざる者(カズオ・イシグロ)の長編小説を読み終えた。こんなに長い小説を読めた自分が不思議に感じた、以前なら絶対に読めなかったと、自分の性格は体を動かさずに、じっとしているのは苦手だった・・・ここ数年で性格が変化したのか、また歳のせいで動きが面倒になってきたのが原因かと・・・でも一日中、家に篭るのは今も苦手だ。では何故と・・・一番の原因は自分の好みの映画が少なくなったのが影響ししたのではと考えた。此処数ヶ月はカズオ・イシグロの作品群を読み続け、最後に読んだ、充たされざる者、は超長編で内容が捕えにくく、まるで迷路に迷い込み方向が分からないかと思えば抜け道で違う場所に向かったりと主人公の天才ピアニストと物語の中で一緒に時間旅をしている気分になり、読み手の自分も疲労困憊して、計画通りに目的に向かう事は最後まで敵う事も無く進む内容の小説も残り三分の一となったあたりから面白くなってくると疲れを忘れ読みきってしまうイシグロの小説の魅力は凄いと改めて思った。小説を読み終わっても明るくもなれないし、人生は計画通りには行かず、何時も邪魔が入り在らぬ方向にすすむ人生を楽しむか苦しむかは己自信と・・・ならば暗闇になろうとも少しでも薄明かりが見える場所を探して進む希望ぐらいは感じられる味わい深い内容の小説を又、読みたいと次回作の発表が待ち遠しくなってきた。



気配を消す

2017/12/29

今年も後わずかとなった、別に年が変わるだけの事と慌てる事もないと今日も湖岸サイクリングをした。由美浜湖岸では新春マラソンの看板が準備されていた。湖畔を見てもシラサギの姿も無く水鳥だけでは写真にならないと諦め、辺りを見回すと緑地帯に鴨が餌?を啄ばんでいる姿が見え少し近付くも平気の様子、デジカメを出して数枚撮った。自動車等の騒音で人の気配を感じられないのではと暫らく鴨を眺めた。におの浜湖岸ではムクドリが樹皮を突いている姿を見かけ写真を撮ろうと一メートル近付いても逃げずに、もしかしたら僕の気配を感じないのではと思いながらデジカメのシャッターを押した。そして数年前に見た韓国映画、空蝉、の主人公が気配を消す達人で他人の家に忍び込み堂堂と暮らす姿を少し思い出しながら野生動物を撮影するのは大変難しいが自分の気配を消せる術を身につければ簡単に撮影できるのではと思った。そして三井寺のアオサギ君の事を思い出し、近付いても逃げないのは僕が気配を消しているからか、と少し考えるだけで楽しくなってきた。

本当の貧乏とは・・・

2017/12/28

昨日、休む前に何故かウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカさんの言葉を思い出した。以前読んだ、世界でもっとも貧しい大統領 ホセ・ムヒカの言葉の中で、ムヒカさんは私は貧乏でない。質素なだけです。そして貧乏とは欲が多すぎて満足できない人のことです。の言葉を思い出しながら、12月25日の京都新聞第一面に「空母艦載機」導入を検討の記事が目に留まった。自衛艦いづも(ヘリ搭載艦)をF35Bの使用に耐えるように改造して空母化することが検討段階に入ったと言った内容の記事を読んだことでムヒカさんの言葉が頭に浮かんだ。此の国(日本)の政治家はムヒカさんの言葉を借りると本当の貧乏を再現して、次から次えとモノ(兵器)を欲しがりアメリカから高い買い物をして軍備増強する一方、社会的弱者に対しては生活保護費の削減を進めている事実はどう考えても不条理な事だ。そして重大な過ちの過去を記憶せず、軍備に勤しむ政権は又、大変な過ちを犯すのではと不安になるばかりだ。此のままでは本当の貧乏国に近付いているのではと怖さを感じると昨夜は眠りに付くのが遅くなった。

我が町叙景

2017/12/27

今年も後・・・と言っても時間は続いて行くのだからと年賀状を書きながら別に慌てなくても良いのではと思った。今朝の三井寺の境内も訪れる人も無く静かな佇まいの中を歩いた。冬の境内は明るく感じ木の葉が繫る夏よりも爽快感があるのは空が見えるからと思った。展望台から眺める風景も色彩が無く、あえてカラーで撮る事も無いとデジカメをモノクロにして我が町を撮った。モニターで確認、改めて見るとマンションが増え大津宿の面影は既に消えていると、風景条例などは無用と感じた。

パソコンに写真をアップしているとコンパクトデジカメのレンズ性能の悪さを実感しながら画面を見て、もう少し良いコンパクトデジカメが欲しいと思ったが・・・・ユリカモメを見て彼らはミニマリストで何も持たない姿に憧れた。

TOPページ前ページ次ページ

-Topics Board-Skin by Web Studio Ciel- 管理

× 閉じる