草地が人工芝へ
2016/07/08
雨の気配を感じながら湖岸を自転車で走った。今日は曇りと湿度のせいか意外と暑さは感じなかった。由美が浜の白蝶草が今、盛りの時を迎えて曇り空の風景を少し明るく見せてくれた。湖岸近くや公園は夏草が勢力を増して一月前に刈り取られたにもかかわらず力強く復活して辺りは緑一色になっているが文化館近くのカフェテラス前の草地だけは雑草が剥ぎ取られて土が整地され人工芝の工事が始まった、人工芝にすれば草刈作業も無く経費節減かと考た。浜大津から由美が浜までの草地がすべて人工芝にはならない事を願いながら帰路に着いた。
映画、夏をゆく人々
2016/07/07
今日も朝から蒸し暑く、散歩、湖岸サイクリングも何時もの様に快適に走れなかったが梅雨の晴れ間に感謝した。
午後は京都シネマに好きな映画がかかっているので出かけた。この時期、京都へ行くのは躊躇する、大津と比べると3,4度ほど気温が高く表示されるが今日はどちらも高温だ、ならばクーラーの効いた映画館へとなった次第、映画はイタリア映画、夏をゆく人々(アリーチェ・ロルヴァケル監督)で2014年のカンヌ映画祭グランプリ作品だ、映画が始まると、僕は最初ドキュメンタリー映画と錯覚するほどで、トスカーナー地方の養蜂農家の物語は僕を映画に引き込んで行った、家族の長女ジェルソミーナを演じる少女の自然な演技が光っていた。一家の主人が時々語る言葉が、土や昆虫、や花ら自然と共に暮らす人達は未来に対して希望を持っていない事らも描かれていて、僕は久ぶりに良い映画を観た充実感を持ちながら、バーK6に寄ると馴染み客のHさんが、そしてYさんと此の店で知り合った仲間に出会え楽しい時間になった。バーでは何時も映画の話に付き合ってくれるバーテンダーのSさんが帰り際に出勤、今日はSさんのカンパリソーダーが飲めず残念と挨拶を交わして店を出ると京都の暑い風を頬に感じた。
三井寺の金堂前の池の蓮も咲き始めたが水面に近すぎて絵にならず、でもクモが・・・一枚,パチリ
夜の花?・・・K6のカウンターで・・・・
保育園、落ちた・・・
2016/07/06
保育園、落ちた、日本死ね、の言葉はマスメディアを賑わしてから随分と時間が過ぎたが、何時もの湖岸サイクリングで保育園児らが公園で遊ぶ姿を見て想いだした。今回の参院選は経済発展のみにスポットが当たり弱い立場にいる人達の事や、原発問題は争点にならず残念なことと思っている、さしずめ僕なら原発問題を考えない此の国の政治体質を見ている限り、子供を育てる女性が言ったように日本,死ね、と僕も叫びたいと思った。本当に此の国の将来を考えるなら、原発を止め、軍備の予算を減らして、小さな国でも平和で心が豊かに暮らせる国に進むべきと本当に思った。
湖岸の草むらには白いクロスの花が咲いていた。僕はクロスの花はドクダミだけと思っていた、今日。写真に撮った花を見て、エーデルワイスの花を想像した。
空に向かってテイクオフ
2016/07/05
三井寺の展望台から見る風景は久ぶりに此の場所からテイクオフしたくなる様な大空が広がっていた。50代の頃、友人とパラグライダーで伊吹や岡山の山へフライトに出かけた事がつい最近のように思えてきた。それから今年の6月30日で僕が飛行機に乗って50年の時が流れた。飛行機を始めた頃は今よりも自由に空が楽しめた、M教官と飛行練習で上空の積雲に機体を埋め隠すようにしてキャノピーを開けて飛行すると孫悟空がまるで金団雲に乗るイメージで飛んだ様子が脳裏に浮かんだ、其の時の不思議な体験、雲の中を体が浮かんで進みエンジン音が聞こえず、無音の空間を鳥になったと錯覚した途端にライカミングのエンジン音が聞こえて現実の世界に・・・・飛ぶ事が好きでグライダー、熱気球、パラグライダーと道具を使って飛ぶ事は出来たが鳥になる夢は敵わなかった。大津に在った際川の飛行場の情景は今も僕の記憶の中にあり白い羽布張りの飛行機PA18パイパースーパーキャブが135馬力のエンジンを吹かせながら僕を待っていてくれている様に思えて展望台から際川の方を見た。
観音堂の水瓶に映る空は宇宙船の窓から地球を見たように・・・・・
由美が浜では小学生が・・・・其の時、先生の声が今日は琵琶湖に近付いてはいけません・・・今頃の子供達は自由に琵琶湖に触れることも、泳ぐ事も出来ないと・・・僕は琵琶湖で泳ぎを覚えた・・・今では学校にはプールが完備、ますます琵琶湖は子供達から遠い距離になって行くのかと、少し寂しい気分になった。
地球は生命体?
2016/07/04
今朝、玄関を開けるとハイビスカスが二輪、咲いていた。鮮やかな黄色の大きな花の傍に昨日まで美しさを見せていた花は自らを綺麗にタタミ,身終いでも美しい姿を見せてくれた、迷惑をかけずに命を終える花に感心しながら、ある思いが浮かんで来た。先日に見た、Eテレの番組、モーガンフリーマン・時空をこえて、其の中で宇宙は一つの生命体として考えるべきと言う学者の話を興味深く聞いた事を思いだした。以前から地球も生命体として考える学者も多くいることは知っていたし、その考えは自然に僕の頭に入った。6千万年前に滅んだとされる恐竜も地球にとっては病原菌と判断され親宇宙からの指令で隕石を地球に見舞って菌を全滅させたと・・・いま人間は地球上ではウイルスのような存在で、しかも癌化し始めたウイルスが地球上を覆ってしまう前に地球自身が命を守るために又、親宇宙に巨大隕石を送るように指示するのではとそんな事を考えていると以前に見た映画、メランコリア(ラース・フォン・トリアー)のラストシーンを思い出してきた、人類は自然への畏敬の念を忘れやりたい放題の消費文明社会の地球に巨大隕石が近付いてくるのはそう遠くない未来と考えた。
最近、湖上で見かけるスタンディングボードは意外とスピードが出るようで由美が浜から折り返してくると随分と湖上を進んでいた。

















