亀にも事情が・・・
2017/05/22
千団子祭りは昨日、好天の中に終った。千団子さんと言えば僕ら地元の子供達は池の亀と亀島は子供の頃から見慣れて育った。でも最近では亀が不足していて祭りの亀の放生で使う亀が近年不足して困っていると三井寺の僧に聞いた事があり、気になって放生会の現場に立ち寄ると亀の放生の看板の横に鯉の放生の看板が目に付いた。三井寺の亀は殆どがイシガメで朝の散歩中に境内でよく見かけ最初は池に返していたが,亀が山中で産卵する事を知り、其れからは無視して通り過ぎた。でも最近は境内で亀が歩いているのを見かけたことが無い、そして以前に三井寺の僧Bさんに聞いた事を思いだした、山中で産卵してもイノシシやタヌキ、キツネらに食されてしまい以前の様に亀が育ったなくなったと言っていたことを、祭りの放生会の様子を近付いて亀を見るとイシガメではなくクサガメだった。まさかミシシッピーアカミミガメではない事をいのった。お祭りは昔の垢や塵、そしてシミまでも消しながら小奇麗になって行くのかと少し昔のどろどろと色んなものが交じり合う昔のお祭りが懐かしく想い出された。
邪魔者は消せ
2017/05/21
島根県でのコウノトリ誤射は昨日、友人のメールで知った、友人はコウノトリをシラサギと間違え撃った猟友会の人に怒るのではなくシラサギを撃っても良いという社会に怒っているのだと思った。ネットで其のニュースを読むと島根県は猟友会に依頼して増えすぎたシラサギを駆除をしている時に雛を育てる雌のコウノトリを誤って撃ったとニュースは伝えていた。猟をする人がコウノトリとシラサギの区別もわからずに猟銃を持つ事にも疑問を感じた。そしてシラサギなら殺しても良いと言う身勝手な人間第一主義、現在流行りの人間ファーストの横行が社会に蔓延していると思った。
湖岸サイクリングでは多くの釣り人を見かけた。におの浜ではカブスカウトの野外活動で外来魚釣りが行われていた。最近、滋賀県では外来魚の釣り名人の検定?らで釣り客に直一掃の外来魚駆除に駆り立て琵琶湖の外来魚を撲滅へ協力を要請している様に感じた。そして滋賀県で以前にもカワウの繁殖した竹生島で駆除作業が行わている時にネットでカワウの歴史を見ると琵琶湖では自然に増減を繰り返していた様でカワウも木が枯れてしまうと他の場所へ移動して活動していたが、開発で自然が消え人間ファーストでカワウの暮らす森や川辺が無くなった事が一番の原因と分かっている、島根のシラサギも気の毒なことと、そして湖岸にはブルーギルの稚魚が無残にも撃ち捨てられている様子を見て古い映画のタイトル、邪魔者は消せを思い出してきが映画の内容は思い出せなかったが邪魔者が無くなった社会は危険ではと思った。
千団子まつり
2017/05/20
三井寺の千団子まつり、は何時もなら第二、土、日曜日に行われるのが今年は第三週になった。以前、祭日は五月十六、十七日と十八日がプラスされて曜日に関係なく行われていた。何時もの散歩では静かな境内が祭りで賑わっていた。お祭りの印象が昔とは違い小奇麗に整頓されて、古来からのお祭りとは雰囲気が違い、明るく清潔になった分、カオス的な部分が抜け落ちてしまい、祭り特有の隠微さを感じられなくなった、お祭りに少し違和感を持ちながら善神堂にお参りをした。境内はイベントが多くあり、和太鼓が鳴り響く中、露店が並ぶ境内を歩くと僕の脳裏には多くの人で賑わう境内と見世物小屋の呼び込みの声が聞こえると昔のお祭りの臭いが顔の前を通り過ぎた。
不揃いな漕ぎ手たち?
2017/05/19
本日も晴天、自転車で湖岸を走った。浜大津港ではカッターの様な手漕ぎボートを見た。不揃いな漕ぎ手たちのせいで港内をぎこちなく迷走している様を見て安倍政権を想像した。ボートは漕ぎ手が拙くても社会には影響ないが政治の迷走は社会全体に与える影響が大きすぎるから大問題と、安倍丸は強引だ幾ら漕ぎ手が下手でも船長の独断で障害物を蹴散らし進んで行くのだからと、此れから先、此の国はと考えても先が見えないと晴れの日の琵琶湖を見て溜息が出た。心なしか今日は好天にも関わらず自転車のペダルを踏む足に力が入らなかった。膳所由美浜サンシャインビーチでは珍しく投網で漁をする人を見かけ、近付いて見ると網には稚アユがと良く見ると5センチ以上になった鮎を網から外している人に聞くと、一回網を投げると数十匹は獲れると話してくれた。浜を見渡すと小さな漁船が在りプロの漁師と直ぐに分かった。そして少し離れた処から漁の様子を見ようとデジカメを出した、その人が浜辺を歩く姿に漁師の雰囲気を感じシャッターを押した。そして最近のカメラ事情では肖像権らの問題も多く発生しているので後ろ姿なら問題ないと判断して撮影したが、後ろ姿でも写真を撮っても良いか聞くべきだったと反省しながら由美浜を後にした。
五月の山
2017/05/18
今日も晴天、青空を見ると飛行機を操縦したくなってきた、空撮をするには最高のお天気と思いながら三井寺へ散歩に出かけた。椎の花粉も最盛期が済み混じりモノの無い空気は格別美味しく久ぶりに展望台で深呼吸をした。長等山から比叡山にかけて連なる山容は今が一番美しい時と思いながらデジカメデで五月の山を撮った。帰宅後、直ぐに自転車を出し湖岸へ向かった、お天気が良いと家に居るのがもったいないと爽やかな風を受けて湖岸を走った。におの浜の湖岸から琵琶湖を見ると北の山々が見え、視程は30キロ以上あると・・・、そしてその山の向こうには福井若狭の原発群が在り、其の中の高浜原発4号機が昨日、再稼動した事を考えた。関電は電気料金を値下げと、僕は危険な原発で造られる電気は要らないと関電から大阪ガスへと変えたが、でも其の電気も何処から来るのか判らないと考えると出来るだけ電力を使用しない生活へとシフトしなければと思った。帰宅後、京都新聞夕刊を開くと、もんじゅ廃炉遅れも、の見出しが目につき読んだ。長く停止していた事で模擬燃料にさびポンプ不都合恐れ、とそして核燃料搬出に難題と記事は現況を伝えていた。もんじゅ、と言えば国家予算、税金を一兆円も使い、なんら役にも立たずに、其の上、廃炉費用にも莫大な税金が投入される、こんな失態にも誰も責任を取らない国の体質は此れからも続いて行き、今後、もし原発事故が起こっても責任を取ることは出来ないとおもうと恐ろしさが募るばかりだ。今日見た美しい山や湖の風景を思い出しても心は鎮まることは無く怒りが増すばかりだ。

















