タイムスリップ・・・・
2017/01/13
実際にタイムスリップなど出来る訳がないが・・・今日の午後、時間を持て余すのもと、以前、大津の酒屋さんで若い人に薦められた映画,この世界の片隅に(監督、片淵須直、アニメーション映画126分)を浜大津アレックスシネマへ見に出かけた。館内に入ると既にタイトルが映し出されて始まっていた。席は指定席だが右端後方の椅子に座り館内を見渡すと観客は僕が見る限りでは50人を越えていて少し驚いた、昨夜、妹からのメールでは京都での上映舘は無く特別上映会形式で廃校され文化事業に使われている小学校で見たと記してあった。大津のアレックスシネマは時々京都や大阪で上映されていない映画を見せてくれるので重宝していて今回も新聞の京都映画案内には載っていなかった。映画は僕の生まれた時代の1940年頃から戦時中の庶民(普通の人)の日常を淡々と描いて行く、監督さんは1960年生まれで実経験が無いのに実に細やかに当時の風俗や暮らしが描かれているのに驚きながら画面を見た。でも此の映画を見る年齢層はと考えた、場内を見渡すと年齢を重ねた人が多い様にも感じた。僕は幼い頃の様子は今も映像で脳内に記憶されていて、映画と僕の記憶映像がリンクしてタイムスリップした様な感覚で映画の中に入っていった。でも空襲を受けた事のない大津も空襲を受けていたら映画の様に町は焼けたと思いながら見たそして映画は淡々と戦争の愚かさや悲しさを伝えていて、声高に戦争反対を叫ぶのも大切な事、そして淡々と平和な日常の大切さを伝えるのも戦争をさせない事に繋がっているのだと考えながらアレックスシネマを出た。
北西風が吹くと
2017/01/12
今年一番の寒気団が居座って日本列島は冷凍庫にとテレビの天気予報が伝えていた。今朝、三井寺の展望台から北方を見ると大きなレンズ雲が低い高度で確認でき寒気が近付いているのを感じた。風が強いと予想した湖岸の風もさほど気にせず自転車で走れた。打出浜では園児らが凧揚げに興じている姿を見ていても北西の風が吹くと福井若狭の原発群の事故が起こればと琵琶湖は、そして近畿1300万人の水源地はと心配になってきた、昨日もテレビから福井高浜原発1・2号機の再稼動に対して高浜町の音海地区の自治会全員の賛成で可決された廃炉への意見書を高浜町と関西電力本社に出した事を詳しく伝えていた、そして新聞には台湾が原発2025年までに全廃と一面で取り上げていた。それに比べ我が国は2011年の福島原発事故を経験して危険な事が判ったはずなのに40年も使用した老朽原発、高浜の1・2号機を再稼働するなど常人ならとても考えられない狂気の沙汰としかおもえない、台湾が原発を全廃する切っ掛けは福島原発事故と新聞に記されていた。一刻も早く我が国も原発を全廃して自然エネルギーに転換するべきと思った。
寒波襲来・・・・
2017/01/11
テレビの天気予報では寒波が来ると伝えていたが、湖岸を自転車で走っていても寒波は何処にと、湖面を見ても静かだ、見かけなかったユリカモメ数十羽がのんびりと浮かんでいた。浜大津港の観光船ミシガンも出航時間が変わったのか何時もなら沖合いに出ているのだが今日は桟橋に繋がれたままで窓口周辺には人影も見えず、やはり琵琶湖の観光は春からと思いながら由美浜へと向かった。船が運航されていると時計を見なくても時間が判り便利だ、プリンスホテル桟橋10時20分に着く観光船を見ながらにおの浜を通過するのが日常と、腕時計を見ると今日も丁度10時20分でも船は無かった、少し走り折り返し点の由美浜でリュックからポットを出し紅茶を飲みながら先日に読んだ新聞記事を思いだした冬の琵琶湖の観光船の事が載っていた、浜大津港から長浜港までの雪見船と彦根港から出る観光船が大河ドラマとコラボして井伊の赤備えに因んで赤く塗り替えたと、その様な事を伝えていた。