観光船ミシガンと学習船うみのこ
2016/08/03
湖岸サイクリングで浜大津港に寄ると学習船が小学生を乗せて出航したところで子供達が手を振っていた。打出浜の湖岸に自転車を止めて湖上を行く観光船ミシガンと学習船うみのこ、が西大津のビル群を背景に進んで行く光景を眺めながめた。ミシガンは1982年、うみのこ、は1983年と二隻とも30年を越える老朽船となった。うみのこ、は新しく建造される事がきまり、再来年には新しい学習船が完成する事はニュースで知ったがミシガンの方はと少し年老いた観光船の安全性を考えた。由美が浜で折り返し大津方向に自転車を向け空を見上げると積乱雲がそして飛行機雲が白いチョークで青空に線を引き分けた。分けられた空を見て積乱雲の見える西、大津は夕立が来ると木々には良いのにと思いながら自転車を走らせた。
家に帰りパソコンでミシガンとうみのこ、の船歴を見た、そして琵琶湖の女王はり丸の写真を探した。はり丸は1951年に周航して1982年まで活躍した。船の寿命は30年と判った。そして危険な原発も40年で廃炉にするべきと思った。
今年の水草は・・・
2016/08/02
盛夏、せみ時雨の激しさが暑さを運んできた。三井寺の石段を登り展望台に着くと汗が噴出してきた。眺める景色もスッキリと見えず暑さだけを感じた朝の散歩は終った。
湖岸サイクリングで湖岸を走っていると湖上に白鷺が見え自転車を止めた良く見ると白鷺は藻の上に留まっていて、水鳥でない白鷺が湖上にいるのは不自然と思いながらデジカメを出して撮った。去年は水草が多く花火大会の前の湖上を、かいつぶり号等が水草の除去作業をしていた事を思いだした。今年は春先の水草の刈り取り作業の効果が出ているのかと思ったが南湖の70パーセント以上占めている水草の勢力が急に衰えたとは考えにくいと、でも烏丸半島の蓮の群落が今年は全滅?と新聞記事で見たが、南湖の水草が一度に消えれば、自然環境に何か異常事態と心配になるが湖面を見ても藻は元気に勢力を保っている様に見えた。由美が浜で折り返し浜大津近くまで来ると、知り合いのOさん夫妻に出会い琵琶湖の景観の良さを話しながら湖岸を見ると白鷺の乗った藻群が漂って近くに来た様に感じ急いで湖岸へ・・・、湖流の影響かと・・・琵琶湖全体では大きな湖流があり絶えず湖水は動いていると聞いた事があるが・・・今見ている情景は多分、風に流されて岸辺に近付いたものと思った。お陰で白鷺の写真を撮る事が出来た。そしてOさんと別れ家に向かった。
本の装丁
2016/08/01
今朝は南風を感じながら三井寺への散歩に出かけた。何時もコンパクトデジカメを持ち歩き、何か被写体があればと探すも見つからずに金堂前の池にきた、蓮の花が美味しそうに見え、桃を想像して、味はと考えながら写真に撮った。湖岸サイクリングもモヤットした琵琶湖を見ながら走った。
午後は読みかけの本、鴉の死(金石範)を読んだ。この本を読む切っ掛けは先日、友人のNさんの車に乗せてもらった時にシートの上に置かれていた本に目が、その本の装丁が美しく感じ手に取ると不思議な魅力が手に伝わってきた。本の装丁に興味を持ったのは京都、湯川書房の主人、の湯川さんと知り合ってからの事、湯川さんは装丁家としても活躍されていた人で、装丁の美しさは芸術的だと生前に語っておられた事を思いだしたからだと思った。その後、直ぐにNさんが其の本(鴉の死、1945年夏)を送ってくださったお陰での読書だ。1970年代に作られた本には重みが感じられた、箱から紙表紙、そして本、ページを開くと活字で印刷された文章が作家の熱き想いを載せて紙面が語りかけてくるように思えた。1945年夏(金石範)はまだページを開いていないが、今読んでいる、鴉の死、は僕の知らなかった朝鮮半島、済州島の開放後の悲惨な物語、を情景描写や国家に翻弄されて行く名も無き人達を重く深く描いていて、今の時代にも起こりうる事態と想像した、何時の時代も過ちを起こすのは国家の権力闘争だと、そして何時も弱い立場の人が簡単に巻き込まれてゆく怖さを改めて感じた。
