カエルの涼み方
2016/08/13
気だるい暑さは湿度の多い日本の特長と諦め自転車で湖岸を目指した。お盆休みで浜大津も賑わいがと思っていたが平日の様に静かだ、打出浜の湖岸から見る比良にも雲が、モヤットした湿った空気のせいで眺めもイマイチと由美が浜へと自転車を進めた。帰り道、プリンスホテル前の湖岸公園でエノコログサを見つけて写真に撮った。エノコログサの語源は犬っころ草と言われているが、ネコジャラシが通称で現代は猫ブームとかでエノコログサの先行きはと考えながら自転車で帰路に着いた。
午後は三井寺の茶房ながら亭に本を持ち出かけた。店内に入り庭に面した席に着くと店員のAさんがスダレを指差して,何かがと・・・目をやるとモリアオガエルがスダレに留まって涼んでいる様にも見えデジカメを出して撮影するも逃げる事も無く悠然としていた。カエルは池の中が涼しいのではと思いながらスダレに留まり涼んでいるカエルを見ながら熱いコーヒーを飲んだ。そして読みかけの本、1945年夏(金石範)を読み終えた、8月15日はもう直ぐ、良い時期に友人のNさんに頂いたお陰で改めて戦争の傷跡を感じられた。絶対に戦争だけは避けなければと、そして日本国憲法、九条の持つ意味をを考えて確りと心に留めた。
花と空蝉
2016/08/12
連日、テレビから流れて来るリオ・オリンピックの熱気が夏の暑さを増してきた。僕は競うスポーツは苦手で一人で楽しめる登山、スキー、パラグライダー等を好んでやってきたので熱狂してスポーツ観戦をした事が一度も無かったと記憶していて今回も四年に一回のスポーツの祭典で勝敗に拘らずに楽しめればと思った。
玄関前には荒木さんに届けていただいた赤いハイビスカスが咲いた。白や黄色のハイビスカスを何時も見ていたせいか赤い花が新鮮に感じられた。
浜大津では百日紅が青空の下で夏の花は私だと言わんばかりに咲いていた赤い花を見ていると元気が出てくるが・・・8月の晴れた空は戦争を思い出してくる、オリンピックで賑わっていても、何処からか軍靴の音がしてくるようで、やはり8月の空気は重く感じた。
夕方、ぼんやりと庭の松ノ木を見ると空蝉が陽に輝いていた、ただ美しいとデジカメで撮った。少し日が短くなったと・・・そして秋の足音が遠くから聴こえた。
山の日
2016/08/11
毎日の散歩、そして湖岸サイクリングも同じコースを走るので写真になる被写体を見つけるのにも苦労する日もあるが何時もデジカメを離したことは無い、今日も浜大津から打出浜へと自転車を走らせていると湖上にはバス釣りのボートが多く見られ湖岸で釣りをする人も多く祭日と感じた。今日は比良には雲も無く絶好の登山日和だ、比良と言えば青春時代には毎週登山した思い出があり、今は登山する事も無く眺めるだけで少し寂しく感じた。先日もテレビのニュースでびわ湖バレイが紹介されていた。山頂からのビューポイントは人工的に作られたテラスから琵琶湖を見ながら食事が出来ると・・・そんなニュースを見るとますます山は遠くなると思いながら打見山のクロトハゲの岩の上から琵琶湖を眺めた事がつい最近の様に感じられ、懐かしく思いながら比良を湖岸から眺望した。
上空は秋の気配
2016/08/10
三井寺の展望台より見る今日の琵琶湖の眺めで上空を見ると秋の兆しを感じる雲が広がっていて少し暑さを忘れさせてくれた。
湖岸サイクリングで浜大津まで来るとやっと花火大会の後始末を終え一本木コロッセオ公園も塀が取り払われて清清しい元の姿になっていた。もう8月も半ばに暑さも峠を越えたと感じる琵琶湖からの風を受けて湖岸を自転車で走った。
午後3時半に本を持ち三井寺の茶房ながら亭に出かけた、少し陽の傾きが早く感じ秋は限りなく近付いていると思った。コーヒーを飲みながら小さな池に目をやると睡蓮の葉が夕刻にはまだ時はあるが斜め光線を受けて絵の様に美しく感じ、直ぐにデジカメを出して其の光景を収めた。ただそれだけの事がすごく嬉しく感じた時間だった。
びわ湖花火大会
2016/08/09
昨夜はびわ湖花火大会で家の外は湖岸へ花火見物に向かう人で何時もと違う様子で外は騒々しく感じたが花火の始まる7時には人影も消えて静かになった。僕も一度は湖岸から花火見物をと考えるが混雑する場所は苦手で何時も家の傍からの花火見物だが今年は僕の写真展が秋に三井寺で予定されているので三井寺観音堂より見る花火の写真も必要と感じて久ぶりに三脚を持って向かった、既に花火大会は始まっていて花火の音を聞きながら少し急ぎ足で石段を登った。観音堂の前方の見晴台には多くの人が見物していた。広場はがら空き状態で、僕は頭に描いていた構図の場所に三脚を立てた。花火撮影は長時間露光が基本で三脚嫌いの僕もこの日ばかりはお世話になった。次々と打ちあがる花火に見とれながらシャッターを押し続け口の中で一秒、二秒と約十秒程、露光をかけて何枚も撮った、デジカメは便利だとモニターで撮った写真を確認しながら露光時間を変えて撮る事が出来て、フイルム時代なら考えられないほど簡単に花火写真が撮れる事に驚きながら撮影を続けた。
今夜、湖畔通信にアップする花火写真を見ながら、長崎原爆の日の事を思いだした8月9日、長崎上空で爆発した原爆ファットマンはプルトニュームが原料の恐ろしい核兵器で多くの市民の命を奪った原爆、は許すことができないと、そして二度と戦争をしない事が亡くなられた多くの人達への鎮魂ではないのかと考えた。そして何時までも戦火では無く花火が楽しめる社会で在ってほしいと願った。
















