中島省三の湖畔通信

空の美術館

2016/12/29

今日は久ぶりに空の美術館で雲の作品を楽しんだ。湖岸サイクリングの折り返しの由美浜で自転車を止めて紅茶を飲みながら空を眺めていると師走の忙しい時間を忘れて心を空に解き放てればと・・・そんなに簡単に煩悩からは逃れられないと思った。76歳最後の2016年を振り返ると、それなりに今年は充実していたと自分に納得して又、自転車に乗り家路に着いた。

帰宅後、今マスコミを店舗のデザイン問題で賑わしているコーヒーショップ、コメダは近くにもあり、西大津のあるコメダに向かった。全国展開するフランチャイズの喫茶店コメダも西大津に店が出来て久しい、僕が利用するのはコーヒーが特別美味しい訳でもない、良いところは相席がなく一人で四人掛けのテーブルで新聞を広げてゆっくりと読めるのが一番の理由だ、そして駐車場が広く友人の車も止め易く、ここ数年はコメダに週4回のペースで行っているが、店舗デザインを真似してまでやる店舗かと少し不思議に思った。今、僕が一押しは三井寺、本寿院ながら亭だ音楽も無く静かな環境で本がゆっくりと読めるからだ、そして二押しは市役所前のサライで此処のエスブレッソコーヒーは美味いと何時も思っているが新聞が少なく時間を潰せないから、暫らく足が遠のいているだけと考えて自転車を走らせているとコメダに着いた、今日も満席、店員がカウンター席ならと、新聞を取り席に座ると狭すぎて読む気になれずコーヒーを飲み店を出て、改めて店舗を見るが何処にデザインの魅力があるのか僕には理解できなかった、これからはサライにもコーヒーを飲みに行こうと思った。

朝食のパンを食べながら・・・・

2016/12/28

朝食がパンに変わったの何時頃と考えた・・・・昨日見た映画 ポバティーインク を思いだした、以前、と言っても30年は経つ、滋賀会館であった本多勝一の講演の中で戦後アメリカが行った食料改革の一環で学校給食がパン食となり米から小麦粉へと変化させたのは戦略で自給自足率を下げて小麦をアメリカより輸入しなければ生活できない仕組みを作ったと言うような話を聞いたことと、昨日の映画、の中で今も続けられるアメリカの貧困国への食糧援助は自給自足で暮らせていた国の基盤を壊し其の国の基幹である農業を崩壊させて行く様は戦後日本が受けたアメリカの食料援助と同じ事かと感じた。国内の農業はもう既に崩壊しているのかと心配しながらパンを食していると苦い味がした。僕の食事も朝はパン、昼はうどんで夕食だけが米では完全にアメリカにコントロールされていると思うと悲しくなってきた。76歳の年金爺がこれから米食に変えたところで何の変化も起こらないだろうが変えてゆこうと思った。そして今年、我ら高齢者に支給された給付金は貧困の解決にはならないと、もっと若い人が働ける環境を作るために予算を使うべきと考えた。給付金など無駄な出費はもっと有効にと言っても今の安部政権には無駄な事かと空しさが募るばかりだ。朝食後、雪空の暗く湿った空気の中を三井寺へ散歩に向かうと気分が少し明るくなってきた。

アフターレイン

2016/12/27

雨上がりを横文字で言うとアフターレインと・・・少し気障っぽいが・・三井寺の展望台から眺める琵琶湖は雨後の素晴らしい風景が広がり心が朝から豊かになった。湖岸サイクリングでも時間を追って変化する雨上がりの琵琶湖の光景は格別と思いながらペダルを漕いだ。こんな日は自転車を止める回数も増え、追、追、写真を撮ってしまい由美浜への到着は何時もより時間がかかった。そしてベンチに座りウイスキー入りの暖かい紅茶をテルモスからカップに注ぎ雨後の美しい琵琶湖を眺めながら飲む紅茶の味は格別とそして喫茶店では味わえないと優越感に浸りながらティタイムを楽しんだ。

