中島省三の湖畔通信

晩秋の琵琶湖

2017/11/12

琵琶湖の秋と言っても僕が自転車で何時も走っている南湖、しかも人工化された大津市の湖岸で限られた場所から琵琶湖を見ているだけ、でも空を飛んでいた事もあり琵琶湖を全体的に捕える事が出来、北湖、奥琵琶湖の秋を想像しながら今日も琵琶湖の彼方を見た。お天気は冬型、でも琵琶湖は穏やかな様相だ。浜大津湖岸から湖上を見ると休日とあってバス釣りの船が多く見られた。もちろん湖岸でもバス釣りの人達が釣り糸を垂れている湖岸を走ったがブラックバスを釣り上げた人を見る事は無かった。におの浜では楽器を持った学生が湖に向かって練習していた。浜大津沖ではバス釣りのボートが多く見られたが打出浜、におの浜の沖合いではバスが釣れないのか湖上には船影は見えなかった。そして湖岸に植えられている楓やケヤキの黄葉は落ち葉の絨緞となり晩秋の眺めとなった。デジカメを握る手に少し寒さを感じながら琵琶湖の観光シーズンは終わったのかと思った。

お天気は冬型

2017/11/11

お天気は冬型と言っても湖岸サイクリングで走る浜大津からにおの浜、そして膳所公園までは風の影響も受ける事無く着いた。膳所公園の湖畔も水位が下がり少し琵琶湖が小さくなったのではと写真を撮りながら思った。膳所の小さな港に繋がれた貸しボート(釣り船)の位置も低くなった。由美浜サンシャインビーチも元の広さに戻った。大津方向へ向かうと急に風が強くなり自転車のギアーを落として漕ぐもマラソン人には追いつけそうもない何時もなら直ぐに追い越し抜き去るのだがと思いながらペダルを漕いだ。におの浜のホテル桟橋には強風の為、此の桟橋に来る観光船は運休とあった、でも先日の風は今日以上の荒れ方とだったのに運行していたのはと少し疑問を感じながら湖岸を走った。時折、強く吹きつける北西風にハンドルを取られないよう気をつけて自転車を進めながら風の来る方向の原発の事を考えた、高浜原発に続き大飯原発も再稼働することが決まり準備に入っている、此れから先、我が国は少子化が進み生活に必要な電気は水力、自然エネルギー発電、火力で充分でないのかと、そして一度、原発が事故を起せばどれ程の被害が発生するか福島原発事故で経験したのではと、そして懲りない此の国の政治家たちは安全で安心できる暮らしの事を本当に考えているのだろうかと白波の立ち始めた琵琶湖を見ながら自転車を走らせた。

青空の月

2017/11/10

三井寺への散歩へ向かう途中、長等小学校グランドの銀杏を見上げると青空の中に月が見えた。黄色く染まった銀杏の小枝で落とせるのではないかと余りにも近くに感じる楕円型の月をみながら、其の月は今しがたバットで打たれたソフトボールが衝撃で歪みながら飛んで行く様にも見え楽しくなった。今日はラッキーと朝から明るい気分になった。月と言えば、かぐや姫物語を思い出して来る、昔の人も意外と地球と月は近い距離で行き来できる様に想像して、物語を作ったのだろうかと考えた。そして無重力空間に浮かぶ月と地球、全宇宙に存在する星たちには重力があるのは何故と
考えるだけで僕には分かるはずがないと苦笑しながら青空の月を見た、そしてデジカメで撮った、僕に出来る事はここまでと呟き、三井寺へと歩き始めた。

疎水通船新型

2017/11/09

今朝の散歩で鹿関橋より疎水を見ると来春から本格的に始まる大津、京都間の通船に使用される新型船が見られた。試験運行で使用された船より大きくなり乗客が12人となったとネットの情報で知ったが実際に見ると想像していたより小さく観光船としての華やかさに欠けると思いながら通船の訓練風景を写真に撮った。ネットの情報では年間80日の営業を目指しているとあったが、トンネル付近の乗り場からでは肝心の大津側の桜の眺めを見る間もなくトンネルに入ってしまうのではもったいないと桜紅葉の散った疏水を眺めた。

便利な事は・・・・

2017/11/08

天気予報では曇りと言っていたが午前中は小雨が降っていた。午後、空は暗く見えるが雨は止んでいる、雨具を持って湖岸サイクリングへと向かった。打出浜から見る久しぶりの重く暗い琵琶湖を見ているとアンゲロプロスの映画を思い出してきた。霧に包まれたギリシャの風景は暗い時代を生きる人達の物語だ、そして読み終えた小説、忘れられた巨人(カズオ・イシグロ)も霧と人の物語ではと思った。暗く静かな琵琶湖の風景を見ていると心が鎮まり、ものを考えるには最高の時間と静寂な眺めを楽しみながら写真を撮った。デジカメを操作しながらフイルム時代を思い返した、デジカメならボタン操作で、カラーからモノクロームへと簡単に切り替え一台のカメラで両方の写真が撮れ、カメラを二台持つ必要もない、便利な時代を時折、批判している自分に少し後ろめたさを感じながらデジカメのシャッターを押した。便利?なケイタイも怪我をしてから何時ももっている、以前なら電車に乗る時は切符を毎回、買って乗車していたが、ICOCAを買ってから便利さに浸っていたが、自分の不手際でチャージした直後に落としてしまい、便利な事にはリスクがある事を改めて思い知らされた。それ以後、はICOCAは買っていない、最近、足下の便利さを考えると、それほど便利になったんだろうかと疑問に感じている、町中を見ても自動化さたものを見ていると電気が止まれば大混乱に陥ることを想定しているのかと心配になる、車も自動運転の時代へと進んで行くと弊害も多くあるのではと心配になってきた。そして何十年も前に見た、映画、チャップリンのモダンタイムス、で繰り広げられる便利さの滑稽なシーンを思い出し、少し可笑しさが・・・でも実際にそんな時代になれば事故が起これば笑って済ませるわけには行かないと、そんな時代が迫る中、自分に出来る事は押し付けられる便利さを拒む事も必要と考えた。

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