中島省三の湖畔通信

百日紅

2017/07/27

浜大津港公園の百日紅の花に気づき自転車を止め、写真を撮った。青空なら赤い花が似合うのだが、今日は曇天、辺りを見回すと白い百日紅の花が目に留まり近付いてデジカメで撮ると桜の花の様に見え、白い花を愛でながらビールでも飲みながら夏のお花見も良いのでと考えた。そして花を見ていると映画、百日紅(アニメ映画、原作杉浦日向子)を思い出した、有名な葛飾北斎の娘,お栄が活躍する楽しめる内容だったと記憶している、お栄さんが描いた江戸吉原の夜景の浮世絵は僕はパソコンでしか見ていないが素晴らしい絵で北斎にも劣らない絵師だったと思った。もう一度、お栄さんのイメージで青空の下、赤い百日紅の花を撮りたいと思いながら湖岸を自転車で走った。


湖岸の設えは花火大会の有料桝席と今日、分かった、お金を払えば何でも有利に・・・貧富の差は広がるばかりと少し考えた。

手段と目的

2017/07/26

先日に読んだ、すべての雑貨、の中でサン=テグジュペリの星の王子様の事に触れて、人間の大地(サン=テグジュペリ)の内容の素晴らしさが記してあり、其の時から気になり先日、文庫本を買って読んでいる、操縦士で作家のサン=テグジュペリならではの飛行経験を生かした内容にハラハラどきどきしながら読み続けている、小説の中でテグジュペリが飛行機は目的ではなく手段として書き下ろしている箇所に、凄く共感した、何故なら僕も飛行機を操縦していたから、でも僕は最初は飛行機を操縦するのが主目的だったが、今にして考えると航空撮影をするのが主目的で飛行機はあくまで手段だったと51年間を振り返っている、そして琵琶湖の開発される前の写真を空から撮れた事には充実感を感じているが、もしかして琵琶湖が僕に美しかった琵琶湖を写真に撮らせたのだと最近、僕はそう考えている、飛行機の操縦を始めた頃は僕の頭には飛行機の事しかなかったとそんな僕が主目的の飛行機から琵琶湖の空撮へと目的を変える能力など持ち合わせないと考えた。素晴らしい小説、人間の大地、飛行機の操縦を始めた時に読んでいれば、もっと奥の深い飛行機の世界に入り込めたのではと後悔しながら今日も、人間の大地、を読み進めた。


三井寺の展望台から見る沖島は陸地の標高の低い山の様に見え、もし長等山が標高千メートルあれば沖島は琵琶湖の中に浮かんで見えると思った。

夏の鈍色

2017/07/25

夏の鈍色の琵琶湖は気だるさが漂い、少し疲れているようにも見えた。湖岸に佇んで北方を見ると再稼動された高浜原発の事を考えてしまう、国会中継で交わされる質疑の応答で、与党側は記憶にありません、憶えていません、そんな記録は存在しませんと無責任な答えばかりで、やがて時間が経てば福島原発事故も記憶に無かった事になるのかと未来の国会中継を想像して空しくなった。花火大会が近付き湖岸では準備が進んで彼方此方にフェンスが出来、琵琶湖の景観を台無しにしている、一昔前はフェンスなど無く、そして有料席も無く、花火見物はもっと大らかだったと思いながら湖面を見ると今年は藻が少ない事に気づいた。何時も此の時期は藻の異常繁殖で大きな藻群が見られ異臭がするのだが今年は綺麗な湖面に花火が映る光景はさぞ美しい事と思った。湖岸では除草作業が進み、におの浜のカラスウリの花は雑草と一緒に刈り取られ情緒のない湖岸が広がっている風景を少し寂しさを感じながら写真に撮った。

土用餅

2017/07/24

土用の丑の日では鰻を食すことは昔からの慣わしで今も此の時期、鰻は夏バテ防止として食されているが、土用餅所謂あんころもち、も土用の入りで食されるようになった歴史は鰻より古いとネット検索でも記してあり関西、特に京都を中心に土用の入りに、あんころ(土用餅)、を食す行事が今も残っていて、今日、湖岸サイクリングの帰りに商店街に寄ると、あんころ、そして小さく土用の入りと書いた盾看板が菓子屋(光風堂)の前に出ていた。僕の少年時代は饅頭屋が多く土用の入りには各店が土用餅を多く販売していたが最近では土用餅を売る店は少なくなった。先日、菓子屋の店主は土用餅が売れなくなった理由は海の日が祭日に決まった年が境目で最近は余り売れなくなったと語っていた事を思い出し、廃れ行く土用の入りの行事が此の町で続くようにと、土用餅を買った。そして父の時代、従業員に土用餅を土用に入ると振舞っていた事が懐かしく思い出された。商店街を行くと魚屋より鰻を焼く良い匂いがしてきた、そして友人と出かけた津(三重県)の鰻屋を思いだしてきた機会あれば津まで鰻を食しに出かけたいと思った。

釣り大会に想う

2017/07/23

三井寺の展望台から曇り空の琵琶湖を眺めていると祖母の言葉が思い出されてきた、此の時期、朝は雲っていても晴れる事が多い、其の事を土用の朝曇とよく言っていた、今日もそんな日になった。何時もの湖岸サイクリングで浜大津港に来ると、外来魚の釣り大会で賑わっていた。主催はJAバンクと旗で分かった、そして夏休みに入っての最初の日曜日とあって僕が見た釣り大会では最高の人出とかと感じた。湖岸は浜大津港から文化館まで親子連れの釣り姿で埋め尽くされている風景を見ながら、僕の少年時代の釣りを想い出した、何時も近所の友達と疎水の入り口、三保が崎へ向かう前に、疎水近くの釣具店で簡単な竹竿と釣具一式(糸,うき、針、虫)を買ってから釣り場へが常だった。僕は魚釣りは特に下手で何時もボテ(タナゴ)しか釣れなかった、友達の登ちゃんは上手くてモロコらを時々、釣り上げていた。釣れたボテを持って帰ると祖母が近くの農家の鶏の餌にと持って出かけた記憶があるが、僕の釣った魚を家では食した事はなかった。今日の釣り大会で釣れた外来魚(ブルーギルが主体)は殺処分される運命だ、ブルーギルの扱われ方は僕の子供の頃のボテ雑魚と同じかと、考えるが少し違うと考えた、ボテ雑魚らを駆除とも言わなかったし無駄にもしなかった、そして釣り大会なども開かれなかった、釣りは個人の遊びと思っていて、まして企業が企画する釣り大会で外来魚を駆除が主では遊びとしての趣が無いのではと思った。琵琶湖に住む外来魚を思い込みで悪者扱いするのだけは止めにしたいと思った。

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