帰り道は今日は買い物日でスーパーに寄った。店頭には正月用品が山積みされていた。僕は去年から正月飾りを止めた、切っ掛けは安っぽい多量生産された正月飾りを見てからだ、しめ縄等は本物の藁で手作りされた物に父親が丁寧に半紙を巻き水引で装飾していた頃の事を思い出し、あまりの違いに愕然と、そして馬鹿らしくなった、もう正月飾りはしない事に決めたのは去年の今頃だった。

午後は今年最後の映画を見に京都みなみ会館に出かけた。映画はドキュメンタリ作品のポバティインクあなたの寄付の不都合な真実、をみた。色々考えさせられた意義深い91分となった。世界の貧困地に寄せられる善意の寄付とボランティア団体の行為は現地にとっては迷惑にも、また発展を邪魔している事もあることが現実として映像で表現されて大変に勉強になった今年最後の素晴らしい映画に乾杯した。

穏やかな日

2016/12/26

今日は風も無く、琵琶湖岸に佇んでいても冬の実感が無く、彼方に見える比良にも雪が無く、やはり温暖化の影響かと思った。浜大津港では出航して行く観光船ミシガンをカワウが桟橋から見送っている様に見えデジカメで写した。打出浜から見る静かな琵琶湖の風景はサイレント映画の様で音が無く不思議な感覚に陥った。そして湖岸には師走の喧騒を感じるものはなにも無かった。

湖岸サイクリングから帰宅すると我が家の庭木の剪定を終えた植木屋Nさんが見慣れぬ青い鳥がいますよと聞き、すぐに庭を見ると飛び立ち塀の上に留まった、急いでデジカメを出しシャッターを押し、続けて二枚目をとシャッターを押すと同時に視界から消えた。その後、Nさんにヒヨドリだと告げると、いやヒヨドリは今見た鳥ほど美しくないと言われて、少し考えたが僕も自信が無いのでビデオ判定?へと、昼食後、写真をパソコンにアップして、検索するとヒヨドリよりもツグミの方に似ていると思いながら、青く見える羽もあるので、続けて検索するとイソヒヨドリと写真を見比べると此方の方がと・・・迷ったが僕はツグミだと確信すると、頭に映画の題名が浮かんで来た、オタール・イオセリアーニ(グルジア)の「歌うつぐみもおりました」は1970年制作のモノクロ映画だが残念ながら見る機会が無かったことを悔やみながらツグミだともう一度確信した。

追 2017年1月2日、青い鳥(写真)はイソヒヨドリとメールで知らせてもらいました。

オスプレイについて鳥たちの会話

2016/12/25

晴れた日の湖岸サイクリングは気分爽快で日頃のストレスは自転車の後方に消えた。今日は由美浜を越えて膳所公園まで足を伸ばしたと言っても自転車で5分位の距離だ、公園の湿地を見るとアオサギと白鷺が会話をしているの内容が僕の耳に届いた、アオサギさんと白鷺が人間界で起きた事を尋ねていた様子を聞き書きした、内容は、白鷺の質問にアオサギが答えていた事を少し・・・白鷺がオスプレが又沖縄で落ちたねと・・・アオサギが人間は失礼だよ、我等鳥類の中で尊敬しているオスプレイを飛行機の名前に付けるなんて許せないよ、オスプレイの和名はミサゴで海鷹と言われていて古来日本でも有名な鳥だ、飛行性能が凄くて、空中停止、ホバーリングの事だ、そして上空から獲物を見つけると形を矢の様にして海に突っ込み魚を捕らえるが、捕らえ方が嘴でなく鈎爪の足を嘴より先にする急降下姿勢は有名なことで我等鳥達は皆が知っている、人間の造ったオスプレイ等の飛行機は、本家オスプレイ(ミサゴ)には遠く及ばない事だ。そしてアメリカ製のオスプレイは人間の頭脳と二本の手、そして二本の足では操縦出来ないからコンピューターに助けられてやっと飛行できると聞いた。もともと人間には空中感覚などを持ち得ないものが我等、鳥の真似などして、しかも人間同士の殺し合いの道具として使用することなど愚かしい事と何時も思っているよと・・・そんな鳥たちの会話を聞き、万物の頂点、霊長類一番の思い上がりから自然を壊し資源は無駄遣い、今では地球上に存在しなかった原発までも造り、まだこれから先、この美しい地球を如何するのかと心配しながら湖岸を自転車で走ると前方にストレスが待っていた。

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