五月の山
2017/05/18
今日も晴天、青空を見ると飛行機を操縦したくなってきた、空撮をするには最高のお天気と思いながら三井寺へ散歩に出かけた。椎の花粉も最盛期が済み混じりモノの無い空気は格別美味しく久ぶりに展望台で深呼吸をした。長等山から比叡山にかけて連なる山容は今が一番美しい時と思いながらデジカメデで五月の山を撮った。帰宅後、直ぐに自転車を出し湖岸へ向かった、お天気が良いと家に居るのがもったいないと爽やかな風を受けて湖岸を走った。におの浜の湖岸から琵琶湖を見ると北の山々が見え、視程は30キロ以上あると・・・、そしてその山の向こうには福井若狭の原発群が在り、其の中の高浜原発4号機が昨日、再稼動した事を考えた。関電は電気料金を値下げと、僕は危険な原発で造られる電気は要らないと関電から大阪ガスへと変えたが、でも其の電気も何処から来るのか判らないと考えると出来るだけ電力を使用しない生活へとシフトしなければと思った。帰宅後、京都新聞夕刊を開くと、もんじゅ廃炉遅れも、の見出しが目につき読んだ。長く停止していた事で模擬燃料にさびポンプ不都合恐れ、とそして核燃料搬出に難題と記事は現況を伝えていた。もんじゅ、と言えば国家予算、税金を一兆円も使い、なんら役にも立たずに、其の上、廃炉費用にも莫大な税金が投入される、こんな失態にも誰も責任を取らない国の体質は此れからも続いて行き、今後、もし原発事故が起こっても責任を取ることは出来ないとおもうと恐ろしさが募るばかりだ。今日見た美しい山や湖の風景を思い出しても心は鎮まることは無く怒りが増すばかりだ。
便利な事はよい事か・・・
2017/05/17
今朝の散歩は清清しい空気を吸いながら三井寺の展望台へ一気に上った。久しぶりの快晴で視程も良く琵琶湖が一望でき、おまけに青空には雲の美術館が久ぶりの開館で五月の雲を楽しんだ。
湖岸サイクリングも爽快に走れ直ぐに膳所由美浜湖岸に着いた。帰路、コーヒーを飲みに喫茶店タイムへ、コーヒーを注文して朝日新聞を広げると便利さについての記事に目が留まり読んだ、別に新しく感じる事は無しと・・・でも便利な時代を振り返る切っ掛けにはと思った、そして生活の中で必要と思われる便利な事もあるがと、でもこんな事まで必要かと考える余分なモノが数多くあり数え上げればきりが無いことと、自動化されたモノの多さに驚いた。そして便利さを批判しながら使っている身勝手さを改めて知った、怪我をしてから持ったケイタイ、先日、買ったICOCAなどは本当に必要かと考えたが今、別に無くてもよいと、改めてモノを捨ててモノからの束縛から逃れないと人間の機能まで失うのでは自分が心配になってきた。コーヒーを飲み終え店を出て湖岸へ向かい湖上を眺めると比叡山上空には美しい雲が広がる雄大な景色が、チッポケナ人間社会の在り様などたかが知れた事・・・そんな言葉が空から聞こえた様に思えた。西大津の湖岸には新しくマンションが建設されつつあり、隙間無く並ぶビル群は衝立のようにも見えた。琵琶湖北方に目を移すと福井高浜原発が今日から再稼働する事を思いだした、便利さを支える電力は原発を動かさなくても事足りている事は誰デモが知っている事実だ。これ以上に電力を使用する便利さなどは要らないと考えた。
午後、三井寺の本寿院の池でモリアオガエルを見た、季節の移ろいは思いのほか早いと感じた。
坂本叙景
2017/05/16
今日は坂本のKクリニックへ検診に出かけた。医院に着きドアーを開けると待合室は満席状態で受付を済ませて外で待つことにした。じっとしているのも退屈と近くを散歩した。田植えが済んだ水田に新しく建った住宅や山手の住宅街が影を映していた。以前と言っても半年くらい前は宅地だったと記憶しているが此の付近の開発はことのほか早いようで薬の量販店が医院の前で開店して当りは急に賑やかになってきた。坂本と言えば比叡山の麓に広がる田園が多く長閑な風景が見られたがと懐かしく昔の情景を思いだした。万博を目当てに作られたホテルは完成することも無く幽霊ビルとして長く存在感を示していたが解体され、今はビオトープとして自然が勢いを増して其処に幽霊ビルが在った事を想像すら出来なくなった。国道沿いにはソーラー発電の施設やコンビ二が出来すっかり変化したがビオトープの近くの湖岸から見る三上山の風景は昔のままと思いながら医院に帰った。
帰宅後、自転車で皇子山競技場近くから長等山、三井寺を見ると椎の樹の迫力で山全体が笑っている様に見え、植樹された山と違うと感心しながら写真に撮った。午前中に坂本から見た比叡山は笑っていなかったと思いだした。
ドローンの空撮写真?
