断捨離・・・
2017/01/21
断捨離は健康な時には難しい事と・・・先日、山中での事故の折に一番に閃いたのはモノから解放されるのは此の条件の時が比較的楽にこの世のモノから離脱できるのではと考えた。哲学者や僧侶らが考え考えて境地に達すると聞くが僕等凡人には難しい事と・・・そして僕は断捨離できずにパソコンで又湖畔通信を始めた、少し矛盾を感じながら此れが現世と思うしかない。そして股関節の骨折ならつい最近までは寝たきりになったとドクターも言われていた。アフリカの野獣の世界では骨折は即、死に繋がるのは自明のことで誰でもが知っている、何時も僕は自然が良いと言っていたが今回は近代医学の力を知らされた、僕の体には人工骨が股関節になった手術後24時間以内に自分がスタンディングできる事に素直に驚いた。でも直ぐに普通に歩ける訳ではないが今居る病院で三週間のリハビリを続けその後、自宅で人工股関節をかばいながら後期高齢年金爺を自覚しながら又気楽に湖畔通信を書こうと決めた。
写真は病院窓風景を送ります。パソコンの出来るデイルームからは遠くに雪の鈴鹿が見える、もう登山する事はないと諦めた。
手術室へ・・・そして・・・
2017/01/21
怪我をして三日目、今日は手術日、時間は午後一時半頃と聞いていたが朝から時間がなかなか進まず待つ事の苦手な性格がでて気分が落ち着かなかった。そして手術室への移動の時、視界は上方の天井のみだ、仰向けで流れ行く天井を見ていると、急に浮遊感を少し感じると天井が下方にあるように見えた、僕は跳ぶことが好きで飛行機等で何時も見る風景は眼下に広がる箱庭の様に見える家や川を見ていたせい感覚が鳥になったのか思っていると手術室へ着いた。天井の手術室のライトやグリーンの手術着の本日お世話になるスタッフが待ち受けていた。麻酔医から説明を受け,鼻にホースが入り、喉にもパイプが入ると医師が直ぐに麻酔が・・・・そんな言葉を最後に僕の意識は消えた。何時間経ったのか判らないがAドクターから無事、手術は終りましたよと言われたのが少し朦朧とした意識の中で判った。そして病室に帰った。病院の窓には積雲が浮かんでいた。
手術開けの水曜日からリハビリが始まった,担当のMさんに連れられてリハビリ室へ向かた。部屋に入るともう訓練は始まった。なんと自分の足で立てるに驚き、少し感動した。歩行具等を使い30分程でリハビリは終っり介護療法士のMさんに部屋まで車椅子で帰った。
午後,ベッドに横たわっていると、妹が見舞いに来てくれ少し話をしていると窓辺にイソヒヨドリが来ていると妹が言ったので窓を見るとイソヒヨドリが美しい羽を陽に輝かせた手すりに留まっていた。カメラを出してもらい写真に撮った。ラッキーな事に鳥までがお見舞いに来てくれたと嬉しくなった。そして午後2時前には多くの友人たちがお見舞いに来てくれ元気がでてきた。そして暫らく談笑して傷の痛みを忘れた。
病院一日目から
2017/01/20
救急車から向かうのは緊急処置室だ、テキパキとしたドクターの指示で次々と検査が始まった。その後ドクターから手術の仕方らの説明を受けた笑顔で話されるAドクターには万全の信頼感で僕は安心して緊張感が解れた。その日は救急病棟でのお泊りとなった。夜中は搬送されて来る人も少しあったが思ったより静かで眠れた。翌日は部屋の移動で一般病棟へ移った。部屋にAドクターがレントゲン写真のコピーを見せながら説明され、股関節の骨折は人工骨に変えるのが現代の手術と言われると、僕は以前受けた骨の手術の痛さを思い出しドクターに麻酔が覚めたら痛いですかと尋ねると大した痛みは無いですよと言われて部屋を出られた。その後、病院の西窓から美しい空が広がった。
生きてこそ?・・・・
2017/01/20
生きてこそ、は僕が以前に見た山岳映画、怪我をしたアルピニストが崖から転落して、歩けない体で救助を呼べる場所まで下りてくる内容だったと記憶している、僕が1月15日、朝、窓を開けると銀世界が広がっていた。大急ぎで歩くスキーを家の前から履いて、何時もの散歩コース三井寺へと向かった。雪を見ると胸が躍り雪の世界へと向かってしまう本能は止める事は出来ない今年76歳になる飛行老人だ、総門を潜ると雪が少し多くなった,今日は展望台の上にある三井寺のオペリスク(石柱)が在るところまでスキーで登った。そして写真を撮り終え下山中の転倒して岩で左太腿を強打したが、何時も山では此の程度はと、足を動かすと左足が動かない、まず立てるかとストックで支えると何とか立つ事ができた、でも映画の生きてこそ、を思いだした、あせる事は無いと映画の主人公に成ったつもりでスキーは棄て山道を下りかけた、何度も転んだりしたが何とか這ってでも人の居る観音堂まで降りないと、此の場所は滅多に人は通らない、どうしても自分の力で行くしかない,ケイタイを持たない主義の僕は救助を要請する伝がない、その後2時間程かけ何とか観音堂の近くいた人に住職さんに連絡をお願いした。そして救急車を呼ぶ事には躊躇したが大怪我であることは自覚していたので…素直にお願いした。三井寺は知人も多く少し大袈裟になったと・・・三井寺の人達に送られて救急車に向かった、そしてピーポーピーポーのサイレンの鳴る救急車に自分が乗って体験するとは考えたことは無かった。そして10分程で病院に着いた、救急室ではドクターが折れてますね足が短くなっていますよ、そして折れた股関節に人工骨を入れないと治らないと説明を受けた、ドクターは映画に出てくるような雰囲気のあるAドクターに安心した。以上短く湖畔通信をお休みした理由です。
追、読者の皆様にはお見舞いなど心配なさらないように退院したら元気におで会い出来ますからどうかお気遣い無用にてよろしくお願いします。
病院より湖畔通信を続けますのでよろしくご愛読を・・・・・
大津市の救急隊の方に心から此の場で感謝申し上げます、本当に有難う御座いました。
雪の最前線?
2017/01/14
この位の寒さで湖岸サイクリングを止める事は無いと何時も通り湖岸へと向かった。浜大津港もミシガンが出航した後で港はひっそりとしていた。冬の間は観光船ミシガンはお休みかと勘違いしていた。湖上を見渡しても確認出来なかった。比良は雪雲に隠れている比叡山も雪雲に覆われつつあり坂本辺りは雪の最前線かと・・野洲、守山、そして鶴翼山も確認できるのにミシガンは何処にと思いながら由美浜へと自転車を走らせた。帰り道におの浜の湖岸から東方を見ると雪雲は此方に近付いているが草津矢走には陽が当たり、そして後方の三上山もはっきりと見えている、琵琶湖が中心にある滋賀県の気象予報は難しいのではと思いながら雪雲の最先端を眺めながらデジカメのシャッターを押した。
夜、八時過ぎ、我が家の庭を見ると木に少し雪が積もっていた。デジカメを持ち疏水の鹿関橋へ雪景色をと出かけたが、期待した雪景色ではなかった、でもデジカメを出し感度を上げて夜景を撮った、パソコンにアップしながら夜景の写真を見ているとフイルム時代には撮れなかった光景がパソコンの画面に映し出された、見た目と違う正しくバーチャル的写真と感じた。そして此れもありかと呟いた。
















