中島省三の湖畔通信

読書の秋

2017/09/25

秋になったからといって読書を強要された訳ではないが、最近、見たい映画も無く一月以上映画を見に出かけていない、ただ見たい映画が上映されていないお陰で以前に買って積んどくだけの本を読む機会が出来た。まず目に付いたのは僕の大好きな映画作家アンドレイ・タルコフスキーの本、タルコフスキー日記(キネマ旬報社1991年)を十日前から読み始めた、まだソビエト連邦の頃、国内ではなかなか評価が得られず、映画製作も侭ならずストカーを製作後、イタリアで制作活動を、そして映画,ノスタルジアを完成、その後サクリファイス(1986年)を完成後、パリにて死去するまでの日記を読み終えた。作家の苦悩する日常が語られる日記を読むと制作過程や其れを取り巻く人間模様と国家権力の執拗さが押し寄せる中、凄い映画を作るタルコフスキーは天才と思った。今、続けてタルコフスキー日記�Uを読んでいるが、もう一度、ノスタルジア、ストカー、鏡、の三本の映画作品をフイルム上映で見てみたいと思うが、最近の映画事情では無理と分かり残念なことだがと諦めた。タルコフスキーの作る映画はストーリーよりもイメージで捉え自分の心の中で見る映画だと僕個人はそう思っていて、タルコフスキーの映画はタルコフスキーが独特の世界観で捉えた映像が素晴らしく今も僕の心にあり時々残像として思い浮かんでくる、彼が最後に制作した作品サクリファイスは今の世界の在り様を映し出している此れがタルコフスキーが人類に宛てたメッセージではないのかと思た。

膳所湖畔

2017/09/24

今日は少し足を伸ばし膳所公園までサイクリングした。公園の湖畔では駆除された筈のオオバナミズキンバイが少し見かけられた、やはり特定外来植物に指定される事はあると感心した?そして改めて生命力の強さに驚いた。入り江の水面は水草で覆われているが此処でも外来種ミシシッピーアカミミガメの甲羅が水草の水面の彼方此方で見られ数も多いと想像できた。帰路湖岸に架かる歩行者専用橋の上から湖上を見るとシラサギがスローフライトで水面に嘴を突っ込んでいたホーバーリング出来ないシラサギが何時からこんな技を会得したのかと考えた。そして以前に読んだ小説カモメのジョナサンの様に飛行術を学び技量を上げ飛行能力を増し進化したシラサギではと自分勝手に想像した。新しい事に挑戦するのは人間だけではないと、地球上で生物の頂点に立っていると勘違いしている人類はもう一度、進化の過程を反省しなければと、そして温暖化が留まらない地球の環境を真剣に考え人類の英知をもって地球温暖化にチャレンジするべきと思いながら優美な飛行をするシラサギにエールを送りながらデジカメのシャッターを押した。

お彼岸中日

2017/09/23

今日は彼岸中日、毎日の散歩でお参りする三井寺の観音堂にも幕が張られて柱には彼岸中日法要と書かれていた。帰宅後、パソコンで彼岸を見ると意外と知らないことも多かった、お墓参りは春のお彼岸と秋のお彼岸には参る事にしていて昨日にお墓参りを済ませた。子供の頃、祖母に連れられてお彼岸には参った事を記憶している、そして家では祖母が作った牡丹餅を食したことが懐かしく思い出されてきた。パソコンには春は牡丹の花が咲くことから牡丹餅と、そして秋は萩の花が咲くからお萩と、牡丹餅は粒餡、で、おはぎは漉し餡と記してあったが今日、食したお萩は粒餡だった。そして我らが暮らす方を、し岸、そしてご先祖様が暮らすのは彼岸と・・・僕も今年で77歳を越えた父よりも随分と長生きをさせてもらった、後は彼岸への旅たちが僕の旅行かと考えたが此ればかりは何時、旅たつのか分からないから予定も立てられないから良いのだと、そして出来るだけ物は買わないようにしようとおもった。残る人生、ミニマリスト的な暮らしができればと、まだ少し物欲のある自分を反省した。

国連での演説

2017/09/22

テレビや新聞でアメリカ大統領の演説、そして我が国の首相の演説、では北朝鮮への制裁処置を高圧的な発言で聞いていても内容は攻撃的に感じた此れでは北朝鮮の政権は余計に態度を硬化させるだけと政治には素人の僕でも分かった。演説と言えば、2012年6月にブラジルのリオ・デ・ジャネイロで行われた国連の『持続可能な開発会議」リオ会議で188カ国が参加した会場で一番最後にウルグアイの大統領ホセ・ムヒカさんの有名な演説を思い出してきた。人を傷つける事無く優しさの眼差しで地球上に暮らす全ての人へのメッセージは今も語り継がれていて素晴らしいもので愛に溢れた演説だった。演説とは人の心に届かなければただのアジテーションではと思った。何をするか分からない国と一方的な思い込みでは対話が出来ないのではと心配になってきた、どうか短慮な考えで戦争にだけは向かわないでと祈るしかないと思った。こんな最中に国会を解散して選挙などしているどころではないと普通の人はそう思っているのではと考えた。そして僕は今日、もう一度、元ウルグアイ大統領ホセ・ムヒカさんの演説を記した本を読んで心を鎮めようと思った。


天気の移り変わりが早くなった・・・秋が来たと思った。

予期せぬ出会い

2017/09/21

予期せぬ出会いと言ってもタマムシの事だ。今年もタマムシを見ることは無いのかと考えながら三井寺の境内の榎を見上げる日が続き夏は過ぎた、そして昨日の午後、三井寺の茶房ながら亭へ向かう途中、鹿関橋近くの路上でタマムシを発見した。まさかアスファルトの路上で見かけるとは思ってもいなかった、急いでデジカメを出し数枚、撮り終えてからタマムシを手で拾い上げて帽子の中へ入れ茶房へ急いだ。茶房に着くとタマムシが逃げないように襖や戸を閉めてもらってからタマムシを帽子から出した。テーブルの上を元気良く歩くタマムシは飛ぶ事も無くゆっくりと写真が撮れた。店員のUさん,Nさんらも一緒に暫しタマムシを観賞した。その後、タマムシは桜の幹に離すと上へ上へと歩み姿を消した。その後、コーヒーを飲みながらタマムシに出会えた余韻を楽しんでいる時、何故か詩人坂村真民さんの誌、念ずれば花ひらく、を思い出してきた、坂村真民さんには一度会った事があり、とても優しく温かい人だなと感じた、其の時、坂村さんは自慢できることが一つあると、それは毎朝、鳥よりも早く起き、川で禊ぎをすることを何十年と続けている事ですと話された、その折に頂いた色紙には念ずれば花ひらくと、書かれた色紙は今も僕の部屋にある、タマムシのことは何時も念じていた訳ではないが、タマムシが見られたら良いなと思っていたことで予期せぬ出会いに繋がったと考えた。


タマムシの美しさを伝えるのは言葉よりも写真でと路上、室内、屋外へと写真は全てタマムシで・・・

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