赤とんぼ、青トンボ
2016/07/31
昨夜、窓外でヒグラシの声を聞いた、もう夏は終わり・・・と直ぐに眠りに着いた。そして暑さで目を覚ました、夏はこれからと、まだまだ暑さとの付き合いは続くと覚悟した。玄関を開けると黄色のハイビスカスが6輪も花を咲かせていてた。花のパワーに後押しされて三井寺への散歩に向かった。展望台からは夏には珍しくスッキリとした琵琶湖の眺めを楽しめた。今年は蓮の群生地、烏丸半島は花が咲かずに観光事業にも影響がと新聞で読んだが、三井寺の金堂前の池の蓮は元気に花を咲かせて見ごろを迎え美しい姿を見せていた。花の写真を撮っていると赤とんぼ、が蓮の蕾に止まって、撮ってくださいとポーズをとっている様に感じ、デジカメで撮った。池の周囲を廻っていると今度は花の落ちた実に青トンボが留まっていた。僕は昆虫の中で一番好きなのはトンボで、その卓越した飛行術は人間の造ったヘリコプター、オスプレイ等の航空機でトンボのような飛行は絶対に不可能な事と思って尊敬の眼差しでトンボを見た。残念な事にコンパクトデジカメではトンボの美しさや飛翔する姿を撮る事が出来ないと少し悔やみながら写真を撮った。
家に帰りパソコンでトンボを調べると赤いトンボはショウジョウトンボ、そして青いトンボはシオカラトンボと判った。もう飛ぶ事の無い自分は美しく飛翔するトンボを見ながら大空をトンボと一緒に翔る夢を見たいと思った。
種子は飛行機?蜘蛛は昆虫?
2016/07/30
今朝の散歩で空を見上げると青空に羊雲が見られた上空は秋の兆しがと思いながら三井寺への散歩を済ませて、直ぐに湖岸サイクリングへと向かった自転車を走らせてると風も爽やかに感じ、今年は秋が早いと思った。なぎさ公園市民プラザに着いた、この場所が市民プラザと知ったのは今日が初めてだ、琵琶湖に突き出ていて見晴らしも素晴らしく、近くにはカラスノマクラの群生地が・・・残念ながら刈り取られてしまったが,蘇る事を願いながら湖岸を走った。
午後は本を持って三井寺の茶房へ出かけた。今日の光線はことのほか庭を美しく見せていた。外に目が行き読書は中止となった。帰り際、店員のN
さんが蜘蛛の巣を見つけて写真に撮ったらと、声をかけてくれた、蜘蛛は糸を張り終えて真ん中にいた、透けた緑色の美しい蜘蛛と思った。先日、読んだ本で蜘蛛は昆虫でない事を知った。幾何学的な蜘蛛の巣はどの様につくるのかと考えた、小さな頭に脳はあるのか、蜘蛛自身は考えずに遺伝子に組み込まれた設計図が勝手に蜘蛛を動かしているのかと思いながら写真に撮った。
蜘蛛の巣の横にはモミジの樹が、よく見ると飛行機の翼の様な種子が目に付いた。以前、彦根に住む従兄弟Hさんが種子の形をした紙飛行機を見せてくれた事を思いだした、飛行機好きの従兄弟はもういないが、モミジの種子を見ていると従兄弟との飛行談義が思い出されてきた。種子の飛行で有名な植物アルンミトラ・マクロカルパは知られていて少し大型で如何にも遠くへ飛びそうな形をしている、写真に撮ったモミジの種子を見ていると映画、風の谷のナウシカを想いだして来た。自然界で作られる美しいデザインに改めて感心した。そして人間も自然界で造られ、また自然に消滅して行くものと思うと、もっと謙虚に生きなければと考えた。

