2017/05/15
今朝、朝刊の折込の滋賀県の広報誌、滋賀プラス、ワンの表紙の空撮写真が気になり見るとドローン(無人機)の撮影かと思うが、写真にケチをつける訳ではないが、僕は飛行機が好きで自分でも操縦するせいか航空写真は気になるが、ドローンで撮る写真と僕の撮る航空写真はぜんぜん違うと思っている、最近はデジカメのモニター画面に映った被写体を写真に撮るが、画面の中だけを見ていては風景を切り取った事にはならない、最近のHD(ハイビジョンカメラ)で撮られた映画や映像はそれなりに美しいと思うが何故か迫力に欠けるのは何故と考えて古い映像や映画のシーンを思い出すと現代の映像よりも迫力を感じるのはファインダーの枠外の空気までを取り込んでいるからだと、そしてドローンで撮った空撮には迫力が感じられないのはモニター画面に映った範囲内で判断して映像や写真に撮るから全体の空気感は伝わってこないのは当たり前と、滋賀県の広報誌滋賀プラスワンの表紙を見て、行政には相応しいと考えた、社会を行政はファインダーの枠に収めて判断したり決断するためには枠外の不要なものは見えない方が好都合だからと思いながら表紙の写真を見た。
夕方、ドローンが撮った疏水を見に行き僕は地上から撮った、改めて表紙を見るとドローンで撮る意味が在るのかと思った。そして現代社会は直にものを見ずに映像や写真に頼りバーチャルと現実が区別がつかなくなっているのではと考えると真実はますます遠ざかって行くと心配になってきた。
湖岸のキショウブ
2017/05/14
初夏を感じる爽やかな湖岸を今日は膳所公園へ自転車で向かった、何時もなら近江大橋手前で引き返すのだが少し足を伸ばし公園に着いた。湖岸を見るとオオバナミズキンバイは綺麗に一掃され湖面が広くなった様に感じた。公園の入り江にもオオバナミズキンバイは見かけなかったが隅っこにキショウブの花が申し訳なさそうに小さな葭原の横で黄色の花を咲かせていた。帰路、由美浜サンシャインビーチを見るとキショウブの花に気づき浜辺に近付き写真に撮った。何も無い人工の浜辺に咲く黄色の花は五月の琵琶湖に一番似合っていると思った、それが外来種であろうとそんな事は関係ないとデジカメデで敬意を表してキショウブの花を撮った。帰り道、湖岸から外れ時々よる喫茶店に、そして朝日新聞を広げると外来生物の駆除特集が目につき読んだ、記事は北海道の無人島でドブネズミを大量の殺鼠剤を使い絶滅させ、その後は鳥類も復活したと事やアルゼンチンアリの駆除の在り方で結んでいた、読み終えて少し考えると人間中心の自然観で考えて行くと何処かで自然からしっぺ返しを受けるのではと少しだけ心配になった。

