冬と言えばスキーで思い出すのがスキー船の話、残念ながら僕は乗ったことが無い、スキーを始めた頃はスキー船が廃止されていた、夜9時に浜大津港を出航してスキー客は船内で宿泊、海津大崎港には翌日の朝の6時頃に着き其処からマキノスキー場まで歩くと聞いた事を思いだした。戦前からスキーをするならマキノと言われ関西では屈指のスキー場で傍には洒落たホテルが在った、其のホテルは僕がスキーを始めた頃はまだ営業していたと思われるが僕等のスキー仲間は県内スキー場へは日帰りが常識だった。その有名なマキノスキー場も今ではお子様専用となってしまい、第二ゲレンデのリフト等は全て廃止されゲレンデは植樹されたと聞くが、奥マキノへ山スキーに出かけてから既に20年以上が経ってしまった。今年は暖冬で滋賀県のスキー場は積雪が少なく営業していても人工雪だ、やはりスキーは自然の雪が一番と思いながら琵琶湖を眺めていると急に風が強く、そして波が出てきた、いよいよ寒波襲来かと雪の降るのを楽しみにしながら自転車のスピードを上げた。
疏水逍遥
2017/01/10
湖畔通信の話題に困ると写真でカバーできると自身を持っていたが、今日は朝の三井寺への散歩、そして湖岸サイクリングと写真の被写体も無く終えた。午後は町内の散髪屋に出かけ、正面の鏡に映る顔を久ぶりに見て、素直に77歳を自覚した。一時間程で整髪、髭剃りと済ませ帰宅しても落ち着かず、デジカメを持ちご近所逍遥と自転車で出かけた、湖岸は朝に走っているので疏水近辺に絞り、161を北へと言っても数十メートル程先の第二疏水の橋上に・・・水面に蔓延っていたオオバナミズキンバイは根こそぎ駆除されていた、去年の秋では水面を覆うばかりの勢いがあり取水口へ向かう水流に悪影響が出るのではと心配していた事を思い出しながら写真に撮った。そして琵琶湖側を見ると正面には三上山が見える第二疏水の河口には小型の藻刈船と大きなクレーンが見えた。手際よく水路を確保したものと・・・直ぐに当然と思った、現在は京都琵琶湖第一疏水は清掃作業と整備で流れが止められているから、第二疏水より取水して京都市民の水を供給している事は誰でも知っていることだ、そして写真を普通に撮ってもと、少し自分の感情を入れながら疏水逍遥写真を撮った。今日はただそれだけと・・・・
400万年前の・・・・
2017/01/09
今朝は少し早く起きた、隣の神社と言っても我が家の敷地にある氏神さんのお旅所で正月行事が行われるのからで、子供が対称だが近年の少子化で町内の子供はすくなくなった、今日も子供は二人と少なかった。その後、三井寺への散歩へ、金堂前の蓮池のアオサギ君に挨拶をすませ帰宅した。
湖岸サイクリングも少し時雨を心配しながらロードバイクで浜大津へ向かった、イベント広場では凧上げをする家族連れで賑わっている傍を通り打出浜からにおの浜へと走る途中、草地の窪みの水溜りの水面に呼び止められたように感じ、自転車を止めて近付きデジカメを出し写真を撮っていると琵琶湖の形に少し似ていると思いながらシャッターを押した。そして由美浜でいつもの様に折り返し帰宅した。早速パソコンに写真をアップしていると湖岸の水溜りの写真が気になった,琵琶湖も400万年前に地殻変動で、地面が陥没して出来たとあった、宇宙から見れば出来立ての琵琶湖もこのような水溜りに見えたのかもと、そしてパソコンで琵琶湖を見ると、興味あることが多く記されていた、でも全て信じる事も無いと考えながら読んだ、琵琶湖と呼ばれるようになったのは16世紀初頭とあった、350年前と歴史は浅いが此の辺りの事は信じても良いと、でも400万年の歴史と言っても遠すぎて誰も真実など判らないから勝手に想像でき、学者等の権威に翻弄されずに各人が楽しめると僕の空想力が広がった、歴史など所詮、勝ち組が綴った歴史書と・・・でも近代は真実を記録しても認めない政治家や権力者が又、歴史の真実を曲げて作った嘘を真実と見せかけて行く事は想像できると思いながら湖岸の小さな水溜まりの写真を見た。

















