十月桜
2016/10/16
毎日の三井寺へ散歩の帰り道は大門通りを下り我が家へと向かう、其の途中に尼寺の遊心庵がある、門前に向かって左側に坂村真民さんの、念ずれば花ひらく、の石碑が、そして右側に桜があり、今日、何気なく門前を通ると桜の花が目に入った瞬間、美しいと感じ思わず立ち止まった、秋の柔らかい日差しを通した花びらが優雅さを一段と際立たせいた、直ぐにデジカメを出して撮っていると従兄弟が通りかかり、立ち止まらずに傍らを通過しながら彼岸桜かと呟いて興味なさそうに去っていった。僕は此の門前に咲く桜は年に二度咲いていることを思い出した。写真を撮りながら桜の名前はと考えた、僕は彼岸桜ではないと考えて、家に帰り何時もの様にパソコンで調べると十月桜と解り、又カメラを変えて桜の元へ走った、十月の優しい光が花を妖しく演出してくれた、暫らく花を愛でながら写真撮影を楽しんだ。
夕方、湖岸へジャズフェスの会場の浜大津港に向かった、僕は祭りの終わりの寂しさを写真に撮ろうと・・・会場に着くと終わりの曲が流れていた風景も秋の雰囲気が出て少し物悲しくも感じた、そして今日の琵琶湖の一枚を撮った。
イベントの湖岸
2016/10/15
今日は爽やかな秋晴れ、湖岸サイクリングも快適に走れた。浜大津港では外来魚の釣り大会で賑わっていた。外来魚撲滅の釣り大会は主催団体が多く年に幾度と見かけるが今日の大会は一番の人出と感じながら由美浜へ向かうと此方も公園内は花フェスタとかで、花を買う人も多く見られた。琵琶湖も穏やかで雲一つ無く写真には不向きとシャッターを切る事無く浜大津へと自転車を向けた。
昼食後は又、浜大津へと今日は大津ジャズフェスの初日、その賑わいを写真に撮ろうと出かけた。このイベントも大津に定着したのは、主催者がボランティア活動で此処まで独自の力で数年間も続けてきた結果で最近は有名アーチストの参加もありジャズファンで今日と明日は大津の町も賑わいが、そしてジャズ音楽が町に流れて昔の賑わいを思い起こしてくれた。
風に吹かれて
2016/10/14
昨夜のニュースでボブディランがノーベル文学賞を受賞したと大きく伝えていた。音楽に疎い僕でもボブディランの曲、風に吹かれて、はよく耳にした好きな詩だ。五十年以上も歌い継がれても色あせて行くことは無い名曲と世界中の人が認めていて、他にも素晴らしい曲が多くありノーベル文学賞に選考されたのも不思議でないと思った。そして風に吹かれて、が発表されてから50年以上の歳月が流れたが、風に吹かれての中でも歌われている戦争の悲劇も収まっていない、曲の終わりにある様に、その答えは風に吹かれてわからない、このままの世界で良いのだろうかと少し考えた。
今日の湖岸サイクリングで浜大津へ来て見ると湖面に広がる藻はスーパーかいつぶり�V号の活躍で綺麗になっていた。それが琵琶湖にとって良い事か悪いことかは解らないと思いながら由美浜へ向かった。
今日の写真は滋賀里の倭神社の大ケヤキと五個荘のコンクリートの滑り台で,どちらも堂堂と時を重ねつつある事には間違いないと考えた、ただそれだけの写真です。
飛行船
2016/10/13
先日、火曜日の午後、空から聞こえてくる長閑なエンジン音の方向を見ると飛行船が飛んでいた。僕は空を飛ぶことが大好きで飛行機、熱気球、パラグライダーと自分で操縦して楽しんだ時代を懐かしく思い出した、そして一度も乗れなかった飛行船には今も乗りたいとおもっている、熱気球は上下のコントーロールは出来るが水平には移動できない、推進力は風を利用するしかないので自分の想う方向には余程、風がその方向に吹かない限りは進めないが飛行船は空中停止はもちろん好きな方向に進め大空を静かにクルージングでき、しかもゆったりと空の旅を楽しめ、航空機としては一番歴史があるが、なにせ機体が大きい割りに客室は狭く離発着にも広大な場所が必要で、なによりも動きが遅く航空管制を受ける空港を利用できない事も飛行船の発展を拒んでいると考えられるが大空をビールでも飲みながら眼下の景色を楽しめる航空機は飛行船だけと写真を見ながら思った。そして1968年の琵琶湖博覧会の会場、湖岸埋め立てちに着陸したキドカラー号の飛行を僕もセスナを操縦しながら空から撮影した事も遠い記憶の中へ、僕が大津際川で飛行機に乗ってから50年の歳月が流れた、あまりの時間の早さに驚きながら空を見上げると雲が・・・飛行少年は今、飛行老人となり、ただ空を眺めるばかりの日は続く・・・・
坂本へ
2016/10/12
昨日は坂本のKクリニックに定期健診を受けるために自転車で出かけた。坂本への道は車の少ない間道を走りながらゆっくりと写真を撮りながら向かうので一時間ほどかかるが僕にとっては小さな旅を感じるといってもデジカメで撮った風景がカメラのトイモードのお陰で、少し時間を遡った写真に出来上がり、モニターで確認していると不思議な感覚に陥る、現実の目の前の風景が写真の中では遠く過去へ時間移動したように見え、想像を描きたて、まるでフイルム映画の古い映像の中に佇んでい写真を撮っている自分がいると・・・そんな感覚で写真が撮れる風景が坂本近辺には多くあり楽しめた。クリニックに入ると満席で座る場所もなく外へ周辺を散策すると心に感じる風景が多くありデジカメを出して撮り始めると30分の時間は直ぐに流れた。家に帰りパソコンで坂本の写真を見ているとフイルム映画の様に思えて、僕はジョナス・メカスのリトアニアへの旅の映像を思い出してきて、八ミリや十六ミリのフイルムで映画が撮りたくなってきて久ぶりに愛機アリフレックスSTを出し手に持つと重くずっしりと、そして鉄の冷たさを感じた。もうフイルムで映像を撮ることが無いとおもうと寂しさが込上げてきた。

















