由美浜の賑わい
2016/12/19
小春日和の湖岸をのんびりと湖岸サイクリングを楽しんだ。そして由美浜へ着くと、人工の砂浜は今日も賑わっている、園児がビニール製の凧揚げを楽しんでいるのを眺め写真を撮った。そして僕の育った戦時中の事を思いだした、幼稚園は休止していて、始まったのは戦後1945年の少し落ち着いた11月頃からと記憶している、近くの陸軍九連隊基地を占領したアメリカ軍が進駐して来たことも映像として脳裏に記録されているバグパイプ等の楽器を先頭に軍楽隊、兵士と戦車が大門通りを堂堂とパレードして行く様子は今までには感じなかった明るい音楽に驚きながら見物した事などが71年の時間を遡っても、つい最近の様に思えるから不思議だ、幼稚園の窓から覗く高い鼻、そして背の高い進駐軍には恐れなかったのは何故と考える・・・多分、いままで見たことも無いジープやシボレー等のアメ車のカッコ良さに圧倒されていたのではと思った。幼稚園生活は短く1946年の3月で卒園したから僕が園児だったのは五ヶ月と短かった事等を思いだした。大津は大きな爆撃も無く済んだが戦争では多くの人命が失われ、他国にも迷惑をかけた事はけっして忘れてはいけないことと・・・そして砂浜で楽しく凧揚げをする園児たちが育つ時代が平和であるようにと祈りながら由美浜を後にした。
青空の月
2016/12/18
毎朝の散歩は鹿関橋を渡らずに三井寺へと向かう、今日も同じように左に曲がると、すっかり葉を落とした桜が寂しく晩秋を感じさせた。そして前方を見上げると青空に月が見えた。直ぐにデジカメを出し桜の枝を入れ構図を決めていると、蛍狩りの模様を思い出して来た、小学生の頃、祖母の故郷、守山の杉江に浜大津から汽船に乗って夏休みに出かけた時の出来事を、それは楽しみの一つの蛍狩りだ、親戚のお兄さんに連れられて小津神社の近くを流れる川に菜種の穂で作った箒のような形をしたモノを着けた竹竿を持ち蛍を獲りに出かけたことが映像になって僕の脳裏に浮かんだ、蛍の臭いが微かに鼻控に入ってくるのを感じた。そして枝越しに見る月を蛍狩りの様に枝で捕らえられたらと思うと月が軽く身近な存在となった。気がつけば青空の月をデジカメで数枚撮っていた。また今日も懐かしく楽しかった少年時代に帰れたと、嬉しくなった。
午後は西大津の変化を写真に撮ろうと出かけた、また新しくスーパーが開店した、町中は寂れるばかりだと思いながら自転車で向かった。
変わり行く風景
2016/12/17
今朝の京都新聞の社会面に大きな見出しで「稼げる」アリーナを、と記してあるのが目に飛び込んできた。国も成長戦略で後押しと記事が続いた。要するに又、鳴り物入りでの開発かと懐疑を感じながら読んだ。要するに浜大津港の近くの空き地にアリーナを建設して多くの人を呼び込みお金を稼ぐ話で読むうちに僕は興味を無くし途中で読むのを止め、湖岸サイクリングに出かけた、そしてアリーナ予定地の横を通り浜大津港へくると三羽のユリカモメが手すりに留まっていた、今年のユリカモメは警戒心が強いのかカメラを出すと直ぐに飛び去った。写真を諦めにおの浜の湖岸へと向かうと遠くに雪を冠った比良山が見える雄大な琵琶湖の景色に見とれながら、今朝の新聞記事が頭を過ぎった、大規模な施設を建てて姑息な金儲けなど考えずに湖岸に佇んで雄大な琵琶湖を眺めて英知を養う方が人は幸せになれるのではと思った。そして又、浜大津近辺は建物が建ち空間が狭くなるのかと呟きながら自転車を進め由美浜へ来ると近くの高校球児らが砂浜でトレーニングをしていた、もちろん彼らは此処が湖だった事も人工の砂浜である事を知る由もないと思いながらデジカメのシャッターを押した。帰路、湖岸から琵琶湖を眺めながら走っていると少年時代の琵琶湖の姿が思い出されてきた、豊かな時代では無かったがもっと幸せな時間の中で暮らし、もっと琵琶湖を身近に感じていたと思いながら自転車のペダルを漕いだ。
海炭市叙景を読み終えて
2016/12/16
今日の湖岸サイクリングで撮った写真をパソコンにアップしていると比叡山の雪景色が読み終えたばかりの佐藤泰志の海炭市叙景の舞台、函館市の情景が浮かんできたと言っても映画や写真で見た風景とオーバーラップしただけの事だ。海炭市叙景は18編で構成された物語で登場する人物それぞれが普通の人でありながら、こんなにもドラマを感じるのは作者の凄さかと思った。佐藤泰志は41年間の人生で函館市の町に住む人の物語を小説として残した素晴らしい作家だと本を読み終えおもった。僕も76年もの間、琵琶湖に面した地方都市で暮らしながら此の街を見て何を思い、何を感じてきたのだろうかと、やってきた事と言えば琵琶湖が開発されて行く姿をただ単にフイルムで記録しただけだ、何故もっと大津を良く見て感じなかったのかと、そして地方都市の寂れ行く様や其処に暮らす人達に興味を持ち写真を撮らなかったのかと反省しながら76年間も僕が暮らした此の町をもう一度、見直し再発見して行く時間はまだあると思った。
比叡山も薄化粧
2016/12/15
寒くなると散歩へ出かける時間が遅くなる、今日は9時過ぎに三井寺へ向かった。展望台から琵琶湖を眺めていると比叡山にも薄っすらと雪が見え少し心が弾んだ、雪と聞けばスーキーの準備をして直ぐに山やスキー場に出かける事が僕の冬の日常だった。比叡山にも人工スキー場があり仕事が終ると友人等と京都側から比叡山人工スキー場へのケーブルカーに乗ってナイタースキーを楽しんだ、スキー場も閉鎖されて今は無い、スキー人口の激減で全国のスキー場の経営も難しくなっている現在を思った。そして雪雲に隠れた比良山を見ながら長い行列をしてリフトを待ったことや友人と武奈まで山スキーに出かけたりした思い出がオーバーラップして眼前の風景の中に映し出された。石段を降りながら今シーズンはスキーに出かけようと考えると少し気持ち熱くなった。
疏水沿いの道を自転車で湖岸へ向かっていると、ギャーと甲高い鳥の声が水路の中から聞こえた、直ぐに鳴き声はアオサギと判り自転車を止めて流れの無い疏水を見るとアオサギが一羽、餌を探し浅くなった水面を歩いていた。アオサギは大型でカラスや鳶、鷹も恐れる事がなく堂堂としていてこの辺の鳥類では王様の風格を漂わせ、電車が通るぐらいでは驚かなかった。でも橋上からアオサギを真下に見るとただの水鳥の様に見え少し可笑しく感じた。

















