出会いの楽しさ
2017/08/21
モノに出会う楽しさは格別と・・・今朝は散歩では三井寺の境内で久ぶりに亀に出会った、以前なら亀を捕えて千団子さんの池に放すのが通例だったが、亀にも自由があるのではと見過ごす事にしているが今日の亀は甲羅が光っていて綺麗に見えたので写真に撮った。亀は参道を悠然と東へ進んで行った。金堂前の蓮池へ寄ると蓮の実が美味しそうに見え此れも写真に撮った。そして池面を見ると鯉が口をパクパクさせ餌を待っている、餌箱に小銭を入れ、餌を池にまくと水面は鯉、鯉の餌の取り合いを見て僕は鯉にはなりたくないと思った。
湖岸サイクリングではアオサギ君に会った。カメラを持って近付いても逃げないので件のアオサギ君ではと親しみを感じながら写真に撮った。
パソコンに写真をアップしていると撮っている時は気づかないが亀もイシガメでなくクサカメと分かった。クサカメは江戸時代に日本に渡って来た外来種と知った。そしてアオサギの写真を見て、ペリカン目だと感じる嘴を見て納得した。そして蓮の実をグウグルと栄養価の高い実と分かり、池に零れた実は鯉が食べるのかと少し考えてパソコンを閉じた。
びわこペーロン大会
2017/08/20
昨日はドラゴンボート大会が本日はびわこペーロン2017大会が膳所由美浜サンシャインビーチで開催され賑わっている風景を写真に撮るべく湖岸サイクリングを兼ねて出かけた。夏の琵琶湖の風物詩となったペーロン大会には企業上げての参加も目立ち会場には企業名を記した旗が風に靡いていた。太鼓に合わせて漕ぎ手がパドルをリズミカルに動かすとペーロンは湖上を滑るようにゴールをめざす風景を写真に撮った。帰り際、パドルを見るとデザインを凝らし美術品の様に美しいと感心しながら写真に撮らせてもらった。
パソコンに写真をアップしていると小さな疑問が・・・直ぐにグウグルとペーロンは歴史が古く長崎地方では17世紀に始められたと在りレガッタやボートよりも歴史がある事を知った。せめて琵琶湖なら丸子舟のレースをやって欲しいと思った。
晴れた日のデモ
2017/08/19
夏空の下、脱原発 市民ウォークin滋賀に参加した。デモと言っても20人がJR膳所駅から関電滋賀本社、そして湖岸まで歩いた。僕は今日もただ黙って歩いた、それだけのこと・・・・歩きながら考えた事は又、我が国が本土をミサイルから守るためとアメリカから高額な防衛システムを新たに購入するという、また矛盾の故事を思い出した絶対的な武器などこの世に存在しない事は分かっているのに・・・限られた予算はもっと有効に福祉や教育、社会保障に使い実のある国へ向かうのが正常ではないのかと思いながら夏空の下を湖岸まで歩いた。
雷鳴
2017/08/18
早朝の雷鳴も強くなければ夏の風物詩と聞き流しながらうつうつとした。三井寺への散歩時には雨も上がり蝉時雨を聞きながら境内を散歩した。件のアオサギ君も此処最近見かける事が無く寂しく花の無い蓮池を見た。
湖岸サイクリングも水分の多い空気を重く感じながらペダルを踏んだ。湖岸から見る琵琶湖大橋近辺は風があるのかヨットが見られデジカメで撮った。今年は去年の様に藻が異常繁殖していないせいか異臭も無く快適に湖岸を走れることに感謝した。
午後三時を過ぎると青空が広がり、家に居るよりはと久ぶりにロードバイクを出して湖岸に向かったと言うのは先日、テレビから認知症の予防法が流れていた、其の中で行動パターンが広い方が認知症を発生しにくい言っていた事もあり行動に移したしだいだ、浜大津の一本木コロッセオ公園に来ると夏雲が美しく広がる夏の風景が見られた。写真を撮っていると何処からか名前を呼ばれているのに気がつくと遠くで若い女性が手を振っている、良く見ると三井寺、ながら亭の従業員Nさんと分かり近付くと今日は休みで友達とインスタグラムの写真を撮っていたところで其の写真を見せてもらうと今、流行のインスタグラム的写真が公園を背景に美味しそうに写っていた。風景の中に浮かぶソーダー水はファンタジックな映画の画面を見ている様に感じ年金爺にはとても撮れないと思った。彼女たちは閉店の近いパルコに向かった。僕は夏雲の広がる風景を撮り続けた。
サマショール
2017/08/17
サマーショールでなくサマショールはウクライナ語で立入り禁止区域を表す言葉だが今日,読んだ朝日新聞のコラムには自発的な帰還者としてチェルノブイリの原発事故後のウクライナの話が載っていた。禁止区域で暮らすサマショール(自発的な帰還者)は高齢で亡くなる人も多くその後、大地が無人に還って行き荒涼とした風景が広がっているだけと結んでいた。今世界情勢は一歩間違えば核戦争の危機にあると考えると不安が募るばかりだ。原発事故で失われた大地よりも核戦争が起きれば広大な大地が無人となり荒涼とした核戦争後の世界が広がる風景はSF映画で想像できる、どうか北朝鮮、アメリカの短慮な判断で過ちだけは絶対に避けてもらわねば人類存亡の危機と、一刻も早く話し合いで平和解決してほしいと一般市民は祈るばかりだ。

















