今日も写真は・・・
2017/03/17
今日も鹿関橋より疏水を見ると水の流れが無く、春はまだと呟き橋を渡った。そして取水口へ来ると水門を開く作業が始まっていた。明日には疏水の流れも元に戻ると一気に春が近付くと思った。思考停止の折は写真はモノクロ、スクエアでと由美浜へ向かった。
テレビや新聞はここ数日間は森友関係の報道で賑わっている、僕は大きな川の堤防が小さな綻びから決壊する様子を政治に置き換えて想像すると政局も大洪水になるのではと・・・少しは興味が湧いて我が国のジャーナリストの活躍に期待することにした。
湖畔の賑わい
2017/03/16
三月も中旬になると湖畔を散歩する人も増え町中よりも賑わっている様にも感じた。今日は写真のマンネリ化を改めると言っても妙案は無く、困った時のスクエア(真四角)写真をとデジカメを設定した。最近、カメラ雑誌でも肖像権や著作権問題を取り上げている事もあり、特に人物は断りなしでの撮影は止めた、今日も特定の人がアップにならない様に心がけてのスナップ写真で決めた。家に帰りパソコン画面で撮った写真を確認しているとフイルムの良さを思い出し月に一度はブローニーフイルムを使用して町中を記録しようと思った。
春の虹
2017/03/15
春の虹が湖上に・・・と書きたいところだが今日は冬型、琵琶湖は荒れ模様で比良八荒の先取りかと思いながら強い風の中を湖岸へ向かった。青空も顔を覗かせるが琵琶湖の北方は雪雲で黒く沈んでいる、でも太陽の角度から考えると虹が期待できると浜大津近くの湖岸で写真を撮りながら待っていると虹の気配を感じデジカメを北に向けた、暫らくすると守山湖岸に虹が見えると、間もなく空には虹の橋が架かった、久ぶりに見る虹のアーチを強い風の中で楽しんだ、肝心の写真は40ミリのレンズ付きデジカメラでは心もとないと思いながらも随分と写して帰宅、そしてパソコンに写真をアップすると画素数が最小と気がついた、デジカメを操作している内にダイヤルが触れ設定がと、今更、後悔してもと諦めた。フイルム時代では考えられないと、そして時にはフイルムを使って写真を撮ろうとパソコンの画面に映る写真を見た。
消える民家
2017/03/14
今日は冬型に戻り湖岸は風も強く帰り道は久ぶりに膳所から旧街道に入った。膳所は比較的民家が残り城下町の佇まいが残っていて時々、写真に撮った事もあった、正面にお寺が見える絶好の場所と思っていたが、門前の酒屋は取り壊されて更地になっていた。少し寂しく感じながら自転車を走らせ石場まで来ると旧東海道に残っていた立派な民家も更地になっているのには驚いた、坂道がカーブする手前に其の建物が在り、江戸時代は東海道で賑わっていた事が想像できる唯一の場所と僕は思っていた。次、次と消えて行く歴まちの香は何処へと町中を自転車で走った。
少し飽きたかと・・・・
2017/03/13
湖畔通信の写真も毎日、同じような写真を撮っているようでマンネリ化したと自分でも感じている、先日、友人の家で借りた写真集HIROSHIMA1958年を傍らにおいて湖畔通信を書いている・・・・写真集の撮影者は女優のエマニュエル・リヴァは1959年に公開された「ヒロシマ・モナムール」の主演で撮影の合間に東京で買った二眼レフで撮影地の広島の日常を写した写真で其の当時の生活を人物を中心に撮ったモノクロームの写真集で2008年に発刊された、改めて写真を見て行くと当時の人達の顔が写る写真は豊かな暮らしではないが表情が明るく見ていても心が温まってくる、やはり写真には人物が写っていなければただの風景写真だと思った。僕もドキュメンタリー映像(8ミリ、ビデオ)では琵琶湖に関わる人達にインタービューしているが、こと写真となると作品も少なく今も反省しているがいざ此れから人物を入れて写真をと考えると現代は肖像権の問題や盗撮とも言われかねないそんな中での撮影を考えると諦めるしかと・・・そして当たり障りの無い町中スナップ写真では迫力の無い写真が残るだけと思いながらもデジカメで今後も何でもない写真を撮り続けて行こうと考えながら写真集のページを捲った。

















